…全く。
今更だが、とんでもない奴らと手を組んだものだ。俺達は。
それなのに、そんな奴らと手を組むことを決めた、当のオルタンスは。
「…さて、忙しくなるな。まずは、隊長達を招集して、明日についての最終準備を始めよう」
「…」
「…?どうした、何か不都合なことでもあるのか」
いや、不都合なことは何もない。
Xデーが明日と決まった今、迅速に行動する必要があることも分かってる。
しかし、これだけはツッコませて欲しい。
「…お前、その痛バッグ持って、何処に行くつもりだ?」
「え?会議に。折角完成したから、皆にも見てもらおうと思っ、」
「置いていけ」
有無を言わさず、そう言うと。
オルタンスは、渋々痛バッグを机の上に置いた。
何でちょっと残念そうなんだよ、馬鹿。
――――――…一方。
『帝国の光』の『表党』に所属している、僕とシュノさんのもとに。
アイズさんから、Xデーについての連絡が届いた。
「明日…!」
「いやはや、大胆ですね」
あんな大それた計画の決行を、まさか前日に伝えられるとは。
計画の全貌は、以前から伝えられていたとはいえ。
さすが『青薔薇連合会』。考えることもやることも大胆。
好きだ。
「恐れることはありませんよ。準備は、既に出来ています」
「そ、そうね…。いよいよね。頑張らなきゃ」
そう、頑張りましょう。
だって、これが終わったら。
「…すぐ、迎えに上がりますからね」
箱庭帝国で、僕のお姫様が待っているのだから。
―――――――…さて、そろそろ、時は満ちた。
地獄への片道切符、一名様、ご案内です。
――――――…その日俺、ヒイラ・ディートハットは、朝から機嫌が悪かった。
…いや。
ここ最近、ずっと気分が優れないことが続いていた。
その理由は分かっている。
あまりにも、俺の思い通りにならないことが増えているからだ。
どうしてこんなことに。
俺は昔から、毎日そう考える。
一日に一度は、必ず。
妹が死んだとき。
母が死んだとき。
父が死んだとき。
家族を失った後、貧しさ故の理不尽な目に遭う度。
俺は、そう考えてきた。
どうしてこんなことに。
俺が何をしたって言うんだ?何も悪いことなんかしてない。
それなのに俺は、理不尽な目に遭い、苦しい思いをし続けてきた。
その一方で。
王族や貴族、そして、そんな金持ちに媚びを売ることで富を得ている、一部の裕福な連中はどうだ?
俺が経験した苦労なんて、知りもせず。
貧しさがどういうものか、知りもせず。
永遠に知ることもなく生まれ、育ち、死んでいくのだ。
学校の、道徳の授業で習わなかったか?
人間は、皆平等なのだと。
人の命に貴賎はないのだと。
しかし現実はどうだ?
その日何を食べようか、と贅沢な悩みを抱えている奴がいれば。
その日食べるものはあるのか、と頭を悩ませる奴がいる。
腹いっぱいだからって、残っている食べ物を捨てる奴がいれば。
犬の餌のようなものを食べて、それでも腹を空かしている奴がいる。
そんな現実があるのに、何が平等だ?
治るはずの怪我や病で死んでいった、俺の家族は?
人の命に貴賎はないんじゃないのか?
綺麗事ばかり並べて、現実は何も伴っていない。
それなのに、誰もそんな現実に目を向けない。
自分の視界にさえ入らなければ、いないも同然なのだ。
この国は腐っている。
この国の国民達は、ほぼ全員が腐っているのだ。
自分さえ良ければそれで良い。
苦しんでいる人がいても、自分の視界に入らなければ、それはいないのと一緒だから。
あまりにも理不尽だ。
そうして目を逸らされた俺達のような存在は、何処に救いを求めたら良い?
誰もこちらを顧みない。誰も手を差し伸べてくれない。
奴らの綺麗事という蓋の下で、誰も見ていないうちに押し潰されて、なかったことにされる。
それが、今のルティス帝国の現実なのだ。
どうしてこんなことに?
許せなかった。
心から、この国の現状が許せなかった。
だから俺は、『天の光教』に入った。
あの頃、ルチカ・ブランシェットは眩しかった。
彼女は、俺の言いたいこと、考えていることを、全部口に出して言ってくれた。
人間は皆平等だと。
国が得た富は、等しく国民に分配しなくてはならないと。
王族も貴族も、この国には必要ない。
皆同じ人間なのだから。序列をつけて、区別するのは間違っている。
その通りだと思った。
同じルティス帝国に生まれた者同士、女王だろうが、貧民街の孤児だろうが、命の価値は同じのはずだ。
まぁ、ルチカ教祖が説いていた、神への信仰云々は、俺にとってはどうでも良かったが。
神は何もしてくれない。俺達を飢えさせたのも、苦しめたのも、それは神の仕業ではなく、人間の仕業だから。
それでも俺は、『天の光教』に賛同していた。
その為に、デモを行うのも賛成だった。
俺達はずっと抑圧されてきたのだから、無視されてきたのだから。
派手なことをしなければ、そもそも誰だって、こちらに目を向けてはくれないじゃないか。
だから、ルチカ教祖のやり方は間違っていなかった。
間違っていなかったからこそ、国民達も、ついてきた。
国民達は、ルチカ教祖の訴えによって、ようやくこの国の現実に気づいたのだ。
ルティス帝国の今の体制は間違ってる。皆が平等に暮らせる社会ではないと。
ようやく皆、俺達の方を向いてくれたのだと思った。
これから『天の光教』によって、ルティス帝国は良い方に変わっていくのだと思った。
でも、否定された。
今、ルチカ教祖は何処にいる?牢屋の中だ。
誰が彼女をそんなところに入れた?帝国騎士団だ。
王侯貴族に縋り、媚びへつらい、権力を欲しいままにする連中が、またしても。
俺達の必死の叫びを、踏みにじったのだ。
こんな横暴が、どうして許されて然るべきだろう?
『天の光教』が潰され、ルチカ教祖がいなくなった後。
国民達は、全て忘れてしまった。
やっと、俺達の方を向いてくれたのに。
帝国騎士団がルチカ教祖を捕らえ、『天の光教』がなくなった途端。
つまり、俺達の叫びが、抵抗が、見えなくなった途端に。
彼らはまた、無関心に戻ってしまったのだ。
どうしてこんなことに?
そのとき、俺は思ったのだ。
この国の国民達は、帝国騎士団の連中と同じなのだ。
自分さえ良ければそれで良い、そんな腐った考えを植え付けられた、帝国騎士団の奴隷なのだと。
今になって思えば。
ルチカ教祖は、やり方が甘過ぎたのだ。
彼女はあくまで、言葉によって人々の意識を変えようとしていた。
そして、「神」という不完全な存在で、人々をまとめようとしていた。
でも、そんな生易しいやり方じゃ駄目なのだ。
人間は目に見えるものしか信じない。
信仰心も、言葉も、人間は信じない。
行動を起こし、腐った奴らのその目に、見せつけてやらなければ。
そうしなければ、奴らは分からない。
もっと分かりやすく、もっと過激な方法で。
この国が、いかに間違ってるか、教えなければいけない。
でも、今国民達が無関心なのは、国民達が悪い訳じゃない。
彼らは長年によって、植え付けられてきたのだ。
生まれたときから、王侯貴族が権威を振るう国で育てられ。
特権階級ばかりが優遇され、自分達は搾取される側であり。
それが当然で、当たり前のことであると信じ込まされてきた。
疑うことも知らず、それが世の中の摂理であると。
そう。洗脳されてきたのだ。
自分さえ良ければそれで良い、苦しんでいる人達は無視して良い。そう思うように洗脳されてきた。
『天の光教』が瓦解するまで、俺はそのことに気づかなかった。
俺もまた、国によって洗脳されてきたのだ。
幸い俺は、『天の光教』事件によって、洗脳から解かれた。
そしてルティス帝国には、僅かながら、俺と同じように洗脳から解かれた者達がいる。
それは俺と同じく、『天の光教』の残党達であり、あるいは各地で細々と活動を続けていた、共産主義組織に所属する人々だった。
彼らだけは、自力で洗脳を解き、自分達の足で立ち上がり。
この国の間違った体制を、何とか正そうとする、勇気ある人々だった。
それなのに彼らは、蔑まれ、虐げられ、無視されている。
だから俺は、『帝国の光』を起ち上げたのだ。
「光」は、天からもたらされるものではない。
神がいるのかいないのか、その真偽は知らないし、どうでも良いが。
例え神がいたとして、俺達人間には、何もしてくれない。
「光」はここに。人々の中にあるものだ。
そして俺は、このルティス帝国を照らす「光」になりたい。
その願いを込めて、『帝国の光』を起ち上げた。
最初期のメンバーは、『天の光教』時代からの仲間だった。
そこから、俺達は始まった。
ルチカ教祖が唱えた、平等主義をもっと強化し。
王侯貴族と帝国騎士団の、徹底的な排除と。
特権階級を廃止し、国の財産を一つに集約し、それを全ての国民に、平等に分配する。
そうすることで、完全に平等な国を実現させる。
これを活動理念とし、『帝国の光』は活動を始めた。
そうすると、続々と多くの若者達がこの理念に賛同して、『帝国の光』に入ってきた。
これは俺にとって、とても喜ばしいことだった。
このまま党員が増えれば、いずれ『帝国の光』は『天の光教』を越え、ルティス帝国に革命を起こすことが出来る。
しかし、党員の数が増えるのは、喜ばしいことだけではなかった。
あるとき、俺は気がついたのだ。
同じ『帝国の光』の党員の中でも、革命精神の格差があることに。
『天の光教』時代からの党員仲間は、志半ばで教祖を逮捕されてしまったこともあり。
革命精神に燃え、今度こそ、何としても、という気概があった。
しかし、『天の光教』時代からの党員ではない、新しく入ってきた党員の中には。
半ば面白半分のような…単なる興味本位、あるいは冒険気分のような、生半可な気持ちで、『帝国の光』に入ってきていた。
思想も理念も大してどうでも良いけれど、「革命」という言葉が何となく格好良いから、自分のそのグループに入りたい。
そんな気持ちで、『帝国の光』に入党したのだ。
俺や、『天の光教』時代の仲間からすれば、言語道断だった。
俺達は、自らの人生を、命を、この活動に捧げているのに。
こんな生半可な決意や覚悟で、『帝国の光』の党員を名乗って欲しくなかった。
それに、俺は早い段階から、武力を行使することを考えていた。
『天の光教』の敗因は、信仰や言葉などといった、曖昧なもので人々の心を捉えようとしたことだ。
出来る限り流血を抑え、平和的な方法で…謂わば、国民達を「説得」しようとしていた。
でも、そんなやり方じゃ駄目だ。
俺だって、流血は出来るだけ避けたい。
人を殺すことを望んでいる訳じゃない。
それでも、帝国騎士団は、武力によって『天の光教』を抑えつけたのだから。
だったらそれに対抗する俺達も、同じく武力を行使しなければならない。
今度こそ、俺達の尊厳を守る為に。
だからいざとなったら、俺達古参党員は、命を失うことも覚悟していた。
だが、新しく入ってきた党員には、命を懸ける気などさらさらなかった。
無論、中には古参党員と同じように、命を懸ける覚悟を持って、入党してくれた人々もいるが。
それよりも、面白半分で入党する人の方が多かった。
だから俺は、『帝国の光』の二つに分けることにしたのだ。