―――――…ルティス帝国への帰り道、ヘリの中にて。
「おぉー!凄い凄い!人が豆粒みたいだ〜!」
セカイさんは、興味津々にヘリの窓から、下を見下ろしていた。
楽しそうで何より。
「どうですか?乗り心地は」
「んー、結構音がうるさい!」
プロペラ回ってますからね。
これでも『青薔薇連合会』の最新機だから、だいぶ改善されてるんだけど。
「でも楽しい!」
それは良かった。
「あとね、ルーチェス君にまた会えて嬉しい!」
「僕も嬉しいですよ。セカイさんにまた会えて」
師匠が、先に嫁(ルルシーさん)に合流して。
羨ましかったもんなぁ。僕も早く、嫁に会いたかったよ。
「ルーチェス君は、本当に王子様だね」
うん?
「元ですよ、元」
「今もだよ。私の王子様!」
セカイさんの?
じゃあセカイさんは、王太子妃ってことになるな。
そういう言い方は格式張ってて嫌なので、プリンセスと呼ぼう。
「いっつも私を、ちゃんと迎えに来てくれるね」
「プリンセスを迎えに行くのは、王子の役目ですからね」
「怪我しなかった?家に帰っても、もう危なくない?」
「怪我はしてないですね。危なくもないです」
そもそも、『帝国の光』の連中は、何の訓練も受けてない一般人だからな。
持ってる武器も粗悪品で、全然歯応えがなかった。
「セカイさんこそ、箱庭帝国どうでした?不自由しませんでした?」
めちゃくちゃ不自由で窮屈で死にそうだった、とか言われたら。
ちょっとヘリ引き返して、ルアリスに水かけてこよう。
「うん。良くしてくれたよ」
良かったですねルアリスさん。水かけられずに済んで。
「観光地綺麗だったし、ご飯も美味しかったよ。ルーチェス君のご飯ほどではないけど」
「そうですか。まぁセカイさんの手料理に比べたら、全世界のどの料理でも美味しく感じ、いたたたたた今操縦中なんですけど」
「あら〜?そんな悪いこと言う弟君のお耳はここかな〜?」
耳引っ張らないでください。
千切れるかと思った。
「でもね、そんな箱庭帝国の中でも、一個不満だったことがある」
「ほう、何ですか?」
「ルーチェス君いなくて、寂しかった」
「…」
…成程。
「僕も、怪我はしなかったし危なくも…」
…いや、結構危険な綱渡りはしてましたけども…。
結果オーライ。
「…なかったですけど、セカイさんに会えなくて死ぬかと思いました」
「私も〜!ウサギだね!寂しくて死ぬの!私達ウサギ夫婦だ!」
僕人間ですけど。
それに。
「あれガセネタですよ。ウサギは縄張り意識が強いので、むしろ多頭飼いすると喧嘩が絶えない生き物です」
「え、そうなの?」
「本当に寂しくて死ぬのはタコだって噂なので、僕達タコですね。タコ夫婦です」
「えぇ〜!!なんかやだ〜!」
じゃ、人間に戻るとしましょうか。
「ねぇ、ルーチェス君」
「はい?」
「私達、また平和な日常に戻れるの?」
それは大事な質問ですね。
「えぇ。戻れます。…戻らせてみせます」
これから先、どんな苦難が待ち受けていようとも。
ルレイア師匠曰く、これも愛のスパイスだそうだ。
だから。
「また二人で、一緒に仲良くイチャイチャ暮らしましょう」
「やったー!ルーチェス君大好き!」
「ありがとうございます。抱きついてくれるのは嬉しいんですが、失速するんで危ないですよ」
「え!ちょ、落っこちたりしないよね!?」
「大丈夫です。落っこちたとしても、生還すれば良いだけの話ですし」
「成程!ルーチェス君頭良い!でも念の為に、まず落っこちないで!」
「了解です」
折角、ルティス帝国領に戻ってきたので。
安全運転で帝都まで飛んで、無事に着陸して家に帰るとしよう。
家に帰るまでが遠足、ってね。
――――――…ルーシッドと別れ、マンションを引き払った俺は。
ルルシーと共に、『青薔薇連合会』に戻った。
すると。
「あ、ルーチェスじゃないですか。戻ってきてたんですね」
「はい。超スピードの超安全運転で、箱庭帝国まで嫁を迎えに行ってました」
『帝国の光』の崩壊を見届けるなり、真っ先に箱庭帝国に飛び立っていったルーチェスが、
『青薔薇連合会』に戻ってきていた。
「さっき自宅まで嫁を送って、今ヘリを返しに本部に戻ってきたんですよ」
「成程。それであのー、何だっけ。ルシード元気でした?」
「あぁ、何でしたっけあの人。『青薔薇委員会』の、ルーカスとかいう人ですよね、元気そうでしたよ」
「…お前ら、師弟揃って、ルアリスの名前で遊ぶな」
いやんルルシー。
これはね、ご愛嬌って奴ですよ。
「この後僕、また一回家に戻ります。ちょっとイチャイチャタイムが待ち切れないので」
「成程、それは大変由々しき問題ですね」
「…いちいち言わんで良い。そんなこと」
いやいやルルシー、これは大事なことだよ。
「でも、夜の祝宴パーティまでには、また本部に戻るので」
「分かりました。じゃ、また夜に再会しましょうか」
「はい。それではルレイア師匠、僕は一足先に、自宅で『祝宴』を楽しんできますね」
「行ってらっしゃ〜い」
「…お前ら…」
手を振る俺とルーチェスに、何故かルルシーは、深々と溜め息をついていた。
何故?
さて、数時間後。
お楽しみの、夜がやって来た。
「うふふ…。勝利の美酒は格別ですね…」
アイズの用意してくれた、高級なワインも然り。
そして何より。
「ルルシーの手料理!もう色んな意味で涎が止まりませんね!」
「…お前な…」
あらルルシー。どうしたの、そんな呆れた顔して。
パーティなんだから、もっと楽しまなきゃ。
あっちでケーキを貪っている、アリューシャを見ると良い。
「うめぇ。ゴスロリ印のケーキうめぇ」
「アリューシャ、口の端にいっぱいクリームついてるよ」
「むぎゅ?」
「はい、ナプキンで拭いてあげようね〜」
と、いう仲良し親子のやり取りを見て。
「…お前らもだよ…」
ルルシーは、この呆れ顔。
まぁまぁ、この二人はいつも通りで良いじゃないか。
ようやく肩の荷が下りたらしいアイズは、朗らかな様子でアリューシャのお世話をしてあげている。
いやぁ平和な風景だ。
更に。
「シュノ、お前も少しはツッコミ、」
「る、ルレイアっ…。これ、私の手作りのフライドポテト…。良かったら食べて」
「はい、いただきます」
「お、美味しい…?」
ん?これは。
「これ、薄くカレー粉入ってます?」
「そうなの!分かる?」
「えぇ、ちょっとカレー風味で美味しいですよ。また腕を上げましたね、シュノさん」
「…!」
ぱぁぁ、と明るい笑顔になるシュノさん。
「うんっ…!」
これはもう、完全にパーティの虜ですね。
「…」
これには、ルルシーも黙り込むしかない。
すると。
「まぁまぁルルシー先輩、ここはルリシヤ・マジックを見て、元気を出してくれ」
「うわっ、びっくりした」
ルルシーの背後から、にゅるりとルリシヤが現れた。
彼がシルクハットを外すと、その中からふわっ、と香りを放つ大量の薔薇の花が。
わー、綺麗。
「うぉぉぉー!すげぇぇぇ!」
相変わらず、ルリシヤ・マジックに夢中のアリューシャである。
「ふふふ、こんなものじゃないぞ。半年近くに及ぶ潜入中、俺の磨き上げたマジックの腕前を見てくれ」
「お前…スパイやってる間に、そんなことしてたのか…?」
いやんルルシー、そんなマジレスしないで。
今は、ルリシヤの新作マジックを楽しみましょう?
と、そこに。
「遅れて済みません」
「お、ルーチェス、良いところに」
遅れ馳せながら、ルーチェスが合流してきた。
いらっしゃい。
「遅れるつもりはなかったんですが、久々の再会で、つい羽目を外してしまいまして…いやはや申し訳ない」
「いえ良いんですよ。気持ちはよく分かります。俺もルルシーと再会してすぐ、たっぷりルルシーの匂いを堪能しましたから」
「…この煩悩師弟…」
ルルシーが何か呟いてるが、
まぁ、聞こえなかったということで。
「遅れたお詫びと言っては何ですが、ミートパイとエッグタルト作ってきたので、良かったらどうぞ」
「うぉぉ!美味そう!」
早速食いつくアリューシャである。
さすが俺の弟子。多才で結構。
「うん、美味しい。ルーチェスこれ、美味しいよ」
ルーチェスのミートパイを一口食べて、アイズがそう言った。
「ありがとうございます、アイズ総長。…はい、ルルシーさんもどうぞ」
「…ルーチェス、お前、俺に近寄るな」
「!」
ルルシー、あなた何てことを。
それはあんまりというものだ。
「え?僕何かしました?何もしませんよ。男同士のあれこれに関する趣味はありますが、さすがに師匠の嫁に手を出す趣味は…」
「そういう意味じゃねぇ。近寄るな」
「…」
ルーチェスは、すすす、と数歩下がり。
「…ルレイア師匠。どうやら僕は、あなたの奥さんに嫌われてしまったようです」
「ちょっとルルシー。酷いですよ?いくら、ルーチェスが一足先に夫婦の営みを堪能してきて、羨ましいからってそんな…」
「別に羨ましくねぇし、お前と夫婦になった覚えもねぇ」
はい?
ちょっと今、何言ったのか聞こえませんでしたね。
「そうじゃなくて、フェロモンだ。ルーチェス、お前から今…ルレイア・フェロモンに似た、危ういフェロモンを感じる」
「え?」
俺とルーチェスは、互いに顔を見合わせた。
「…アイズ総長」
「僕、今ルレイア・フェロモンならぬ…ルーチェス・フェロモン出てます?」
「そうだね…。微弱ながら、それに似たものを感じるね」
「言われてみれば…。ルレイアほど強烈ではないけど…。妖しいものを感じるわ」
アイズとシュノさんが言った。
更に、ルリシヤが。
「何だ、気づいてなかったのか?俺はとっくに気づいていたぞ。仮面の勘でな」
ルリシヤの仮面の勘が言うなら、間違いはない。
「マジか!ルー公まで!?ちょっと試しに、」
「あ、アリューシャ駄目だよ。迂闊に近寄ったら、」
好奇心いっぱいでルーチェスに近寄ろうとするアリューシャを、アイズが止めようとしたが。
遅かった。
ルーチェスの真横にくっついたアリューシャは、
「NOぉぉぉぉぉぉっ!!」
ルーチェス・フェロモンの、尊い犠牲になった。
「目が、目がぁぁぁぁ」
「だから、迂闊に近寄ったら駄目だって言ったでしょ…。ルーチェスの師匠は、あのルレイアなんだよ?まだフェロモンレベルは弱いとはいえ、迂闊に近寄るとこうなるんだよ」
「うぅ…。ルレ公フェロモンに勝るとも劣らない、変化球食らった気分…」
アイズに、目をナプキンで拭いてもらっていた。
なんてことだ。
「『事後』フェロモンを出せるようになるとは…さすがルーチェス、俺の弟子に相応しい」
「ありがとうございます、ルレイア師匠…。あなたのご指導の賜物です」
と、互いに互いを認め合っている師弟を見て。
「…ろくな指導してねぇな、お前…」
ルルシーが何かを呟いていたが、これもまぁ、聞こえなかったということで。
「この調子でフェロモンレベルを上げ、最終的には、一発でアリューシャの目を潰せたら、免許皆伝ですね」
「努力します!」
「…アリューシャを巻き込んでやるなよ…」
またしてもルルシーが何かを呟いていたが…。
…聞こえなかったということで。
遂にルーチェスが『事後』フェロモンを出せるようになったのだから、これはめでたいことだ。
さて、ルーチェスも揃ったので。
「では、改めて俺の新作マジックをお披露目するとしようか」
「…いや、乾杯が先じゃね?」
と、いうルルシーのツッコミは無視され。
「まずはこのステッキ」
ルリシヤは、一見何の変哲もない、黒いステッキを取り出した。
まず、そのステッキを何処に隠していたのかという謎も、ある種のマジックだな。
そして、そのステッキをくるりと回し、ステッキの先端に指を突っ込むと。
そこから、大きな赤い布を引っ張り出した。
「おぉぉぉ!あれ仕込んでたの!?仕込んでたのか!?」
ミートパイにパクつきながら、興味津々のアリューシャ。
仕込んでたんでしょうねぇ。
「さぁ、よく見てくれ。何の変哲もない、ただの布だろう?」
ルリシヤは、赤い布を裏表にして、ただの布であることをアピール。
闘牛士が持ってるあれみたい。
「しかしこれに、ルリシヤ・マジックをかけると…」
ひらり、と赤い布を椅子の上に被せ、パチン、と指を鳴らし。
布をサッと取り除くと、その椅子の上には、
「ぬぉぉぉぉ!なんか出てきた!」
何もなかったはずの椅子に、ゴスロリドレスを着たクマのぬいぐるみが現れた。
これには、アリューシャも大興奮。
何処から出したんだろうなぁ。
そして、ぬいぐるみの着ている服に、素晴らしいセンスを感じる。
「さて、このぬいぐるみは、シュノ先輩にあげよう」
「あ、ありがとう」
ぬいぐるみを、シュノさんに渡してから。
「ではお次のマジックだ。使うのは、これ」
取り出したのは、豚の貯金箱。
「ちなみに、中身は空っぽだ。ルルシー先輩、確認してみてくれ」
「え、俺が?」
貯金箱を手渡されたルルシーは、疑わしそうに貯金箱を見つめた。
振ってみたり、穴を覗いたり。
しかし、やっぱり空っぽなものは空っぽ。
「…あぁ、空っぽだな」
確認終了。
「よし、ではここからが、ルリシヤ・マジックだ」
そう言って、ルリシヤはルルシーから返してもらった豚の貯金箱を、テーブルの上に置き。
パチン、と指を鳴らした。
「さぁ、これで完成だ」
「…何が?」
さっきの、ぬいぐるみのマジックが凄かっただけに。
貯金箱をテーブルに置いただけで、これが何のマジックなのかと、首を傾げる一同。
「なんも凄くねーじゃん」
と、つまらなさそうなアリューシャ。
「言ったな?アリューシャ先輩。その言葉、後悔することになるぞ」
「後悔も何も、たかだか空っぽの貯金箱に、驚くも糞もねーべさ」
「そうか。ならつまらないな。アリューシャ先輩、その貯金箱、俺に返してくれ」
「ふぇ?別にいーけど…」
アリューシャは、ルリシヤに返そうと、テーブルの上の豚の貯金箱を手に取っ…、
…た、はずだった。