The previous night of the world revolution6~T.D.~

――――――…一方。

『帝国の光』の『表党』に所属している、僕とシュノさんのもとに。

アイズさんから、Xデーについての連絡が届いた。










「明日…!」

「いやはや、大胆ですね」

あんな大それた計画の決行を、まさか前日に伝えられるとは。

計画の全貌は、以前から伝えられていたとはいえ。

さすが『青薔薇連合会』。考えることもやることも大胆。

好きだ。

「恐れることはありませんよ。準備は、既に出来ています」

「そ、そうね…。いよいよね。頑張らなきゃ」

そう、頑張りましょう。

だって、これが終わったら。











  


「…すぐ、迎えに上がりますからね」

箱庭帝国で、僕のお姫様が待っているのだから。



―――――――…さて、そろそろ、時は満ちた。














地獄への片道切符、一名様、ご案内です。





――――――…その日俺、ヒイラ・ディートハットは、朝から機嫌が悪かった。

…いや。

ここ最近、ずっと気分が優れないことが続いていた。

その理由は分かっている。

あまりにも、俺の思い通りにならないことが増えているからだ。



どうしてこんなことに。

俺は昔から、毎日そう考える。

一日に一度は、必ず。

妹が死んだとき。

母が死んだとき。

父が死んだとき。

家族を失った後、貧しさ故の理不尽な目に遭う度。

俺は、そう考えてきた。

どうしてこんなことに。

俺が何をしたって言うんだ?何も悪いことなんかしてない。

それなのに俺は、理不尽な目に遭い、苦しい思いをし続けてきた。

その一方で。

王族や貴族、そして、そんな金持ちに媚びを売ることで富を得ている、一部の裕福な連中はどうだ?

俺が経験した苦労なんて、知りもせず。

貧しさがどういうものか、知りもせず。

永遠に知ることもなく生まれ、育ち、死んでいくのだ。

学校の、道徳の授業で習わなかったか?

人間は、皆平等なのだと。

人の命に貴賎はないのだと。

しかし現実はどうだ?

その日何を食べようか、と贅沢な悩みを抱えている奴がいれば。

その日食べるものはあるのか、と頭を悩ませる奴がいる。

腹いっぱいだからって、残っている食べ物を捨てる奴がいれば。

犬の餌のようなものを食べて、それでも腹を空かしている奴がいる。

そんな現実があるのに、何が平等だ?

治るはずの怪我や病で死んでいった、俺の家族は?

人の命に貴賎はないんじゃないのか?

綺麗事ばかり並べて、現実は何も伴っていない。

それなのに、誰もそんな現実に目を向けない。

自分の視界にさえ入らなければ、いないも同然なのだ。

この国は腐っている。

この国の国民達は、ほぼ全員が腐っているのだ。

自分さえ良ければそれで良い。

苦しんでいる人がいても、自分の視界に入らなければ、それはいないのと一緒だから。

あまりにも理不尽だ。

そうして目を逸らされた俺達のような存在は、何処に救いを求めたら良い?

誰もこちらを顧みない。誰も手を差し伸べてくれない。

奴らの綺麗事という蓋の下で、誰も見ていないうちに押し潰されて、なかったことにされる。

それが、今のルティス帝国の現実なのだ。

どうしてこんなことに?

許せなかった。

心から、この国の現状が許せなかった。

だから俺は、『天の光教』に入った。
あの頃、ルチカ・ブランシェットは眩しかった。

彼女は、俺の言いたいこと、考えていることを、全部口に出して言ってくれた。

人間は皆平等だと。

国が得た富は、等しく国民に分配しなくてはならないと。

王族も貴族も、この国には必要ない。

皆同じ人間なのだから。序列をつけて、区別するのは間違っている。

その通りだと思った。

同じルティス帝国に生まれた者同士、女王だろうが、貧民街の孤児だろうが、命の価値は同じのはずだ。

まぁ、ルチカ教祖が説いていた、神への信仰云々は、俺にとってはどうでも良かったが。

神は何もしてくれない。俺達を飢えさせたのも、苦しめたのも、それは神の仕業ではなく、人間の仕業だから。

それでも俺は、『天の光教』に賛同していた。

その為に、デモを行うのも賛成だった。

俺達はずっと抑圧されてきたのだから、無視されてきたのだから。

派手なことをしなければ、そもそも誰だって、こちらに目を向けてはくれないじゃないか。

だから、ルチカ教祖のやり方は間違っていなかった。

間違っていなかったからこそ、国民達も、ついてきた。

国民達は、ルチカ教祖の訴えによって、ようやくこの国の現実に気づいたのだ。

ルティス帝国の今の体制は間違ってる。皆が平等に暮らせる社会ではないと。

ようやく皆、俺達の方を向いてくれたのだと思った。

これから『天の光教』によって、ルティス帝国は良い方に変わっていくのだと思った。

でも、否定された。

今、ルチカ教祖は何処にいる?牢屋の中だ。

誰が彼女をそんなところに入れた?帝国騎士団だ。

王侯貴族に縋り、媚びへつらい、権力を欲しいままにする連中が、またしても。

俺達の必死の叫びを、踏みにじったのだ。

こんな横暴が、どうして許されて然るべきだろう?

『天の光教』が潰され、ルチカ教祖がいなくなった後。

国民達は、全て忘れてしまった。

やっと、俺達の方を向いてくれたのに。

帝国騎士団がルチカ教祖を捕らえ、『天の光教』がなくなった途端。

つまり、俺達の叫びが、抵抗が、見えなくなった途端に。

彼らはまた、無関心に戻ってしまったのだ。

どうしてこんなことに?

そのとき、俺は思ったのだ。

この国の国民達は、帝国騎士団の連中と同じなのだ。

自分さえ良ければそれで良い、そんな腐った考えを植え付けられた、帝国騎士団の奴隷なのだと。
今になって思えば。

ルチカ教祖は、やり方が甘過ぎたのだ。

彼女はあくまで、言葉によって人々の意識を変えようとしていた。

そして、「神」という不完全な存在で、人々をまとめようとしていた。

でも、そんな生易しいやり方じゃ駄目なのだ。

人間は目に見えるものしか信じない。

信仰心も、言葉も、人間は信じない。

行動を起こし、腐った奴らのその目に、見せつけてやらなければ。

そうしなければ、奴らは分からない。

もっと分かりやすく、もっと過激な方法で。

この国が、いかに間違ってるか、教えなければいけない。

でも、今国民達が無関心なのは、国民達が悪い訳じゃない。

彼らは長年によって、植え付けられてきたのだ。

生まれたときから、王侯貴族が権威を振るう国で育てられ。

特権階級ばかりが優遇され、自分達は搾取される側であり。

それが当然で、当たり前のことであると信じ込まされてきた。

疑うことも知らず、それが世の中の摂理であると。

そう。洗脳されてきたのだ。

自分さえ良ければそれで良い、苦しんでいる人達は無視して良い。そう思うように洗脳されてきた。

『天の光教』が瓦解するまで、俺はそのことに気づかなかった。

俺もまた、国によって洗脳されてきたのだ。

幸い俺は、『天の光教』事件によって、洗脳から解かれた。

そしてルティス帝国には、僅かながら、俺と同じように洗脳から解かれた者達がいる。

それは俺と同じく、『天の光教』の残党達であり、あるいは各地で細々と活動を続けていた、共産主義組織に所属する人々だった。

彼らだけは、自力で洗脳を解き、自分達の足で立ち上がり。

この国の間違った体制を、何とか正そうとする、勇気ある人々だった。

それなのに彼らは、蔑まれ、虐げられ、無視されている。

だから俺は、『帝国の光』を起ち上げたのだ。
「光」は、天からもたらされるものではない。

神がいるのかいないのか、その真偽は知らないし、どうでも良いが。

例え神がいたとして、俺達人間には、何もしてくれない。

「光」はここに。人々の中にあるものだ。

そして俺は、このルティス帝国を照らす「光」になりたい。

その願いを込めて、『帝国の光』を起ち上げた。

最初期のメンバーは、『天の光教』時代からの仲間だった。

そこから、俺達は始まった。

ルチカ教祖が唱えた、平等主義をもっと強化し。

王侯貴族と帝国騎士団の、徹底的な排除と。

特権階級を廃止し、国の財産を一つに集約し、それを全ての国民に、平等に分配する。

そうすることで、完全に平等な国を実現させる。

これを活動理念とし、『帝国の光』は活動を始めた。

そうすると、続々と多くの若者達がこの理念に賛同して、『帝国の光』に入ってきた。

これは俺にとって、とても喜ばしいことだった。

このまま党員が増えれば、いずれ『帝国の光』は『天の光教』を越え、ルティス帝国に革命を起こすことが出来る。

しかし、党員の数が増えるのは、喜ばしいことだけではなかった。

あるとき、俺は気がついたのだ。

同じ『帝国の光』の党員の中でも、革命精神の格差があることに。

『天の光教』時代からの党員仲間は、志半ばで教祖を逮捕されてしまったこともあり。

革命精神に燃え、今度こそ、何としても、という気概があった。

しかし、『天の光教』時代からの党員ではない、新しく入ってきた党員の中には。

半ば面白半分のような…単なる興味本位、あるいは冒険気分のような、生半可な気持ちで、『帝国の光』に入ってきていた。

思想も理念も大してどうでも良いけれど、「革命」という言葉が何となく格好良いから、自分のそのグループに入りたい。

そんな気持ちで、『帝国の光』に入党したのだ。

俺や、『天の光教』時代の仲間からすれば、言語道断だった。

俺達は、自らの人生を、命を、この活動に捧げているのに。

こんな生半可な決意や覚悟で、『帝国の光』の党員を名乗って欲しくなかった。

それに、俺は早い段階から、武力を行使することを考えていた。

『天の光教』の敗因は、信仰や言葉などといった、曖昧なもので人々の心を捉えようとしたことだ。

出来る限り流血を抑え、平和的な方法で…謂わば、国民達を「説得」しようとしていた。

でも、そんなやり方じゃ駄目だ。

俺だって、流血は出来るだけ避けたい。

人を殺すことを望んでいる訳じゃない。

それでも、帝国騎士団は、武力によって『天の光教』を抑えつけたのだから。

だったらそれに対抗する俺達も、同じく武力を行使しなければならない。

今度こそ、俺達の尊厳を守る為に。

だからいざとなったら、俺達古参党員は、命を失うことも覚悟していた。

だが、新しく入ってきた党員には、命を懸ける気などさらさらなかった。

無論、中には古参党員と同じように、命を懸ける覚悟を持って、入党してくれた人々もいるが。

それよりも、面白半分で入党する人の方が多かった。

だから俺は、『帝国の光』の二つに分けることにしたのだ。
それが、今の『表党』と『裏党』システムだ。

革命精神に厚い者は『裏党』に。

革命精神に薄い者は『表党』に。

言うまでもなく、俺が重視しているのは『裏党』の方だ。

彼らは、真の革命闘士だから。

面白半分の『表党』の連中とは違う、本当の仲間だから。

故に俺は、入党希望者の学力や経歴、そして適性試験と面接をもとに、入党希望者を『表党』と『裏党』に分けた。

誰よりも平等主義を説きながら、何故一つの組織を二つに分けるという、矛盾したことをするのか。

自分でも、自覚はしている。

俺とて、望んでこのシステムを取り入れた訳ではない。

そうしなければならなかった。

『表党』の連中は、確かに『帝国の光』を名乗ってはいるけれど、真の革命闘士とは言えない。

ルティス帝国に革命を起こす為には、自分の命も惜しくない。
 
この覚悟がある者でなければ、革命は為し遂げられない。

両者を別離させたのは、互いの革命精神の違いから、組織の中に対立を防ぐ為だ。

革命精神の薄い者を、俺は本当の同志だとは思っていない。

彼らは目の前に拳銃を突きつけられれば、あっさりと裏切るような連中だからだ。

革命の為に、命を捧げる覚悟もない半端者。

そんな覚悟では、組織の足を引っ張るだけだ。

とはいえ、『表党』の党員にも、使い道がない訳ではない。

基本的に、『裏党』よりも『表党』の人数の方が多い。

『表党』の党員には、募金やビラ配り、『帝国の光』の宣伝などの雑用を任せられる。

それくらいなら、彼らも役に立ってくれる。

だから俺は、あくまで『表党』の党員を切り捨てることなく、利用している。

同志だとは思ってないが。

だって彼らは、『帝国の光』に所属しながらも、ルティス帝国で生まれ育った「洗脳」が解けていない。

俺が真に信頼を置くのは、『裏党』の党員だけだ。

真の革命精神を宿し、革命の為なら自分の命を捧げられる、偉大な人々。

彼らは「洗脳」を受けていない。本当の意味で、ルティス帝国の抱える重大な問題に気づいている。

覚悟を決め、真剣に革命に向き合っている。

だから、裏切り者が拷問を受けるのを見ても、当然の報いだと受け入れるし。

監視部屋に住まわされたことを知っても、必要な通過儀礼だったと納得する。

地下の武器庫を見ても、これは必要悪だと理解する。

俺の周りにいる、謂わば親衛隊の党員達は、皆そうだ。

願わくば、『帝国の光』の全ての党員が、親衛隊達のように、革命精神を宿す党員であって欲しい。

その思いで、俺は各地で公演を行い、党員を増やし、募金を募り、味方を集め、組織を拡大させていくことに決めた。

そんな折だった。

ふらりと立ち寄るかのように、俺のもとにサシャ・バールレン博士が現れた。