The previous night of the world revolution6~T.D.~

帰宅後。

俺は、郵便受けに入った封筒やチラシを取って、自分の部屋に入った。

「…」

…空気が違うな。
 
誰かが、俺のいない間に侵入してきたらしい。

そんなことが分かるのか、って?

分かるもんだよ。自分のいない間に、部屋を荒らされてたら。

厳密には、荒らされている訳ではない。

家探しされてる、と言った方が正しいか?

部屋の中にあるものは、何もかも俺が今朝出ていったときのままだ。

ベッドの上に放っていた、上着の皺までそのまま。

それでも、何人かで部屋の中に入り込んで、あちこち探して回ったであろう…人の気配までは消せない。

家宅捜索なんかしたって、めぼしいものは何も出てこない。

いつ部屋を覗かれても良いように、ちゃんと部屋に置いてあるものは選んでいるからな。

しかし。

家宅捜索が行われたってことは、やはり俺はまだ、ヒイラに信用されていないらしいな。

悲しいことだよ。俺はこんなに、『光の灯台』の研究に「貢献」してあげてるのに。

などと思いながら、俺は何も気づいていない振りをして、部屋に上がり。

役所からの通知…に、見せかけた、ルリシヤからの封筒を開けた。

中に入っているのは、何ということもない、市役所からのお知らせみたいなものだが。

その封筒の中に、こっそりメモが潜ませてあった。

勿論、差出人はルリシヤだ。

「ヒイラはまだ、ルレイア先輩を信用していない。『光の灯台』建設に焦ってるらしい。上手く宥めておいたが、家探しまでは止められなかった。悪い」とのこと。

やっぱり家宅捜索されたんだ。

別にルリシヤが悪い訳じゃないから、謝る必要なんてないのに。

律儀だなぁ。

まぁ、家宅捜索くらい、いくらでもしてくれ。

どうせ、怪しいものは何も出てこないのだから。
俺は、借りてきた音楽療法の本を取り出して、ノートパソコンの前に座った。

多分、家に置いていたこのPCの中身も、調べられてるんだろうな。

別に構わない。これは、この任務に当たって用意したPCだ。

調べたって、重要なものは何も出てこない。

俺の本当のパソコンには、ルルシーのにゅふふな動画や画像がたっぷり詰まっているから、他人に見せるわけにはいかない…。

と言うか、絶対他人には見せたくない。俺だけが独占していたい。

けれども、仕事用のパソコンなら、いくらでも見てくれ。

怪しいものは、何もない。

それどころか、俺が『光の灯台』の完成に向けて、レポートを作成している…つまり、『光の灯台』完成の為に貢献しているということが分かるので。

是非、家宅捜索の際には、パソコンもよく見てくれ。

逆に、俺の信用度が上がるだけだ。

これまでも、こんなこともあろうかと、自分なりに『光の灯台』に関する資料の作成と、独自の見解を示した論文を、このパソコンで作成してきた。

奴らは恐らく、それも見つけたはず。

暇潰しがてら、信用度を上げようと思って取り組んだことだが。

これが、プラスに働いていれば良いのだが。

さて、それはそれ。

さぁ、今日も組織への忠誠を示す為に、レポート作成に取り掛かるかな、と。

パソコンを立ち上げてみたところ。

「…ん?」

何やら、メールが届いていた。

何だ、このメール。

パンドラの箱か何かかと思って、開いてみると。

全然そんなことはなかった。

『帝国の光』からではなく、ルティス帝国総合大学からのメールだ。

何かと思って開いてみると。

それは警告文…ではなく。

最早、判決文だった。

学部の必修科目の担当教授からのメールで、そこには…要約すると、

「お前授業の出席日数足りてないから、今年度は単位を出す訳にはいかない」とのこと。

…俺、留年確定?

おいおいマジかよ。こんなに真面目で賢い、熱心な学生が。

何でこんなことに?

そりゃ確かに、俺全然授業には出てないけれど。

この授業については、最低限単位を取れるよう、ABC三兄弟に代返を頼んでおいたはず。

これはどうしたことか。

俺は、即座にABC三兄弟に、それぞれメールを送った。
レポートを作成していると、三兄弟からそれぞれ返信が来た。

まず、Aから。

『ごめん(>人<)。つい忘れてて…。本当ごめん(_ _;)』とのこと。

謝罪を顔文字で済ませようという、この浅はかな考え。

顔文字はそんなに万能じゃないし、ついでに言うと、

必修科目を落とした人間に、顔文字程度の謝罪で済ませる辺り、こいつは極悪人だ。

必修科目落としたんだぞ。そりゃ代返頼んだ俺も悪いんだろうけど、引き受けたからにはちゃんとやれよ。

顔文字で済ませて良い問題じゃねーだろ。

まぁ、素直に謝ってきたのは認めるが。

こいつとは、もう縁切りだな。

次、Cから来た言い訳メール。

『バイト詰め込み過ぎて、俺も自分の講義に出るのに精一杯で、頭が回らなかったんだ。悪かったよ。
実は俺、『ルティス帝国を考える会』にももうあんまり出てないんだ。結構な額を親に借りちゃったから、そのこともかなり親に責められて…。今はそれ返すのに大変なんだ。頼まれてたのに、本当済まなかったと思ってるよ。
でも代返ってやっぱり悪いことだから、いくら『帝国の光』に入ってても、講義には自分で出た方が良いと思う。』とのこと。

なげーよ馬鹿。

出たよ、この、相手に読ませる気のない長文メール。

言い訳タイム始まりました、って感じだな。

しかも、説教かましてきやがった。

自分がさぁ、悪いことだと知っていながら、「代返引き受けるよ」と言って快く引き受けておきながら。

単位落とすことが確実になった今、やっぱり悪いことだからやめよう、って?

自分勝手過ぎんだろ。

お前、親から金借りて献金に回してたんだっけな。やっとバレたのか。そりゃ怒られるわ。

で、その借金を耳揃えて返す為に、バイト頑張ってます、と。

ご愁傷様だな。

世間では、これを自業自得と言う。

何と言って親から金を借りていたのかは知らないが、その用途が発覚して、両親激怒だったろうなぁ。

とりあえず、約束を破ったことは確かなので、こいつも縁切り。

…で。

時刻は、午前二時過ぎ。

最早深夜、丑三つ時って奴だが。

ん?幽霊が出る時間じゃないか、って?

出てこいよ。相手してやるから。

しかし、この時間になっても。

Bから、返信が来ない。

まさかの、メールスルーかよ。

見なかったことにしやがったぞ、あいつ。

返信を催促しても良いのだが、どうせこいつも、ACと大して変わらない返事しか寄越さないだろう。

サッカーボール追いかけるのに夢中で、とか言うんじゃないの?

まぁどんな言い訳をされても、俺が単位を落としたことに変わりはない。

そして、この時間になっても、メールを返信もせずに見なかった振りをしている時点で。

こいつも、縁切り決定。

さよならABC三兄弟。

最後まで俺、お前らの名前覚えきれなかったよ。

そして。

さよなら俺の必修単位。

ルティス帝国イチの名教師、ちょっと憧れてたのになぁ。

ま、本業はマフィアの幹部だし、どうでもいっか。
それより重要なのは。

『ルティス帝国を考える会』会員達の、革命精神が弱まっているところだ。

元々『ルティス帝国を考える会』は、私立ローゼリア学園大学にあった『赤き星』のような、熱心な共産主義サークルではなかった。

年齢サバ読みおばさんが起こした、例の『天の光教』事件が発端となって、突発的に生まれたサークル。

若者達が、『天の光教』事件によって熱に浮かされ、その勢いのまま発足した、熱々の組織だった。

しかし、熱はいつまでも続かない。

時間がたつに連れて、人々の熱は、心は、冷めていく。

そして、気がつくのだ。

「あれ?俺今、何やってんだっけ?」と。

よくあるだろう?

熱中してるときは、もう右から左から何を言われても、全く気づかないけれど。

ふと後になって振り返ってみると、あのとき何で自分があんなに熱中していたのか、さっぱり分からない、っていうあの現象。

たまにあるよな。

昔のコレクションとか見てたら、そんな気分になる。

時に、それが黒歴史となることもある。

俺にとっても、昔…帝国騎士になる為に、ひたむきに努力していた頃のことを思い出すと。

あんな糞みたいな連中の集団に入る為に、何であんなに頑張ってたんだろう?って。

今では不思議だもんなぁ。

こんなことになるなら、最初っから立派なマフィアになる為に努力しているべきだった。

後悔先に立たずだが。

で、『ルティス帝国を考える会』にも、その現象が起きている。

ABC三兄弟が『考える会』から離れていったのも、そのせい。

エリミア会長は、そのことを非常に危惧している。

今『ルティス帝国を考える会』に残っているのは、元々根っからの共産主義者だった奴らだけだ。

あるいは、まだ完全に熱が冷めていない者。

まぁ、ルーシッドのような、何処にも属さない例外もいるが。

いずれにしても、数が激減しているのは間違いない。

元々『ルティス帝国を考える会』は、『赤き星』や『帝国の光』ほど、共産主義思考が強い集団ではなかったからな。

その名の通り、どうしたらルティス帝国がより良くなるか、について議論するサークルでしかなかった。

その議論が、『天の光教』の一件のせいで、共産主義思想に傾いていただけで。

もとから、コミュニズムを拗らせた連中の集まりって訳じゃなかった。

このまま放置しておけば、『ルティス帝国を考える会』は崩壊する。

エリミア会長は、また『帝国の光』という大きな組織から、直々に激励を得ることで、会員達の心を取り戻そうとしているようだが。

残念ながら、俺は取り次ぐつもりは全くない。

それに、今更『帝国の光』から激励を得たとしても、会員達の心が戻ってくることはないだろう。

会員達の熱は、冷めてしまったのだから。

その熱を再燃させるには、それなりの出来事がなければならない。

それこそ、『天の光教』事件のような。

しかし。

そんな事件が、ポンポンあってたまるか。

『天の光教』事件そのものだって、前代未聞の事態だったんだから。

それに今、そんな事件が起きないよう、帝国騎士団が目を光らせている。

そして、俺達『青薔薇連合会』も。

国防に興味はないが、商売する場所を奪われるのは困るからな。

故に。

「…あんたら、もう詰んでるんだよ」

『赤き星』と同様。

『ルティス帝国を考える会』もまた、ルティス帝国の共産主義の歴史に、ほんの少しの名前を馳せるだけ。

消えていく運命なんだよ、お前達は。
――――――…ルレイア先輩と、ルーシッドとかいう帝国騎士団の隊長が潜入していた、

『ルティス帝国を考える会』が、崩壊に近づいている…のは、とても素晴らしいことなのだが。




俺の個人的な状況としては、あまり良くないというのが現状である。










と、言うのも。

「いくらなんでも遅過ぎる!」

「…」

勤務時間後に、上司に呼び止められ。

上司の叱責…と言うか、愚痴に付き合わされるという、一種のパワハラを受けているからである。

俺と同じく、パワハラを受けているサシャ・バールレン自称博士は。

ヒイラの叱責を受けても、おろおろするばかりで、何も答えられない。

それでも博士か、と言いたいところだが、こいつは自称博士なだけで、中身はただの家出貴族らしいし。

少しでもヒイラの怒りを鎮めて欲しかったが、期待するだけ無駄というものだな。

「開発チームを立ち上げて、もう二ヶ月近くになるのに。まだ出来ないのか!?」

しかし、ヒイラは、サシャの本当の正体を知っているのだろうか。

この自称博士のことだから、『白亜の塔』の開発資料を持ってきたときは、さぞや立派なドヤ顔だったんだろう。

自分のことはどう説明したのか。見栄を張って、「自分はこの研究の第一人者で…」みたいな自己紹介をしたんじゃないか?

ルルシー先輩達が入手した、バールレン家の家柄についての情報は、俺もアイズ先輩経由で聞かされたが。

確かにバールレン家出身である以上、この研究の第一人者であることは、確かなのだろうが。

でも、よく考えてみてくれ。

別に、こいつが開発した訳じゃないし。

かと言って、こいつよりは多少マシな、こいつの兄が開発した訳でもないし。

バールレン家が『白亜の塔』の開発に貢献したのは確かだが、それはサシャ兄弟の功績ではない。

「一体いつまで待たせるんだ!?何の為に危険を冒して、チームを起ち上げたと思ってる!?」

『白亜の塔』が開発され、量産化されてシェルドニア王国に普及したのは、遥か昔のことだ。

当然、サシャ兄弟も生まれていない。

『白亜の塔』開発に携わったのは、サシャ兄弟の先祖だ。

現在のバールレン家は、そのお偉いご先祖様が、『白亜の塔』の開発時に残した開発資料を、大事にお守りしているに過ぎない。

偉かったのはサシャ達のご先祖様であって、別にサシャ兄弟が偉い訳じゃない。

まぁ、サシャ兄…名前はテナイだったか…そのテナイの方は、自分なりに先祖が残した資料を熟読し。

『白亜の塔』の理論について、それなりに理解しているらしいが。

サシャの方は、さっぱり勉強してないそうだからな。

…とはいえ。

バールレン家の先祖も、一人で『白亜の塔』を開発していた訳じゃない。

似たような研究者が何人も集まって、そして長い年月をかけて試行錯誤し、ようやく完成したものだ。

だから。

「一刻も早く完成させてくれ!こんなところでモタモタしていられないんだ!」

ここで大激怒しているヒイラ・ディートハットは、論外ってことだな。
全く、さっきからギャーギャーうるさいと思ったら。

何を喚いてるんだ、このパワハラ上司は。

そしてサシャ・バールレン。

あんたは、おろおろする以外に、何もすることはないのか。

仮にも博士を名乗るなら、何とか言い返したらどうだ。

お前博士だろ。

おろおろするだけなら、幼稚園児にも出来るぞ。

そして、それ以上に。

ヒイラ・ディートハット。

お前はお前で、さっきから何を喚いてるんだ。

俺の仮面の情報によれば、ヒイラはさっきから、何故『光の灯台』がまだ完成しないのか、について怒っているらしい。

成程なぁ。

自称博士が、これを何とか宥めてくれたら良いのだが。

「…」

自称博士は、相変わらず困った顔で、おろおろするばかり。

何と言って宥めたら良いのか、分からないご様子。

…全く…。

あんたがそんなだから、いつもいつも、俺にお鉢が回ってくるのだ。

いっそ、俺もおろおろして無視してようかな、と思ったが。

ヒイラからの信用を、少しでも失う訳にはいかなかった。

さて、仕方ない。

この夜泣きの激しい坊やに、ガラガラ振ってあやしてあげるとするか。

「落ち着いてくれ、同志ヒイラ」

「落ち着いていられるか!」

逆ギレ。

「何をそんなに怒ってる。何が問題なんだ?」

白々しくも、そう尋ねてみると。

「問題も何も。分かってるのか?開発チームを結成してから、もう二ヶ月もたってるんだぞ?」

「あぁ」

正しくは、二ヶ月に達するまでにはあと10日ほど必要だが。

まぁ、約二ヶ月だな。

「それなのに、まだ『光の灯台』が完成しないのは、どういうことなんだ?」

「どういうこと…と言ってもな。開発チームを起ち上げたからって、すぐに開発出来るなら、世の中の研究者は頭を悩ませてはいないぞ」

俺がそう答えると、ヒイラはやや頭が冷えたようだが。

それでも、不機嫌な顔は変わらない。

「…すぐじゃない。もう二ヶ月もたってる」

「まだ二ヶ月だ。そう簡単に出来るものなら、チームのメンバー達も苦労していない」

「何故そんなに時間がかかるんだ?サシャ博士が、開発資料を持っているはずだろう。その通りに造るだけなのに、何が足りないんだ?」

おい、言われてるぞ自称博士。

「同志ヒイラ。サシャ博士の開発資料は、設計図じゃないんだ。資料というのは、あくまで『光の灯台』を完成させる為のヒントに過ぎない」

「…」

書付け通りに造れば、それで完成という訳にはいかない。

開発資料というのは、『白亜の塔』を建設する為に使われた、参考文献みたいなものだ。

既に製造法が確立された、設計図ではない。

…多分バールレン家には、『白亜の塔』の本物の設計図もあるんだろうな。

自称博士がそれを持ってこなくて、本当に良かった。

無知は罪と言うが、この場合あんたの無知は、良い方に転がったようだな。

俺達にとっては、だが。
「俺達はそのヒントをもとに、試行錯誤しながら造るしかない。手探り状態なんだよ」

「…同志ルニキス。開発チームのメンバーを選んだのは君だ」

「あぁ、俺だ」

「君が選んだメンバーを集めて、それでも完成させられないなんて、」

「誤解しないでくれ」

俺は、ヒイラを宥めるように言った。

「確かに、開発チームのメンバーを選んだのは俺だ。俺と、サシャ博士の意見を聞きながら選出した」

ちゃっかり、自称博士も巻き込んでいくスタイル。

自分だけ蚊帳の外で、安心させはしないぞ。

俺だって面倒なんだからな。夜泣きの坊やをあやすのは。

「メンバーに非はない。皆優秀な者達だと思っている。それぞれ各分野に秀でていて、更に革命精神溢れる、立派な『帝国の光』の党員だ」

「…それなら、どうして…」

「それでも、だ。それでもあの研究は、一朝一夕で出来るものではないんだ」

「…どういう意味だ?」

よし、食いついた。

「まず、人々を煽動して、ロボットのように自在に動かす装置…。それも、煽動する相手に気づかれないように…。そんな画期的な研究を目論んでいるのが、俺達だけだったと思うか?」

「…!」

「そんな便利な装置の研究は、どの国のどんな機関でも、試しているはずだ。それでも、成功例は聞いたことがない。帝国騎士団だって、俺達よりずっと潤沢な資金と設備を持っているのに、未だに開発には至っていない」

嘘八百である。

シェルドニア王国という成功例はあるし。

そもそもそんな研究、国際倫理に反するとして、大っぴらに研究するものではない。

例え成功していたとしても、公表する訳がないし。

そして成功しているのなら、既にその国の人々は、無意識に洗脳下にあるのだから。

「私達洗脳されました」と公表出来る訳がない。当たり前だが。

ついでに言うと、俺の知る限り、帝国騎士団では、人々を洗脳する機械の研究などしていない。

過去にはあったのかもしれないが、世の中に出てきていない辺り、多分失敗したか、断念したのだろう。

そして、今の帝国騎士団が、そのような機械の研究に着手するとは思えない。

シェルドニアの連中や、この頭のイカれたヒイラと違って。

帝国騎士団には、ちゃんと理性というものがあるからな。

それに、ルティス帝国の女王であるアルティシアも、そんな末恐ろしい研究に、手を出すほどの度胸はない。

前の、ローゼリア元女王なら、万が一でも有り得たかもしれないが。

それでも、オルタンス達が止めただろう。

まぁ、あれだ。

人を洗脳して、無理矢理自分の言うことを聞かせて、国を支配しよう、なんて。

まともな神経してたら、まずそんなことは考えないからな。

つまりヒイラは、まともじゃないってことだな。

今更だが。
ともあれ。

「俺達も、研究を本格的に始めてから分かった。思っていた以上に、これは難しい研究なんだ。とても短期間で出来る研究じゃない」

「…」

「チームのメンバーが悪いんじゃない。皆優秀な逸材の集まりだ。それでも、どうしても研究には時間がかかる。研究の秘密を守る為に、少数精鋭にしているせいでもあるが…」

嘘である。

あの開発チームの中で、まともに研究の役に立てそうなのは、俺を除けばルレイア先輩だけだ。

あとは、そこらの一般人を捕まえてきたに過ぎない。

唯一役に立ちそうなルレイア先輩だって、研究職の経験はないし、『白亜の塔』に関する知識は、ほとんど持っていない。

精々、『白亜の塔』に洗脳された「実体験」を持っている程度。

そもそも、異国の技術だからな。

俺だって、『白亜の塔』に関する知識なんて、ほとんどないぞ。

その造形と効果は分かってるが、造り方なんてさっぱり。

誰だってそうだろう?

皆ティッシュペーパーの存在は知ってるし、使い方も知ってるが。

じゃあお前、今からティッシュペーパー作ってくれ、と数人の一般人と一緒に、研究室に放り込まれても。

途方に暮れるしかないだろう。

いや、奇跡的に、メンバーの中にティッシュペーパー職人がいたら、何とかワンチャンあるかもしれないが。

まずそんな奇跡は起こらない。

しかも、大抵万国共通のティッシュペーパーと違って。

『光の灯台』…『白亜の塔』の技術は、シェルドニア王国固有のもの。

このルティス帝国で、その技術と知識を持っている方がおかしい。

あるのは、サシャ・バールレンが持ってきた、非常に断片的な開発資料だけ。

これだけで、どうやって『白亜の塔』の再現物を作れと言うのだ。

あらゆる分野に長けている、優秀な研究者を各地から集め、潤沢な資金と設備を整え。

数十年単位で時間をかけて、ようやく完成するかしないか、というレベルだ。

つまり、俺が何を言いたいかって言うと。

『帝国の光』の開発チームでは、到底『光の灯台』なんて造れない、ってことだ。

…千年単位で考えたら、何とか可能性があるかもしれないが。

その前に、チームメンバーが死んでる。

ましてや、二ヶ月程度で完成なんて、とてもではないが不可能。

それでも、万に一つの可能性があってはいけないから、俺もルレイア先輩も、わざと時間稼ぎをしているが。

本当は、時間稼ぎなどしなくても、『光の灯台』は完成しない。

少なくとも、ヒイラが生きてるうちは無理だろうな。

シェルドニア王国から、テナイのような本物の知識人を、引き抜いてこない限りは。

すると。

「…じゃあ、いつになったら出来るんだ?」

ヒイラは、低い声でそう聞いた。

それ、昼間にも聞いたな。

あのとき自称博士は、あと少し…とか言って、言葉を濁していたが。

チラリ、と自称博士を見る。

相変わらずおろおろするばかりで、何も答えようとしない。

そこに突っ立って、おろおろしてるだけで良いんだから羨ましい。

いっそいなくても結構なので、俺の靴の踵スタンガンで気絶させたくなってきた。

「…今の段階では、何とも言えない」

仕方がないので、俺は正直に答えた。