鷹峯の冷やかしを聞き流しつつ、恭平は大股で廊下を歩き病室のドアを開ける。
部屋に入ると、丁度雛子が幸子にカーディガンを羽織らせて靴を履かせているところだった。
「あ、あれ? 桜井さんどうしました?」
先程のことを気にしているのか、雛子が気まずそうに視線を逸らしながらそう尋ねる。
「俺が検査出しに行く」
「でも……」
躊躇う様子を見せる雛子に、恭平は以前の自分の発言を反省した。
御曹司に対して嫉妬心がなかったと言えば嘘になる。決して雛子に一人で仕事を背負わせようと思って言った言葉ではない。
そもそも、マルチタスクの発生しがちな看護の仕事はワンオペで回すことは誰だって不可能である。
「丁度手が空いてる。それにこの後中川さんのオペ出し控えてるだろう」
「はう……わ、忘れてました……」
幸子は今回、風邪が悪化し肺炎になりかけていた。もう点滴も抜け相変わらず自由に病棟内を遊び歩いているのだが、池野医師が心配性なこともあり念のため退院前のレントゲン検査が設けられていた。
本当なら午前最後の枠に組まれていたはずの幸子の検査だが、得てしてこういうことは遅れるものだ。今検査を恭平に頼めば、雛子は午後一番の中川の手術準備を余裕を持って行うことができる。
(頼れよ、頼むから)
心の中でそう唱える恭平など知る由もなく、雛子もまた頭の中で葛藤していた。
(中川さんのオペ……午後一だから、遅くなることはあっても早まることはないはず。ちょっとタイトだけど、桜井さんなら一人でこなせるはず……)
そろそろ自分で何とかしろって────。
ただの後輩。それ以上でも以下でもない。
その言葉で意固地になっているだけではない。雛子とて、一人前に働けるのだと早く胸を張りたい。自分は恭平にとって特別などではなく、毎年来る新人の一人だということも自覚しているつもりだ。
「いえ! 自分のことは自分でできますから!」
「はっ? おい……」
「大丈夫ですっ。さっちゃん、行こっか」
恭平に助けを求める気持ちを振り切るかのように、幸子の背中を押しながら雛子は病室のドアへと向かった。
(何だよ……あいつそんなに俺の言ったこと気にして……)
「じゃあ、行ってきますね、桜井さん」
病室のドアを開け、雛子が出て行く。その光景が、恭平には何故かスローモーションの様に映った。
(何だ……?)
こちらに振り向き笑顔で手を振る雛子の姿は、やがてドアが閉まり完全に見えなくなった。
『じゃあね、恭平』
そうだ。いつもそうだった。
唯の病室を後にする時、彼女は必ずそう言って笑いながら手を振っていた。
何故突然、そんなことを思い出したのだろう。永遠に会うことができなくなってしまった彼女と雛子の姿が、今日に限って重なって見えた。
(きっと、気のせいだ……)
一人取り残された病室で、恭平は深く息を吐く。
気のせいだ。無理矢理、そう思い込むことにした。
(何考えてんだ俺……今は仕事に集中しろよ……)
この選択を、後に後悔することになるとは思いもせずに。
部屋に入ると、丁度雛子が幸子にカーディガンを羽織らせて靴を履かせているところだった。
「あ、あれ? 桜井さんどうしました?」
先程のことを気にしているのか、雛子が気まずそうに視線を逸らしながらそう尋ねる。
「俺が検査出しに行く」
「でも……」
躊躇う様子を見せる雛子に、恭平は以前の自分の発言を反省した。
御曹司に対して嫉妬心がなかったと言えば嘘になる。決して雛子に一人で仕事を背負わせようと思って言った言葉ではない。
そもそも、マルチタスクの発生しがちな看護の仕事はワンオペで回すことは誰だって不可能である。
「丁度手が空いてる。それにこの後中川さんのオペ出し控えてるだろう」
「はう……わ、忘れてました……」
幸子は今回、風邪が悪化し肺炎になりかけていた。もう点滴も抜け相変わらず自由に病棟内を遊び歩いているのだが、池野医師が心配性なこともあり念のため退院前のレントゲン検査が設けられていた。
本当なら午前最後の枠に組まれていたはずの幸子の検査だが、得てしてこういうことは遅れるものだ。今検査を恭平に頼めば、雛子は午後一番の中川の手術準備を余裕を持って行うことができる。
(頼れよ、頼むから)
心の中でそう唱える恭平など知る由もなく、雛子もまた頭の中で葛藤していた。
(中川さんのオペ……午後一だから、遅くなることはあっても早まることはないはず。ちょっとタイトだけど、桜井さんなら一人でこなせるはず……)
そろそろ自分で何とかしろって────。
ただの後輩。それ以上でも以下でもない。
その言葉で意固地になっているだけではない。雛子とて、一人前に働けるのだと早く胸を張りたい。自分は恭平にとって特別などではなく、毎年来る新人の一人だということも自覚しているつもりだ。
「いえ! 自分のことは自分でできますから!」
「はっ? おい……」
「大丈夫ですっ。さっちゃん、行こっか」
恭平に助けを求める気持ちを振り切るかのように、幸子の背中を押しながら雛子は病室のドアへと向かった。
(何だよ……あいつそんなに俺の言ったこと気にして……)
「じゃあ、行ってきますね、桜井さん」
病室のドアを開け、雛子が出て行く。その光景が、恭平には何故かスローモーションの様に映った。
(何だ……?)
こちらに振り向き笑顔で手を振る雛子の姿は、やがてドアが閉まり完全に見えなくなった。
『じゃあね、恭平』
そうだ。いつもそうだった。
唯の病室を後にする時、彼女は必ずそう言って笑いながら手を振っていた。
何故突然、そんなことを思い出したのだろう。永遠に会うことができなくなってしまった彼女と雛子の姿が、今日に限って重なって見えた。
(きっと、気のせいだ……)
一人取り残された病室で、恭平は深く息を吐く。
気のせいだ。無理矢理、そう思い込むことにした。
(何考えてんだ俺……今は仕事に集中しろよ……)
この選択を、後に後悔することになるとは思いもせずに。