The previous night of the world revolution6~T.D.~

―――――…ルティス帝国への帰り道、ヘリの中にて。






「おぉー!凄い凄い!人が豆粒みたいだ〜!」

セカイさんは、興味津々にヘリの窓から、下を見下ろしていた。

楽しそうで何より。



「どうですか?乗り心地は」

「んー、結構音がうるさい!」

プロペラ回ってますからね。

これでも『青薔薇連合会』の最新機だから、だいぶ改善されてるんだけど。

「でも楽しい!」

それは良かった。

「あとね、ルーチェス君にまた会えて嬉しい!」

「僕も嬉しいですよ。セカイさんにまた会えて」

師匠が、先に嫁(ルルシーさん)に合流して。

羨ましかったもんなぁ。僕も早く、嫁に会いたかったよ。

「ルーチェス君は、本当に王子様だね」

うん?

「元ですよ、元」

「今もだよ。私の王子様!」

セカイさんの?

じゃあセカイさんは、王太子妃ってことになるな。

そういう言い方は格式張ってて嫌なので、プリンセスと呼ぼう。

「いっつも私を、ちゃんと迎えに来てくれるね」

「プリンセスを迎えに行くのは、王子の役目ですからね」

「怪我しなかった?家に帰っても、もう危なくない?」

「怪我はしてないですね。危なくもないです」

そもそも、『帝国の光』の連中は、何の訓練も受けてない一般人だからな。

持ってる武器も粗悪品で、全然歯応えがなかった。

「セカイさんこそ、箱庭帝国どうでした?不自由しませんでした?」

めちゃくちゃ不自由で窮屈で死にそうだった、とか言われたら。

ちょっとヘリ引き返して、ルアリスに水かけてこよう。

「うん。良くしてくれたよ」

良かったですねルアリスさん。水かけられずに済んで。

「観光地綺麗だったし、ご飯も美味しかったよ。ルーチェス君のご飯ほどではないけど」

「そうですか。まぁセカイさんの手料理に比べたら、全世界のどの料理でも美味しく感じ、いたたたたた今操縦中なんですけど」

「あら〜?そんな悪いこと言う弟君のお耳はここかな〜?」

耳引っ張らないでください。

千切れるかと思った。

「でもね、そんな箱庭帝国の中でも、一個不満だったことがある」

「ほう、何ですか?」

「ルーチェス君いなくて、寂しかった」

「…」

…成程。

「僕も、怪我はしなかったし危なくも…」

…いや、結構危険な綱渡りはしてましたけども…。

結果オーライ。

「…なかったですけど、セカイさんに会えなくて死ぬかと思いました」

「私も〜!ウサギだね!寂しくて死ぬの!私達ウサギ夫婦だ!」

僕人間ですけど。

それに。

「あれガセネタですよ。ウサギは縄張り意識が強いので、むしろ多頭飼いすると喧嘩が絶えない生き物です」

「え、そうなの?」

「本当に寂しくて死ぬのはタコだって噂なので、僕達タコですね。タコ夫婦です」

「えぇ〜!!なんかやだ〜!」

じゃ、人間に戻るとしましょうか。
「ねぇ、ルーチェス君」

「はい?」

「私達、また平和な日常に戻れるの?」

それは大事な質問ですね。

「えぇ。戻れます。…戻らせてみせます」

これから先、どんな苦難が待ち受けていようとも。

ルレイア師匠曰く、これも愛のスパイスだそうだ。

だから。

「また二人で、一緒に仲良くイチャイチャ暮らしましょう」

「やったー!ルーチェス君大好き!」

「ありがとうございます。抱きついてくれるのは嬉しいんですが、失速するんで危ないですよ」

「え!ちょ、落っこちたりしないよね!?」

「大丈夫です。落っこちたとしても、生還すれば良いだけの話ですし」

「成程!ルーチェス君頭良い!でも念の為に、まず落っこちないで!」

「了解です」

折角、ルティス帝国領に戻ってきたので。

安全運転で帝都まで飛んで、無事に着陸して家に帰るとしよう。

家に帰るまでが遠足、ってね。
――――――…ルーシッドと別れ、マンションを引き払った俺は。

ルルシーと共に、『青薔薇連合会』に戻った。

すると。

「あ、ルーチェスじゃないですか。戻ってきてたんですね」

「はい。超スピードの超安全運転で、箱庭帝国まで嫁を迎えに行ってました」

『帝国の光』の崩壊を見届けるなり、真っ先に箱庭帝国に飛び立っていったルーチェスが、

『青薔薇連合会』に戻ってきていた。

「さっき自宅まで嫁を送って、今ヘリを返しに本部に戻ってきたんですよ」

「成程。それであのー、何だっけ。ルシード元気でした?」

「あぁ、何でしたっけあの人。『青薔薇委員会』の、ルーカスとかいう人ですよね、元気そうでしたよ」

「…お前ら、師弟揃って、ルアリスの名前で遊ぶな」

いやんルルシー。

これはね、ご愛嬌って奴ですよ。

「この後僕、また一回家に戻ります。ちょっとイチャイチャタイムが待ち切れないので」

「成程、それは大変由々しき問題ですね」

「…いちいち言わんで良い。そんなこと」

いやいやルルシー、これは大事なことだよ。

「でも、夜の祝宴パーティまでには、また本部に戻るので」

「分かりました。じゃ、また夜に再会しましょうか」

「はい。それではルレイア師匠、僕は一足先に、自宅で『祝宴』を楽しんできますね」

「行ってらっしゃ〜い」

「…お前ら…」

手を振る俺とルーチェスに、何故かルルシーは、深々と溜め息をついていた。

何故?
さて、数時間後。







お楽しみの、夜がやって来た。






「うふふ…。勝利の美酒は格別ですね…」

アイズの用意してくれた、高級なワインも然り。

そして何より。

「ルルシーの手料理!もう色んな意味で涎が止まりませんね!」 

「…お前な…」

あらルルシー。どうしたの、そんな呆れた顔して。

パーティなんだから、もっと楽しまなきゃ。

あっちでケーキを貪っている、アリューシャを見ると良い。

「うめぇ。ゴスロリ印のケーキうめぇ」

「アリューシャ、口の端にいっぱいクリームついてるよ」

「むぎゅ?」

「はい、ナプキンで拭いてあげようね〜」

と、いう仲良し親子のやり取りを見て。

「…お前らもだよ…」

ルルシーは、この呆れ顔。

まぁまぁ、この二人はいつも通りで良いじゃないか。

ようやく肩の荷が下りたらしいアイズは、朗らかな様子でアリューシャのお世話をしてあげている。

いやぁ平和な風景だ。

更に。

「シュノ、お前も少しはツッコミ、」

「る、ルレイアっ…。これ、私の手作りのフライドポテト…。良かったら食べて」

「はい、いただきます」

「お、美味しい…?」

ん?これは。

「これ、薄くカレー粉入ってます?」

「そうなの!分かる?」

「えぇ、ちょっとカレー風味で美味しいですよ。また腕を上げましたね、シュノさん」

「…!」

ぱぁぁ、と明るい笑顔になるシュノさん。

「うんっ…!」

これはもう、完全にパーティの虜ですね。

「…」

これには、ルルシーも黙り込むしかない。

すると。

「まぁまぁルルシー先輩、ここはルリシヤ・マジックを見て、元気を出してくれ」

「うわっ、びっくりした」

ルルシーの背後から、にゅるりとルリシヤが現れた。

彼がシルクハットを外すと、その中からふわっ、と香りを放つ大量の薔薇の花が。

わー、綺麗。

「うぉぉぉー!すげぇぇぇ!」

相変わらず、ルリシヤ・マジックに夢中のアリューシャである。

「ふふふ、こんなものじゃないぞ。半年近くに及ぶ潜入中、俺の磨き上げたマジックの腕前を見てくれ」

「お前…スパイやってる間に、そんなことしてたのか…?」

いやんルルシー、そんなマジレスしないで。

今は、ルリシヤの新作マジックを楽しみましょう?
と、そこに。

「遅れて済みません」

「お、ルーチェス、良いところに」

遅れ馳せながら、ルーチェスが合流してきた。

いらっしゃい。

「遅れるつもりはなかったんですが、久々の再会で、つい羽目を外してしまいまして…いやはや申し訳ない」

「いえ良いんですよ。気持ちはよく分かります。俺もルルシーと再会してすぐ、たっぷりルルシーの匂いを堪能しましたから」

「…この煩悩師弟…」

ルルシーが何か呟いてるが、

まぁ、聞こえなかったということで。

「遅れたお詫びと言っては何ですが、ミートパイとエッグタルト作ってきたので、良かったらどうぞ」

「うぉぉ!美味そう!」

早速食いつくアリューシャである。

さすが俺の弟子。多才で結構。

「うん、美味しい。ルーチェスこれ、美味しいよ」

ルーチェスのミートパイを一口食べて、アイズがそう言った。

「ありがとうございます、アイズ総長。…はい、ルルシーさんもどうぞ」

「…ルーチェス、お前、俺に近寄るな」

「!」

ルルシー、あなた何てことを。

それはあんまりというものだ。

「え?僕何かしました?何もしませんよ。男同士のあれこれに関する趣味はありますが、さすがに師匠の嫁に手を出す趣味は…」

「そういう意味じゃねぇ。近寄るな」

「…」

ルーチェスは、すすす、と数歩下がり。

「…ルレイア師匠。どうやら僕は、あなたの奥さんに嫌われてしまったようです」

「ちょっとルルシー。酷いですよ?いくら、ルーチェスが一足先に夫婦の営みを堪能してきて、羨ましいからってそんな…」

「別に羨ましくねぇし、お前と夫婦になった覚えもねぇ」

はい?

ちょっと今、何言ったのか聞こえませんでしたね。

「そうじゃなくて、フェロモンだ。ルーチェス、お前から今…ルレイア・フェロモンに似た、危ういフェロモンを感じる」

「え?」

俺とルーチェスは、互いに顔を見合わせた。
「…アイズ総長」

「僕、今ルレイア・フェロモンならぬ…ルーチェス・フェロモン出てます?」

「そうだね…。微弱ながら、それに似たものを感じるね」

「言われてみれば…。ルレイアほど強烈ではないけど…。妖しいものを感じるわ」

アイズとシュノさんが言った。

更に、ルリシヤが。

「何だ、気づいてなかったのか?俺はとっくに気づいていたぞ。仮面の勘でな」

ルリシヤの仮面の勘が言うなら、間違いはない。

「マジか!ルー公まで!?ちょっと試しに、」

「あ、アリューシャ駄目だよ。迂闊に近寄ったら、」

好奇心いっぱいでルーチェスに近寄ろうとするアリューシャを、アイズが止めようとしたが。

遅かった。

ルーチェスの真横にくっついたアリューシャは、

「NOぉぉぉぉぉぉっ!!」

ルーチェス・フェロモンの、尊い犠牲になった。

「目が、目がぁぁぁぁ」

「だから、迂闊に近寄ったら駄目だって言ったでしょ…。ルーチェスの師匠は、あのルレイアなんだよ?まだフェロモンレベルは弱いとはいえ、迂闊に近寄るとこうなるんだよ」

「うぅ…。ルレ公フェロモンに勝るとも劣らない、変化球食らった気分…」

アイズに、目をナプキンで拭いてもらっていた。

なんてことだ。

「『事後』フェロモンを出せるようになるとは…さすがルーチェス、俺の弟子に相応しい」

「ありがとうございます、ルレイア師匠…。あなたのご指導の賜物です」

と、互いに互いを認め合っている師弟を見て。

「…ろくな指導してねぇな、お前…」

ルルシーが何かを呟いていたが、これもまぁ、聞こえなかったということで。

「この調子でフェロモンレベルを上げ、最終的には、一発でアリューシャの目を潰せたら、免許皆伝ですね」

「努力します!」

「…アリューシャを巻き込んでやるなよ…」

またしてもルルシーが何かを呟いていたが…。

…聞こえなかったということで。

遂にルーチェスが『事後』フェロモンを出せるようになったのだから、これはめでたいことだ。
さて、ルーチェスも揃ったので。

「では、改めて俺の新作マジックをお披露目するとしようか」

「…いや、乾杯が先じゃね?」

と、いうルルシーのツッコミは無視され。

「まずはこのステッキ」

ルリシヤは、一見何の変哲もない、黒いステッキを取り出した。

まず、そのステッキを何処に隠していたのかという謎も、ある種のマジックだな。

そして、そのステッキをくるりと回し、ステッキの先端に指を突っ込むと。

そこから、大きな赤い布を引っ張り出した。

「おぉぉぉ!あれ仕込んでたの!?仕込んでたのか!?」

ミートパイにパクつきながら、興味津々のアリューシャ。

仕込んでたんでしょうねぇ。

「さぁ、よく見てくれ。何の変哲もない、ただの布だろう?」

ルリシヤは、赤い布を裏表にして、ただの布であることをアピール。

闘牛士が持ってるあれみたい。

「しかしこれに、ルリシヤ・マジックをかけると…」

ひらり、と赤い布を椅子の上に被せ、パチン、と指を鳴らし。

布をサッと取り除くと、その椅子の上には、

「ぬぉぉぉぉ!なんか出てきた!」

何もなかったはずの椅子に、ゴスロリドレスを着たクマのぬいぐるみが現れた。

これには、アリューシャも大興奮。

何処から出したんだろうなぁ。

そして、ぬいぐるみの着ている服に、素晴らしいセンスを感じる。

「さて、このぬいぐるみは、シュノ先輩にあげよう」

「あ、ありがとう」

ぬいぐるみを、シュノさんに渡してから。

「ではお次のマジックだ。使うのは、これ」

取り出したのは、豚の貯金箱。

「ちなみに、中身は空っぽだ。ルルシー先輩、確認してみてくれ」

「え、俺が?」

貯金箱を手渡されたルルシーは、疑わしそうに貯金箱を見つめた。

振ってみたり、穴を覗いたり。

しかし、やっぱり空っぽなものは空っぽ。

「…あぁ、空っぽだな」

確認終了。

「よし、ではここからが、ルリシヤ・マジックだ」

そう言って、ルリシヤはルルシーから返してもらった豚の貯金箱を、テーブルの上に置き。

パチン、と指を鳴らした。

「さぁ、これで完成だ」

「…何が?」

さっきの、ぬいぐるみのマジックが凄かっただけに。

貯金箱をテーブルに置いただけで、これが何のマジックなのかと、首を傾げる一同。

「なんも凄くねーじゃん」

と、つまらなさそうなアリューシャ。

「言ったな?アリューシャ先輩。その言葉、後悔することになるぞ」

「後悔も何も、たかだか空っぽの貯金箱に、驚くも糞もねーべさ」

「そうか。ならつまらないな。アリューシャ先輩、その貯金箱、俺に返してくれ」

「ふぇ?別にいーけど…」

アリューシャは、ルリシヤに返そうと、テーブルの上の豚の貯金箱を手に取っ…、

…た、はずだった。