皮肉なもんだ。
あれだけ馬鹿にされ、貶され、疎まれ、一時は退会を迫られていた、ルーシッドの言葉が。
今になって、『ルティス帝国を考える会』の会員達の心に届くようになったのだろう。
今なら、ルーシッドも肩身の狭い思いをしなくて済んでるんじゃないか?
おめでとう。
でも、そんな状況が面白くない者達がいる。
それはヒイラ・ディートハットであり、目の前にいるエリミア・フランクッシュでもある。
こいつらは、ルティス帝国の若者達に共産主義思想が広まる前から、革命を待ち望んでいた。
ごく少数の、本物の革命闘士達だ。
今『ルティス帝国を考える会』に残って、俺を質問攻めにし、献金まで握らせてきたメンバー達もそうだ。
未だに熱が冷めないか、あるいは熱が冷めていく仲間達を見て、それに反発するように。
自分は、あの意志薄弱な奴らとは違う、と意地になっているのか。
もうここまで熱心に入り浸っているのだから、今更引き返せないというコンコルド効果なのか。
『ルティス帝国を考える会』に残っているコミュニスト共は、今や奴らだけなのだ。
他のメンバーは、熱が冷めて、会から出ていってしまった。
退会届を出したと言うより、何だかんだ言い訳をして、幽霊部員ならぬ幽霊会員になっている、と言ったところか。
退会届を出したら、エリミア会長と『ルティス帝国を考える会』に、角が立つからな。
皆何だかんだ言い訳をして、会から離れていっている。
エリミア会長は、それを危惧しているのだ。
そして、今一度会のメンバーを結束させなければならない、と焦っている。
その為に、ルティス帝国のコミュニズム集団の筆頭である、『帝国の光』に声をかけた。
『帝国の光』から党員が来て、直々に激励してくれたとなれば。
心が離れていった会員達も、また『ルティス帝国を考える会』に戻ってくるのではないか。
と、浅はかなことを考えているのだろう。
でも、それなら。
「『帝国の光』は、各地で講演会を開いてますよ。それに参加するのじゃ駄目なんですか?」
一応俺、名目上は、講演会担当だからな。
しかし。
「そうなんだけど…。講演会に誘っても、イマイチ反応が良くないって言うか…」
へぇ。
「あ、ほら…。講演会って、休みの日に行われることが多いでしょ?皆休日は、バイトや課題で忙しいみたいで」
平日でも、講演会は普通にやってるはずだけど?
それはそれで、「平日は授業があるから」とか言って、言い訳するんだろうな。
以前俺達が参加した講演会も、確かに休日だったけど。
皆参加していたじゃないか。あのときには、仮題もバイトもなかったって?
そんな訳じゃないだろ。
単に、優先順位が入れ替わっただけだ。
『帝国の光』の講演会…なんかより、自分の生活の方が大事なんだよ。
折角の休日なんだもんなぁ?
アホのアホな講演会を聞きに行くより、家で女とイチャついたり、男とイチャついたりしてる方が、余程有意義だよ。
俺もそう思う。
成程ね。
ヒイラが、あんなに『光の灯台』の完成を急ぐ訳だよ。
俺が所属する、『帝国の光』の『裏党』は、根っからの革命闘士の集まりだから。
そんなに、意識することはなかったけど。
世間では、もうこんなに、人々の心が離れていってるんだ。
ということは、各地で開催されているという講演会も。
今では、随分参加人数が少なくなってるんだろうな。
実際には、講演会委員なんてやってないので、毎回何人来てるのかは知らないけど。
ヒイラがピリピリしてる訳だな。
どんどん、ルティス帝国全体の、若者達に広がる熱が冷めていっている。
ここで繋ぎ止めておかないと、やがて若者達は、完全に革命精神から離れていってしまう。
今残っているのは、かろうじてまだ革命精神の残滓を残しているものと。
…逆に、人々の心が離れていくにつれ、「自分はあいつらとは違う」と反発し、ますます組織の理念にのめり込んでいく奴らだけ。
今日俺に献金を託した連中もそうだ。
不甲斐ない、生半可な覚悟で『ルティス帝国を考える会』に入った輩とは違う。
自分達は、本気でルティス帝国に革命を望んでいるのだ、という証に。
なけなしの金を、俺に渡してきたのだ。
全く、救い難い奴らだ。
この調子じゃ、各地で集金を募っている派遣員達も、案外暇なのかもな。
ということは、毎日札束ばかり数えているであろうエリアスも。
実は、ルリシヤが同じ仕事をしていたときより、暇してるのかもしれない。
札束より、小銭の枚数数える機会の方が多かったりして。
それはそれで面倒臭いな。
札より、小銭の方が種類多いし。
なんて、エリアスが何をしているかはどうでも良い。
重要なのは、ルティス帝国全体から、革命への意識が薄れていることを実感出来たことだ。
これは…凄く、良いことだね。
「何とか頼めないかな、ルナニア君…」
「…そうですね」
誰が引き受けるか、ばーか。
『ルティス帝国を考える会』なんぞ、そのまま内部崩壊してしまえ。
と、言いたいところだが。
ここは、無難に切り抜けるのが妥当だろう。
「分かりました。そこまでの余裕があるかは、正直微妙なところですが…」
実際、ヒイラに頼んだら、どんな反応をするだろうか。
『ルティス帝国を考える会』に、プチ講演会の為の派遣員を送ってくれ、と頼んだら。
今のあいつじゃ、それどころじゃないと突っぱねそうだが。
奴にまだ理性が残っていたら、『ルティス帝国を考える会』という、ルティス帝国総合大学のエリートが集まるサークルを、邪険に扱ったりはしないだろう。
まぁ、いずれにしても、そんなことは考えても詮無いことだ。
だって俺、エリミアの頼みを聞く気なんて、さらっさらないんだから。
「何とか、頼んでみますね」
「ありがとう…!」
うん、ぬか喜びで悪いな。
「本当に、エリアス君と君は、『ルティス帝国を考える会』の誇りだよ」
「光栄です」
「これからも、暇があればこっちにも顔出してよ。君達が来てくれたら、私達も士気が上がるから」
つまり、俺やエリアスが来なかったら、全然士気はないってことだな?
よし、ますます来るのやめよう。
『ルティス帝国を考える会』も、そろそろ年貢の納め時ということだ。
帰宅後。
俺は、郵便受けに入った封筒やチラシを取って、自分の部屋に入った。
「…」
…空気が違うな。
誰かが、俺のいない間に侵入してきたらしい。
そんなことが分かるのか、って?
分かるもんだよ。自分のいない間に、部屋を荒らされてたら。
厳密には、荒らされている訳ではない。
家探しされてる、と言った方が正しいか?
部屋の中にあるものは、何もかも俺が今朝出ていったときのままだ。
ベッドの上に放っていた、上着の皺までそのまま。
それでも、何人かで部屋の中に入り込んで、あちこち探して回ったであろう…人の気配までは消せない。
家宅捜索なんかしたって、めぼしいものは何も出てこない。
いつ部屋を覗かれても良いように、ちゃんと部屋に置いてあるものは選んでいるからな。
しかし。
家宅捜索が行われたってことは、やはり俺はまだ、ヒイラに信用されていないらしいな。
悲しいことだよ。俺はこんなに、『光の灯台』の研究に「貢献」してあげてるのに。
などと思いながら、俺は何も気づいていない振りをして、部屋に上がり。
役所からの通知…に、見せかけた、ルリシヤからの封筒を開けた。
中に入っているのは、何ということもない、市役所からのお知らせみたいなものだが。
その封筒の中に、こっそりメモが潜ませてあった。
勿論、差出人はルリシヤだ。
「ヒイラはまだ、ルレイア先輩を信用していない。『光の灯台』建設に焦ってるらしい。上手く宥めておいたが、家探しまでは止められなかった。悪い」とのこと。
やっぱり家宅捜索されたんだ。
別にルリシヤが悪い訳じゃないから、謝る必要なんてないのに。
律儀だなぁ。
まぁ、家宅捜索くらい、いくらでもしてくれ。
どうせ、怪しいものは何も出てこないのだから。
俺は、借りてきた音楽療法の本を取り出して、ノートパソコンの前に座った。
多分、家に置いていたこのPCの中身も、調べられてるんだろうな。
別に構わない。これは、この任務に当たって用意したPCだ。
調べたって、重要なものは何も出てこない。
俺の本当のパソコンには、ルルシーのにゅふふな動画や画像がたっぷり詰まっているから、他人に見せるわけにはいかない…。
と言うか、絶対他人には見せたくない。俺だけが独占していたい。
けれども、仕事用のパソコンなら、いくらでも見てくれ。
怪しいものは、何もない。
それどころか、俺が『光の灯台』の完成に向けて、レポートを作成している…つまり、『光の灯台』完成の為に貢献しているということが分かるので。
是非、家宅捜索の際には、パソコンもよく見てくれ。
逆に、俺の信用度が上がるだけだ。
これまでも、こんなこともあろうかと、自分なりに『光の灯台』に関する資料の作成と、独自の見解を示した論文を、このパソコンで作成してきた。
奴らは恐らく、それも見つけたはず。
暇潰しがてら、信用度を上げようと思って取り組んだことだが。
これが、プラスに働いていれば良いのだが。
さて、それはそれ。
さぁ、今日も組織への忠誠を示す為に、レポート作成に取り掛かるかな、と。
パソコンを立ち上げてみたところ。
「…ん?」
何やら、メールが届いていた。
何だ、このメール。
パンドラの箱か何かかと思って、開いてみると。
全然そんなことはなかった。
『帝国の光』からではなく、ルティス帝国総合大学からのメールだ。
何かと思って開いてみると。
それは警告文…ではなく。
最早、判決文だった。
学部の必修科目の担当教授からのメールで、そこには…要約すると、
「お前授業の出席日数足りてないから、今年度は単位を出す訳にはいかない」とのこと。
…俺、留年確定?
おいおいマジかよ。こんなに真面目で賢い、熱心な学生が。
何でこんなことに?
そりゃ確かに、俺全然授業には出てないけれど。
この授業については、最低限単位を取れるよう、ABC三兄弟に代返を頼んでおいたはず。
これはどうしたことか。
俺は、即座にABC三兄弟に、それぞれメールを送った。
レポートを作成していると、三兄弟からそれぞれ返信が来た。
まず、Aから。
『ごめん(>人<)。つい忘れてて…。本当ごめん(_ _;)』とのこと。
謝罪を顔文字で済ませようという、この浅はかな考え。
顔文字はそんなに万能じゃないし、ついでに言うと、
必修科目を落とした人間に、顔文字程度の謝罪で済ませる辺り、こいつは極悪人だ。
必修科目落としたんだぞ。そりゃ代返頼んだ俺も悪いんだろうけど、引き受けたからにはちゃんとやれよ。
顔文字で済ませて良い問題じゃねーだろ。
まぁ、素直に謝ってきたのは認めるが。
こいつとは、もう縁切りだな。
次、Cから来た言い訳メール。
『バイト詰め込み過ぎて、俺も自分の講義に出るのに精一杯で、頭が回らなかったんだ。悪かったよ。
実は俺、『ルティス帝国を考える会』にももうあんまり出てないんだ。結構な額を親に借りちゃったから、そのこともかなり親に責められて…。今はそれ返すのに大変なんだ。頼まれてたのに、本当済まなかったと思ってるよ。
でも代返ってやっぱり悪いことだから、いくら『帝国の光』に入ってても、講義には自分で出た方が良いと思う。』とのこと。
なげーよ馬鹿。
出たよ、この、相手に読ませる気のない長文メール。
言い訳タイム始まりました、って感じだな。
しかも、説教かましてきやがった。
自分がさぁ、悪いことだと知っていながら、「代返引き受けるよ」と言って快く引き受けておきながら。
単位落とすことが確実になった今、やっぱり悪いことだからやめよう、って?
自分勝手過ぎんだろ。
お前、親から金借りて献金に回してたんだっけな。やっとバレたのか。そりゃ怒られるわ。
で、その借金を耳揃えて返す為に、バイト頑張ってます、と。
ご愁傷様だな。
世間では、これを自業自得と言う。
何と言って親から金を借りていたのかは知らないが、その用途が発覚して、両親激怒だったろうなぁ。
とりあえず、約束を破ったことは確かなので、こいつも縁切り。
…で。
時刻は、午前二時過ぎ。
最早深夜、丑三つ時って奴だが。
ん?幽霊が出る時間じゃないか、って?
出てこいよ。相手してやるから。
しかし、この時間になっても。
Bから、返信が来ない。
まさかの、メールスルーかよ。
見なかったことにしやがったぞ、あいつ。
返信を催促しても良いのだが、どうせこいつも、ACと大して変わらない返事しか寄越さないだろう。
サッカーボール追いかけるのに夢中で、とか言うんじゃないの?
まぁどんな言い訳をされても、俺が単位を落としたことに変わりはない。
そして、この時間になっても、メールを返信もせずに見なかった振りをしている時点で。
こいつも、縁切り決定。
さよならABC三兄弟。
最後まで俺、お前らの名前覚えきれなかったよ。
そして。
さよなら俺の必修単位。
ルティス帝国イチの名教師、ちょっと憧れてたのになぁ。
ま、本業はマフィアの幹部だし、どうでもいっか。
それより重要なのは。
『ルティス帝国を考える会』会員達の、革命精神が弱まっているところだ。
元々『ルティス帝国を考える会』は、私立ローゼリア学園大学にあった『赤き星』のような、熱心な共産主義サークルではなかった。
年齢サバ読みおばさんが起こした、例の『天の光教』事件が発端となって、突発的に生まれたサークル。
若者達が、『天の光教』事件によって熱に浮かされ、その勢いのまま発足した、熱々の組織だった。
しかし、熱はいつまでも続かない。
時間がたつに連れて、人々の熱は、心は、冷めていく。
そして、気がつくのだ。
「あれ?俺今、何やってんだっけ?」と。
よくあるだろう?
熱中してるときは、もう右から左から何を言われても、全く気づかないけれど。
ふと後になって振り返ってみると、あのとき何で自分があんなに熱中していたのか、さっぱり分からない、っていうあの現象。
たまにあるよな。
昔のコレクションとか見てたら、そんな気分になる。
時に、それが黒歴史となることもある。
俺にとっても、昔…帝国騎士になる為に、ひたむきに努力していた頃のことを思い出すと。
あんな糞みたいな連中の集団に入る為に、何であんなに頑張ってたんだろう?って。
今では不思議だもんなぁ。
こんなことになるなら、最初っから立派なマフィアになる為に努力しているべきだった。
後悔先に立たずだが。
で、『ルティス帝国を考える会』にも、その現象が起きている。
ABC三兄弟が『考える会』から離れていったのも、そのせい。
エリミア会長は、そのことを非常に危惧している。
今『ルティス帝国を考える会』に残っているのは、元々根っからの共産主義者だった奴らだけだ。
あるいは、まだ完全に熱が冷めていない者。
まぁ、ルーシッドのような、何処にも属さない例外もいるが。
いずれにしても、数が激減しているのは間違いない。
元々『ルティス帝国を考える会』は、『赤き星』や『帝国の光』ほど、共産主義思考が強い集団ではなかったからな。
その名の通り、どうしたらルティス帝国がより良くなるか、について議論するサークルでしかなかった。
その議論が、『天の光教』の一件のせいで、共産主義思想に傾いていただけで。
もとから、コミュニズムを拗らせた連中の集まりって訳じゃなかった。
このまま放置しておけば、『ルティス帝国を考える会』は崩壊する。
エリミア会長は、また『帝国の光』という大きな組織から、直々に激励を得ることで、会員達の心を取り戻そうとしているようだが。
残念ながら、俺は取り次ぐつもりは全くない。
それに、今更『帝国の光』から激励を得たとしても、会員達の心が戻ってくることはないだろう。
会員達の熱は、冷めてしまったのだから。
その熱を再燃させるには、それなりの出来事がなければならない。
それこそ、『天の光教』事件のような。
しかし。
そんな事件が、ポンポンあってたまるか。
『天の光教』事件そのものだって、前代未聞の事態だったんだから。
それに今、そんな事件が起きないよう、帝国騎士団が目を光らせている。
そして、俺達『青薔薇連合会』も。
国防に興味はないが、商売する場所を奪われるのは困るからな。
故に。
「…あんたら、もう詰んでるんだよ」
『赤き星』と同様。
『ルティス帝国を考える会』もまた、ルティス帝国の共産主義の歴史に、ほんの少しの名前を馳せるだけ。
消えていく運命なんだよ、お前達は。
――――――…ルレイア先輩と、ルーシッドとかいう帝国騎士団の隊長が潜入していた、
『ルティス帝国を考える会』が、崩壊に近づいている…のは、とても素晴らしいことなのだが。
俺の個人的な状況としては、あまり良くないというのが現状である。
と、言うのも。
「いくらなんでも遅過ぎる!」
「…」
勤務時間後に、上司に呼び止められ。
上司の叱責…と言うか、愚痴に付き合わされるという、一種のパワハラを受けているからである。
俺と同じく、パワハラを受けているサシャ・バールレン自称博士は。
ヒイラの叱責を受けても、おろおろするばかりで、何も答えられない。
それでも博士か、と言いたいところだが、こいつは自称博士なだけで、中身はただの家出貴族らしいし。
少しでもヒイラの怒りを鎮めて欲しかったが、期待するだけ無駄というものだな。
「開発チームを立ち上げて、もう二ヶ月近くになるのに。まだ出来ないのか!?」
しかし、ヒイラは、サシャの本当の正体を知っているのだろうか。
この自称博士のことだから、『白亜の塔』の開発資料を持ってきたときは、さぞや立派なドヤ顔だったんだろう。
自分のことはどう説明したのか。見栄を張って、「自分はこの研究の第一人者で…」みたいな自己紹介をしたんじゃないか?
ルルシー先輩達が入手した、バールレン家の家柄についての情報は、俺もアイズ先輩経由で聞かされたが。
確かにバールレン家出身である以上、この研究の第一人者であることは、確かなのだろうが。
でも、よく考えてみてくれ。
別に、こいつが開発した訳じゃないし。
かと言って、こいつよりは多少マシな、こいつの兄が開発した訳でもないし。
バールレン家が『白亜の塔』の開発に貢献したのは確かだが、それはサシャ兄弟の功績ではない。
「一体いつまで待たせるんだ!?何の為に危険を冒して、チームを起ち上げたと思ってる!?」
『白亜の塔』が開発され、量産化されてシェルドニア王国に普及したのは、遥か昔のことだ。
当然、サシャ兄弟も生まれていない。
『白亜の塔』開発に携わったのは、サシャ兄弟の先祖だ。
現在のバールレン家は、そのお偉いご先祖様が、『白亜の塔』の開発時に残した開発資料を、大事にお守りしているに過ぎない。
偉かったのはサシャ達のご先祖様であって、別にサシャ兄弟が偉い訳じゃない。
まぁ、サシャ兄…名前はテナイだったか…そのテナイの方は、自分なりに先祖が残した資料を熟読し。
『白亜の塔』の理論について、それなりに理解しているらしいが。
サシャの方は、さっぱり勉強してないそうだからな。
…とはいえ。
バールレン家の先祖も、一人で『白亜の塔』を開発していた訳じゃない。
似たような研究者が何人も集まって、そして長い年月をかけて試行錯誤し、ようやく完成したものだ。
だから。
「一刻も早く完成させてくれ!こんなところでモタモタしていられないんだ!」
ここで大激怒しているヒイラ・ディートハットは、論外ってことだな。
全く、さっきからギャーギャーうるさいと思ったら。
何を喚いてるんだ、このパワハラ上司は。
そしてサシャ・バールレン。
あんたは、おろおろする以外に、何もすることはないのか。
仮にも博士を名乗るなら、何とか言い返したらどうだ。
お前博士だろ。
おろおろするだけなら、幼稚園児にも出来るぞ。
そして、それ以上に。
ヒイラ・ディートハット。
お前はお前で、さっきから何を喚いてるんだ。
俺の仮面の情報によれば、ヒイラはさっきから、何故『光の灯台』がまだ完成しないのか、について怒っているらしい。
成程なぁ。
自称博士が、これを何とか宥めてくれたら良いのだが。
「…」
自称博士は、相変わらず困った顔で、おろおろするばかり。
何と言って宥めたら良いのか、分からないご様子。
…全く…。
あんたがそんなだから、いつもいつも、俺にお鉢が回ってくるのだ。
いっそ、俺もおろおろして無視してようかな、と思ったが。
ヒイラからの信用を、少しでも失う訳にはいかなかった。
さて、仕方ない。
この夜泣きの激しい坊やに、ガラガラ振ってあやしてあげるとするか。
「落ち着いてくれ、同志ヒイラ」
「落ち着いていられるか!」
逆ギレ。
「何をそんなに怒ってる。何が問題なんだ?」
白々しくも、そう尋ねてみると。
「問題も何も。分かってるのか?開発チームを結成してから、もう二ヶ月もたってるんだぞ?」
「あぁ」
正しくは、二ヶ月に達するまでにはあと10日ほど必要だが。
まぁ、約二ヶ月だな。
「それなのに、まだ『光の灯台』が完成しないのは、どういうことなんだ?」
「どういうこと…と言ってもな。開発チームを起ち上げたからって、すぐに開発出来るなら、世の中の研究者は頭を悩ませてはいないぞ」
俺がそう答えると、ヒイラはやや頭が冷えたようだが。
それでも、不機嫌な顔は変わらない。
「…すぐじゃない。もう二ヶ月もたってる」
「まだ二ヶ月だ。そう簡単に出来るものなら、チームのメンバー達も苦労していない」
「何故そんなに時間がかかるんだ?サシャ博士が、開発資料を持っているはずだろう。その通りに造るだけなのに、何が足りないんだ?」
おい、言われてるぞ自称博士。
「同志ヒイラ。サシャ博士の開発資料は、設計図じゃないんだ。資料というのは、あくまで『光の灯台』を完成させる為のヒントに過ぎない」
「…」
書付け通りに造れば、それで完成という訳にはいかない。
開発資料というのは、『白亜の塔』を建設する為に使われた、参考文献みたいなものだ。
既に製造法が確立された、設計図ではない。
…多分バールレン家には、『白亜の塔』の本物の設計図もあるんだろうな。
自称博士がそれを持ってこなくて、本当に良かった。
無知は罪と言うが、この場合あんたの無知は、良い方に転がったようだな。
俺達にとっては、だが。