The previous night of the world revolution6~T.D.~

「…何だ、これ」

「痛バッグだ」

ドヤ、みたいな顔で言うな。

俺はさっき、キモいと言ったが。

あれは、別にこのバッグがキモいと言った訳じゃない。

このバッグを作成している、オルタンスがキモい。

「何だそれは」

「これだ」

見たら分かるわ。

「痛バッグを知らないのか、アドルファス…。時代に置いていかれてるな」

殴るぞ。

「痛バッグとは、自分の推しのキャラクターや人物への愛とリスペクトを、周囲に示す為の…謂わば、自分はこの人物が好きで好きで堪らないのだ、という意思表明なんだ」

「…ふーん…」

今のところ、今年一番どうでも良い知識だったな。

何なら、一生知らなくても充分生きていけそうだったよ。

「そして俺の推しは、俄然『frontier』のルトリアだ」

それは見たら分かる。

その缶バッチも、ストラップも、全部。

オルタンスが贔屓にしている、『frontier』とかいう五人組アーティストのボーカルの男だから。

ちょっとルレイアに似てる、という理由でハマり。

ポスターを部屋に貼ったり(今も貼ってる)、CDを買い集めたり、ライブに参加したり、グッズを収集していることは知っていたが。

とうとう、こんな末恐ろしいものを作成するまでに至ったか。

このルトリアという人物も、まさか天下の帝国騎士団長が、自分にハマって、まさか痛バッグなるものまで作成されているとは、思ってないだろうな。

大体こいつ、男だし。

ファンは、圧倒的に女性の方が多いらしい。当たり前だが。

「丁度完成したところなんだ。よく見てくれ」

そんな、ほれぼれと言われても。

悪いが、俺は別に、ルトリアとかいうボーカルに、大して興味もない。

そんなことより。

「オルタンス、仕事だ。『青薔薇連合会』から電話が、」

「推ししか勝たん!」

「アホなこと言ってないで仕事だ!『青薔薇連合会』から電話が来てるから、さっさと出ろ!」

俺はオルタンスに、スマートフォンを押し付けた。

『…そろそろ喋っても良い?』

スマートフォンの向こうから、冷たい次期首領幹部の声が聞こえた。

相手はマフィアだが、何だかもう、菓子折り持ってお詫びに行きたい気分。

『ごめんね。何やら楽しそうにお喋りしてるときに。悪いけど、こっちはそんなに呑気なことはしていられなくてね』

めちゃくちゃ嫌味言われてるし。

俺が悪いんじゃないぞ。
しかし、オルタンスの奴は、めちゃくちゃ嫌味を言われているにも関わらず。

「何か進展があったか?そろそろ最終段階だと思ってたが」

何事もなかったかのように、仕事の話を始めた。

こいつ…出来る。

『その最終段階についての話だよ』

「いつだ?」

『明日だ』



そろそろだとは思っていたが…まさか、そんな急に。

「分かった」

いやオルタンス、分かったじゃねぇだろ。

俺達だって、部隊を動かす用意ってものがある。

勝手に了承して良いのか?

いや、決定権はオルタンスにあるんだから、オルタンスが決めるのは結構なんだが。

それにしたって、いきなり明日とは。

「今日、今からです」と言われなかっただけ、猶予を与えてもらったと思うべきか?

「計画に変更は?」

『ないよ。そのままだ。『青薔薇連合会』が主導する。帝国騎士団は、予定通り道化を演じてくれれば良い』

…そうかい。

結局、お前が立てた計画通りって訳だな。アイズレンシア・ルーレヴァンツァ。

つくづく、敵に回したくない男だ。

元々敵なんだが。

『それと、一つ確認しておきたいことがあるんだけど』

「何だ?」

『ヒイラ・ディートハットの処分について』

…ヒイラ・ディートハットの処分。

…「処分」なんて言葉を使ってる時点で、『青薔薇連合会』はやる気満々のようだが…。

「こちらとしては、生け捕りにしたいところだな。ルチカ・ブランシェット同様、ルティス帝国の法律のもとに裁く」

『私は賛成しないね。彼は始末するべきだ』

そう言うだろうと思っていた。

『青薔薇連合会』なら。

別に、マフィアだからって人殺しに固執している訳ではない。

『あの男は、ルチカ・ブランシェットとは違う。ヒイラ・ディートハットには野望がある。彼には、明確に国家に反逆しようという強い意志がある』

その通りだ。

『天の光教』のルチカ・ブランシェットの目的は、革命ではなかった。

彼女が望んだのは、自分の信じる『天の光教』を広めたかっただけ。

その結果国政が変わるなら良し、それこそ神の御心のままに、という主義だった。

それに、何より…。

『そしてヒイラ・ディートハットは、シェルドニア王国の秘密を…『白亜の塔』の情報を知っている』

…そう。その点だ。

さすが、よく分かっていらっしゃる。

『あの研究に手を出している。あれは危険だ。私達以外で『白亜の塔』の存在を知る者を、決してルティス帝国に残してはいけない』

…実に、マフィア的な考えだ。

少しでも不穏分子になり得る人物がいたら、すぐさま切り捨てる。
 
その火種が、大きな火事になる前に。
そもそも、ヒイラ・ディートハットを逮捕し、裁判にかけたところで、それほど大きな罪にはならないのだ。

勿論、武器を所有していたという事実、党員を監視したり、拷問にかけたりしていた点は、法律に引っ掛かる。

国家反逆罪で問い詰めることも、出来ない訳ではないが。

しかし、決定的なことはしていない。

ルチカのように、自分を信じる信者ごと自爆しようとした訳でもなし。

彼のしたことは、あくまで政治活動の一環。

『帝国の光』を作ったことも、その為に金を巻き上げたことも…悪質ではあるが、罪としては、それほど重いものではない。

それに、ヒイラを裁くに当たって、俺達は『白亜の塔』に関する情報を、一切明らかにしてはいけないのだ。

『白亜の塔』に関しては、ヒイラを裁くことは出来ない。

本来『白亜の塔』などという代物は、ルティス帝国には存在しないからだ。

存在しないはずのものを、違法に作ったからといって、それを裁くことは不可能。

『白亜の塔』の存在を、世間に晒す訳にはいかない。

となると、諸々重箱の隅をつついて、叩けるところを徹底的に叩いたとしても…。

総合的に見ると、ヒイラの罪は、そんなに重くない。

精々、長くても数十年、牢屋に入っていれば良い。

それに、ヒイラには仲間がいる。

既に、熱が冷めた『帝国の光』の提携組織は、かなり弱体化しているものの。

各地には、まだヒイラにお熱の、狂信的な共産主義者がいる。

大体、共産主義者自体は、元々ルティス帝国に一定数存在していた。

地方で、細々と活動していたから、あまり表に出てくることがなかっただけで。

しかし、ヒイラという熱狂的な指導者のお陰で、今まで抑えることが出来ていた連中の熱に、火がついた。

例え檻の中にいようと、ヒイラがこの世に存在している限り。

彼らはヒイラを指導者と称えるだろうし、ヒイラを即時解放するよう、訴え続けるだろう。

そうなれば、どうしてもヒイラの刑期は短くなってしまう。

そして、ヒイラが無事刑期を終えて、出所したらどうなるか。

もう、火を見るより明らかだな。

『帝国の光』、再活動だ。

いくら帝国騎士団が見張っていても、彼らは水面下で活動を再開し。

帝国騎士団や、『青薔薇連合会』に対する復讐とばかりに、今度はもっと過激な組織になる。

ヒイラは勿論、『白亜の塔』の存在も知っている訳だから。

今度は万全な準備をして、今度こそルティス帝国に革命を引き起こす。

ルティス帝国を、シェルドニア王国と同じ、洗脳国家にするつもりだ。

そして自分は、その洗脳国家の頂点に立つ。

ヒイラが、檻の中でこの考えを改め、改心してくれれば良いのだが。

…まぁ、そんな楽観的思想は、持たない方が賢明だな。
『ヒイラ・ディートハットは殺すべきだ。生かしておいても、脅威にしかならない』

「…」

アイズレンシア・ルーレヴァンツァは、きっぱりとそう言った。

…ルティス帝国の法律で、奴を監視下に置くことは出来ない。

『ヒイラを野放しにしておけば、今度は未遂では済まない。今度こそ、『光の灯台』を…『白亜の塔』の再現物を造る。彼には、その野心がある』

「…」

『ルチカ・ブランシェットとは比べ物にならないほどの脅威だ。ヒイラを解放した途端、気がついたときには、全ルティス帝国民が、洗脳下に置かれていてもおかしくない』

…その通りだ。

言い返す言葉もない。

『それでも帝国騎士団は、ヒイラを法のもとに裁くことをご所望で?』

「…ずっと思ってたんだが」

黙ってアイズレンシアの言葉を聞いていたオルタンスが、ようやく口を開いた。

『何か?』

「お前、本当はもう、どうするのか決めてるんだろう?」

…!

そんな、さらっと。

近所のスーパーに、お使い頼むみたいなノリで。

「言わせたいのか?俺に」

『それはもう。後で、「この殺人犯」と言われて、『青薔薇連合会』を殺人罪に問う口実にされては、堪らないからね』

…こ、の…男。

本当に…抜け目のない…。

「心配することはない。好きにやってくれ。『青薔薇連合会』に主導権を渡すと決めたときから、覚悟はしている」

『それでも、命じてもらわないと困るね。好きにすれば、なんて曖昧な言葉で、有耶無耶にされちゃ敵わない』

「分かった」

すぅ、とオルタンスは息を吸った。

そして。

「ヒイラ・ディートハットは『青薔薇連合会』が殺してくれ」

オルタンスは、きっぱりとそう言った。

…これをオルタンスに言わせる為に、奴は。

「上手くシナリオを作ってもらいたい。投降を呼びかけたが、ヒイラがそれを拒否。銃撃戦になり、やむ無く殺してしまった…そんな都合の良いシナリオを所望する」

こんなことを、淡々と言えるオルタンスもオルタンスだ。

さすが、王室の大義の為に、ルレイア…ルシファーを切り捨てただけのことはある。

貫禄が違うな。

まさか、今こいつの目の前に、ルトリアの痛バッグがあるとは、誰も思わないだろう。

『心配ないよ。それはこちらで、既に考えてある』

そして、アイズレンシアの方も抜け目ない。

既に、シナリオは用意済み。

あとは、命令執行書が欲しかっただけ。

『それじゃ、もう用はない。あとは明日になれば、全て終わってるよ』

「分かった。そのように事を進めよう」

オルタンスがそう答えると、アイズレンシアは一方的に通話を切った。

指令書にサインさえもらえれば、それで良いとばかりに。
…全く。

今更だが、とんでもない奴らと手を組んだものだ。俺達は。

それなのに、そんな奴らと手を組むことを決めた、当のオルタンスは。

「…さて、忙しくなるな。まずは、隊長達を招集して、明日についての最終準備を始めよう」

「…」

「…?どうした、何か不都合なことでもあるのか」

いや、不都合なことは何もない。

Xデーが明日と決まった今、迅速に行動する必要があることも分かってる。

しかし、これだけはツッコませて欲しい。

「…お前、その痛バッグ持って、何処に行くつもりだ?」

「え?会議に。折角完成したから、皆にも見てもらおうと思っ、」

「置いていけ」

有無を言わさず、そう言うと。

オルタンスは、渋々痛バッグを机の上に置いた。

何でちょっと残念そうなんだよ、馬鹿。
――――――…一方。

『帝国の光』の『表党』に所属している、僕とシュノさんのもとに。

アイズさんから、Xデーについての連絡が届いた。










「明日…!」

「いやはや、大胆ですね」

あんな大それた計画の決行を、まさか前日に伝えられるとは。

計画の全貌は、以前から伝えられていたとはいえ。

さすが『青薔薇連合会』。考えることもやることも大胆。

好きだ。

「恐れることはありませんよ。準備は、既に出来ています」

「そ、そうね…。いよいよね。頑張らなきゃ」

そう、頑張りましょう。

だって、これが終わったら。











  


「…すぐ、迎えに上がりますからね」

箱庭帝国で、僕のお姫様が待っているのだから。



―――――――…さて、そろそろ、時は満ちた。














地獄への片道切符、一名様、ご案内です。





――――――…その日俺、ヒイラ・ディートハットは、朝から機嫌が悪かった。

…いや。

ここ最近、ずっと気分が優れないことが続いていた。

その理由は分かっている。

あまりにも、俺の思い通りにならないことが増えているからだ。