「うふふ…。勝利の美酒は格別ですね…」
アイズの用意してくれた、高級なワインも然り。
そして何より。
「ルルシーの手料理!もう色んな意味で涎が止まりませんね!」
「…お前な…」
あらルルシー。どうしたの、そんな呆れた顔して。
パーティなんだから、もっと楽しまなきゃ。
あっちでケーキを貪っている、アリューシャを見ると良い。
「うめぇ。ゴスロリ印のケーキうめぇ」
「アリューシャ、口の端にいっぱいクリームついてるよ」
「むぎゅ?」
「はい、ナプキンで拭いてあげようね〜」
と、いう仲良し親子のやり取りを見て。
「…お前らもだよ…」
ルルシーは、この呆れ顔。
まぁまぁ、この二人はいつも通りで良いじゃないか。
ようやく肩の荷が下りたらしいアイズは、朗らかな様子でアリューシャのお世話をしてあげている。
いやぁ平和な風景だ。
更に。
「シュノ、お前も少しはツッコミ、」
「る、ルレイアっ…。これ、私の手作りのフライドポテト…。良かったら食べて」
「はい、いただきます」
「お、美味しい…?」
ん?これは。
「これ、薄くカレー粉入ってます?」
「そうなの!分かる?」
「えぇ、ちょっとカレー風味で美味しいですよ。また腕を上げましたね、シュノさん」
「…!」
ぱぁぁ、と明るい笑顔になるシュノさん。
「うんっ…!」
これはもう、完全にパーティの虜ですね。
「…」
これには、ルルシーも黙り込むしかない。
すると。
「まぁまぁルルシー先輩、ここはルリシヤ・マジックを見て、元気を出してくれ」
「うわっ、びっくりした」
ルルシーの背後から、にゅるりとルリシヤが現れた。
彼がシルクハットを外すと、その中からふわっ、と香りを放つ大量の薔薇の花が。
わー、綺麗。
「うぉぉぉー!すげぇぇぇ!」
相変わらず、ルリシヤ・マジックに夢中のアリューシャである。
「ふふふ、こんなものじゃないぞ。半年近くに及ぶ潜入中、俺の磨き上げたマジックの腕前を見てくれ」
「お前…スパイやってる間に、そんなことしてたのか…?」
いやんルルシー、そんなマジレスしないで。
今は、ルリシヤの新作マジックを楽しみましょう?
と、そこに。
「遅れて済みません」
「お、ルーチェス、良いところに」
遅れ馳せながら、ルーチェスが合流してきた。
いらっしゃい。
「遅れるつもりはなかったんですが、久々の再会で、つい羽目を外してしまいまして…いやはや申し訳ない」
「いえ良いんですよ。気持ちはよく分かります。俺もルルシーと再会してすぐ、たっぷりルルシーの匂いを堪能しましたから」
「…この煩悩師弟…」
ルルシーが何か呟いてるが、
まぁ、聞こえなかったということで。
「遅れたお詫びと言っては何ですが、ミートパイとエッグタルト作ってきたので、良かったらどうぞ」
「うぉぉ!美味そう!」
早速食いつくアリューシャである。
さすが俺の弟子。多才で結構。
「うん、美味しい。ルーチェスこれ、美味しいよ」
ルーチェスのミートパイを一口食べて、アイズがそう言った。
「ありがとうございます、アイズ総長。…はい、ルルシーさんもどうぞ」
「…ルーチェス、お前、俺に近寄るな」
「!」
ルルシー、あなた何てことを。
それはあんまりというものだ。
「え?僕何かしました?何もしませんよ。男同士のあれこれに関する趣味はありますが、さすがに師匠の嫁に手を出す趣味は…」
「そういう意味じゃねぇ。近寄るな」
「…」
ルーチェスは、すすす、と数歩下がり。
「…ルレイア師匠。どうやら僕は、あなたの奥さんに嫌われてしまったようです」
「ちょっとルルシー。酷いですよ?いくら、ルーチェスが一足先に夫婦の営みを堪能してきて、羨ましいからってそんな…」
「別に羨ましくねぇし、お前と夫婦になった覚えもねぇ」
はい?
ちょっと今、何言ったのか聞こえませんでしたね。
「そうじゃなくて、フェロモンだ。ルーチェス、お前から今…ルレイア・フェロモンに似た、危ういフェロモンを感じる」
「え?」
俺とルーチェスは、互いに顔を見合わせた。
「…アイズ総長」
「僕、今ルレイア・フェロモンならぬ…ルーチェス・フェロモン出てます?」
「そうだね…。微弱ながら、それに似たものを感じるね」
「言われてみれば…。ルレイアほど強烈ではないけど…。妖しいものを感じるわ」
アイズとシュノさんが言った。
更に、ルリシヤが。
「何だ、気づいてなかったのか?俺はとっくに気づいていたぞ。仮面の勘でな」
ルリシヤの仮面の勘が言うなら、間違いはない。
「マジか!ルー公まで!?ちょっと試しに、」
「あ、アリューシャ駄目だよ。迂闊に近寄ったら、」
好奇心いっぱいでルーチェスに近寄ろうとするアリューシャを、アイズが止めようとしたが。
遅かった。
ルーチェスの真横にくっついたアリューシャは、
「NOぉぉぉぉぉぉっ!!」
ルーチェス・フェロモンの、尊い犠牲になった。
「目が、目がぁぁぁぁ」
「だから、迂闊に近寄ったら駄目だって言ったでしょ…。ルーチェスの師匠は、あのルレイアなんだよ?まだフェロモンレベルは弱いとはいえ、迂闊に近寄るとこうなるんだよ」
「うぅ…。ルレ公フェロモンに勝るとも劣らない、変化球食らった気分…」
アイズに、目をナプキンで拭いてもらっていた。
なんてことだ。
「『事後』フェロモンを出せるようになるとは…さすがルーチェス、俺の弟子に相応しい」
「ありがとうございます、ルレイア師匠…。あなたのご指導の賜物です」
と、互いに互いを認め合っている師弟を見て。
「…ろくな指導してねぇな、お前…」
ルルシーが何かを呟いていたが、これもまぁ、聞こえなかったということで。
「この調子でフェロモンレベルを上げ、最終的には、一発でアリューシャの目を潰せたら、免許皆伝ですね」
「努力します!」
「…アリューシャを巻き込んでやるなよ…」
またしてもルルシーが何かを呟いていたが…。
…聞こえなかったということで。
遂にルーチェスが『事後』フェロモンを出せるようになったのだから、これはめでたいことだ。
さて、ルーチェスも揃ったので。
「では、改めて俺の新作マジックをお披露目するとしようか」
「…いや、乾杯が先じゃね?」
と、いうルルシーのツッコミは無視され。
「まずはこのステッキ」
ルリシヤは、一見何の変哲もない、黒いステッキを取り出した。
まず、そのステッキを何処に隠していたのかという謎も、ある種のマジックだな。
そして、そのステッキをくるりと回し、ステッキの先端に指を突っ込むと。
そこから、大きな赤い布を引っ張り出した。
「おぉぉぉ!あれ仕込んでたの!?仕込んでたのか!?」
ミートパイにパクつきながら、興味津々のアリューシャ。
仕込んでたんでしょうねぇ。
「さぁ、よく見てくれ。何の変哲もない、ただの布だろう?」
ルリシヤは、赤い布を裏表にして、ただの布であることをアピール。
闘牛士が持ってるあれみたい。
「しかしこれに、ルリシヤ・マジックをかけると…」
ひらり、と赤い布を椅子の上に被せ、パチン、と指を鳴らし。
布をサッと取り除くと、その椅子の上には、
「ぬぉぉぉぉ!なんか出てきた!」
何もなかったはずの椅子に、ゴスロリドレスを着たクマのぬいぐるみが現れた。
これには、アリューシャも大興奮。
何処から出したんだろうなぁ。
そして、ぬいぐるみの着ている服に、素晴らしいセンスを感じる。
「さて、このぬいぐるみは、シュノ先輩にあげよう」
「あ、ありがとう」
ぬいぐるみを、シュノさんに渡してから。
「ではお次のマジックだ。使うのは、これ」
取り出したのは、豚の貯金箱。
「ちなみに、中身は空っぽだ。ルルシー先輩、確認してみてくれ」
「え、俺が?」
貯金箱を手渡されたルルシーは、疑わしそうに貯金箱を見つめた。
振ってみたり、穴を覗いたり。
しかし、やっぱり空っぽなものは空っぽ。
「…あぁ、空っぽだな」
確認終了。
「よし、ではここからが、ルリシヤ・マジックだ」
そう言って、ルリシヤはルルシーから返してもらった豚の貯金箱を、テーブルの上に置き。
パチン、と指を鳴らした。
「さぁ、これで完成だ」
「…何が?」
さっきの、ぬいぐるみのマジックが凄かっただけに。
貯金箱をテーブルに置いただけで、これが何のマジックなのかと、首を傾げる一同。
「なんも凄くねーじゃん」
と、つまらなさそうなアリューシャ。
「言ったな?アリューシャ先輩。その言葉、後悔することになるぞ」
「後悔も何も、たかだか空っぽの貯金箱に、驚くも糞もねーべさ」
「そうか。ならつまらないな。アリューシャ先輩、その貯金箱、俺に返してくれ」
「ふぇ?別にいーけど…」
アリューシャは、ルリシヤに返そうと、テーブルの上の豚の貯金箱を手に取っ…、
…た、はずだった。
ここで、ルリシヤ・マジック発動。
「!?何だ!?こいつ、動かねぇ!」
空っぽで軽いはずの貯金箱は、まるでテーブルに貼り付けられたかのように、びくとも動かない。
アリューシャが引っ張っても押しても、さっぱり動かない。
動かざること山の如し。
豚の癖に。
「何で!?何で!?何で動かないのこいつ!?」
「ふふふ…。これぞルリシヤ・マジック」
ルリシヤのドヤ顔が炸裂する。
「磁石か何かですかね?」
そう言って、首を傾げるルーチェス。
「おっと、ルーチェス後輩。マジックの種明かしを希望するとは無粋だな」
「あ、済みません」
「しかし、磁石ではないぞ。テーブルの下を確認してくれても良い」
ルリシヤがそう言うと、ルーチェスはテーブルの下を確認。
俺も覗いてみたけれど。
磁石らしきものは、何処にも見当たらない。
「成程、磁石ではないようですね」
「だろう?」
「分かった!アリューシャ分かったぞ」
なおも、豚の貯金箱を引き剥がそうと奮闘しながら。
アリューシャが叫んだ。
「何が?」
「瞬着だな!瞬着つけたんだろ、豚さんの足に!すげー強力な瞬着!」
成程、まぁ普通に考えたら、それを疑うよな。
しかし、そんな安直なマジックは、ルリシヤ・マジックとは呼ばない。
「ふふふ、残念だなアリューシャ先輩。それは不正解だ。何故なら…」
「ふぇ!?」
ルリシヤが、パチンと指を鳴らした瞬間。
さっきまで悪戦苦闘していたのは何だったのか、あっさりと豚の貯金箱はテーブルから離れた。
「うぉっとっとっと!」
「おっと、危ない」
よっぽど力を込めて引き剥がそうとしていたらしく。
いきなりテーブルから離れた貯金箱の反動で、バランスを崩して倒れかけたアリューシャを、咄嗟にアイズが支えた。
「!?…!?」
アリューシャ、びっくり。
豚さんの足には、瞬着をつけた跡は一切ついていない。
どころか。
「開けてみると良い、アリューシャ先輩」
「ふぇ!?でも、何も入ってないって…」
「本当にそうかな?」
「ん?アリューシャ、中覗いてご覧、何かあるよ」
「ほぇ!?」
ルリシヤとアイズに促され、豚の貯金箱を覗くと…。
「飴!飴めっちゃ入ってる!何で!?」
さっき空っぽだったはずの、貯金箱の中に。
ぎっしりと、色取り取りの飴玉が詰まっていた。
「凄い…!ルルシー、さっき本当に、中は空っぽだったのよね?」
興奮してルルシーに尋ねるシュノさん。
「あ、あぁ…。確かに空だったはずだ…いつの間に…」
本当、いつの間に仕込んだんでしょうね?
しかも、何でテーブルにくっついて離れなかったのか。
謎は深まるばかりである。
「そしてその飴玉は、アリューシャ先輩にあげよう…と、言いたいところだが」
「ふぇ?」
「さっき、つまらないと言われてしまったからな。つまらない飴玉を、アリューシャ先輩にあげる訳には…」
「すげーです!ルリシヤパイセンマジすげーっす!尊敬します!一生ついていきます!」
突然媚びを売り始めた。
飴玉欲しさに。
このマジックを見せられたら、そりゃ一生ついていきたくもなる。
「パイセンって…。先輩なのはお前だろ…」
ルルシー、マジレスは無粋だよ。
「では、次で最後のマジックだ」
「ふぉぉぉ!次は何!?何使うの?」
「何も使わないよ」
ほう?
その身体だけで、マジックを披露してみせると?
俺、またナイフとかぶっ刺したかったんだけどなぁ。
すると。
「…うっ」
ルリシヤが、いきなり喉元を押さえた。
「うぉっ!?ど、どうしたルレ公?」
「首が…首が、限界だ…!」
「ほぇ!?」
あ、これ定番の奴だ。
と、思った瞬間。
ルリシヤの首が外れて、すてん、と胸元まで落ちた。
このときの、アリューシャの顔。
まるで、時が止まったかのようだった。
おー。
定番の奴ですねこれ。面白、
「死んだぁぁぁぁ!!」
アリューシャ、絶叫。
「どうしよう!どうしようアイ公!ルレ公が!ルレ公が死んじまったよ!畜生馬鹿、こんなマジックなんかするから!そりゃねぇぜ!何でこんなことで死んじまうんだぁぁぁ」
「大丈夫だよ、落ち着いてアリューシャ」
「落ち着いてられるかよ!ルレ公が!死んだんだぜ!?首落っこちて!こんな残酷なことがあって良いのかよ!?うぉぉぉぉん!」
マジ泣き。
一方。
「あ、僕これ見たことあります、皇太子時代に。割と定番のあれですよね」
ルーチェスも知ってたか。
しかし、この手のマジックを知らない組は、
「ど、どうなってんだ…?」
「…!し、死んじゃった…!?ルリシヤ、死んじゃったの…!?」
困惑するルルシーと、アリューシャほどではないが狼狽えまくるシュノさん。
アイズはちゃんと分かってるらしく、ギャン泣きのアリューシャの背中を、よしよしと撫でていた。
と、そうこうしているうちに。
ルリシヤの首、復活。
「見たか。これぞルリシヤ・マジックだ」
「…お前…何処でそんなネタ仕入れてきたんだよ…」
呆れ半分、安心半分のルルシー。
そして。
「よ、良かったっ…!無事だったんだ。びっくりして、転ぶかと思った…」
俺の背中にしがみついて、ちょっと泣きそうになりながら安心しているシュノさん。
ふふ、大丈夫ですか?
の、一方で。
「うぁぁぁぁぁん!ルレ公が!あいつ良い奴だったのにぃぃぃ!ひでーよ!こんな終わり方はねーべさ!首チョンパなんて!有り得ねーよ酷過ぎだよ畜生〜っ!」
既にルリシヤの首は繋がっているのだが、アイズにしがみついて泣いているせいで、全然見えていないアリューシャである。
後ろ振り返ってご覧。復活してるから。
それはそれでびっくりしそうだな。
と、思っていたら。
「大丈夫だよ、アリューシャ」
「何が大丈夫なんだよ!?」
「後ろ見てご覧、後ろ」
「後ろには何もねぇ!アリューシャは前を向いて生きる!」
格好良いこと言ってる。
「アリューシャ先輩、前を向いて生きるのは良いが、たまには後ろも振り返ってくれ」
「ふぇ?」
つんつん、と後ろからルリシヤにつつかれ。
アリューシャは、涙でぐしょぐしょの顔を振り向かせた。
するとそこには、復活したルリシヤ。
このときの、アリューシャの顔。
時が止まった瞬間、再び。
「ぼっ…」
ぼ?
「ぼうれ∶]ε⊄·―〉$·Οばぁぁぁぁ!!」
もう、なんかコントみたいな感じになってきたな。
分かっていたことではあるが。
これが、アリューシャのトラウマにならなければ良いのだが。
「お化けだ!お化けだ!亡霊だぁぁぁ!ルレ公のぉぉ!」
「ふふふ。本物だぞ。輪廻転生してこの世に再臨した、新生ルリシヤをとくと見ると良い」
「マジか、ルレ公つぇぇぇぇ!!」
アリューシャが楽しそうで何より。
と、まぁこんな感じで。
およそ半年ぶりに、こんな日常を見ることが出来て、俺は満足である。
さぁ、アリューシャもおやすみの時間になり。
宴もたけなわ。
俺は一人、ワイングラスを片手に、テラスに出て夜空を眺めていた。
…様になると思わないか?俺みたいなイケメンがやったら。
ワイングラス片手に、夜空を見て黄昏れる…。
うん、良い絵面だ。
そして、そこにはお決まりのシチュエーションってものがある。
「…こんなところで何してるんだ?ルレイア」
「おっ、来ましたねルルシー」
待ってましたよ、あなたを。
このロマンチックな雰囲気のところに、恋人が一人でやって来る。
最高のタイミング。
しかしルルシー、一つケチをつけるとしたら。
そこの台詞は、「こんなところにいたのか」でしょう。
俺が不審者みたいじゃないですか。
まぁ良いだろう。それはそれ。
では、お待ちかねの。
「…告白タイムを、どうぞ」
「…は…?」
…。
夜空の下でロマンチック告白作戦、失敗。
全く、分かってないんだからルルシーは…。
でもまぁ、そんなところも好きだよ。