自分が、いかに無謀な戦いを挑もうとしていたか、その愚かさに。
――――――…さて、こちらは『帝国の光』。
『光の灯台』開発チーム所属のルナニア・ファーシュバルこと、
ルレイア・ティシェリーの一日が、今日もスタートした。
「あぁ、今日も良い朝ですねー」
と、俺は棒読みで言いながら、固いマットレスの上に起き上がった。
良い朝なんて、最近全然迎えられてないよ。
何せ、こんな狭くて息苦しくて、四六時中監視されまくってて。
エサにする女も連れ込めない上に、大好きなルルシーにも当分会ってない。
俺はもう飢餓状態だよ、飢餓状態。
そろそろ禁断症状が出て、そこら辺に歩いてる人、全員がルルシーに見えるという幻覚が起きそう。
今だって、寝起きに、そこの壁のシミが「あれ?もしかしてルルシー?」とか一瞬思っちゃったし。
ヤバいよこれもう。精神科案件ですよ。
さて、それはともかく。
「…そろそろ、ルルシー達が帰国してる頃じゃないですか?何か進展あったら教えて下さい」
俺は、盗聴器に向かってそう呟いた。
例によって、この盗聴器は真っ直ぐルリシヤに伝わっているので。
『青薔薇連合会』の方で何か進展があれば、比較的自由の利くルリシヤが、メモにして返事をくれることだろう。
で、俺はと言うと。
『光の灯台』開発チームに入ったものの、未だに四六時中、監視監視監視で、ちっとも安らげない。
何ならここの住人、俺が昨日食べた夕食の内容まで把握しているのでは?
絶対そうだよ。全く気持ち悪い。
さっさとこんな気持ち悪い場所からは、おさらばしたいものだ。
などと思いながら、身支度をして部屋を出る。
少なくとも、外に監視カメラはつけられないという点で。
家の中にいるより、外にいる方がよっぽど気持ち的に楽だよな。
とは言っても、このアパートの敷地内は、まだまだ油断ならないが。
今頃、外出している俺の姿を、住人の誰かが窓からじっと眺めていることだろう。
見んな。
俺は、さり気なく郵便受けを確認する振りをして、中にあった小さな紙片をそっと手のひらの中に握り締めた。
早速、ルリシヤからのお返事が来ている。
さすが、仕事の早い御方だ。
しかしメモの返事を見るのは、この敷地内を出てからでないと。
アパートの敷地内から出て、俺は手のひらの中のメモを見た。
『無事帰国したそうだ。全てアイズ先輩の計画通り(^_-)-☆』
だ、そうである。
素晴らしい。
俺がルルシーとランデブー出来る日は近いな。
短いメモだが、俺のやるべきことも記されている。
アイズ先輩の計画通り、というこの一文。
つまり、俺はこのまま、アイズの立てた計画通りに行動すれば良いという訳だ。
計画に変更はなし。
それじゃ、今日も頑張って、『光の灯台』(笑)を造りますかねー。
と、思っていると。
「おーい!ルナニア」
「ん?」
『帝国の光』本部へと「出勤」する俺の後ろから、俺を呼び止める声が聞こえた。
振り返ると、エリアスが走ってきていた。
あぁ、そういやお前、今俺と同じ監視付きアパートに住んでるんだっけ。
俺の監視が解かれてないってことは、こいつの監視もまだ解かれていないのだろうが…。
この呑気な表情を見たところ、エリアスは自分がアパートの中で監視されていることに、まだ気づいていないのだろうな。
頭の中お花畑で、羨ましい限りだよ。
と、皮肉の一つでも言いたくなったが。
しかし、俺は現在ルナニア・ファーシュバルなので。
本音を口にする訳にもいかない。
あくまでも、にこやかに対応しなければ。
「おはようございます、エリアス…。じゃなくて、同志エリアス」
「あぁ、良いよ良いよ。『帝国の光』の中ではともかく、普段のときは普通に呼び合おう。俺達は同志である前に、友達なんだから」
友達(笑)。
まぁ、思い込むのは勝手だよな。
「じゃあ、エリアスと呼ばせてください」
「うん、そうしてくれ。俺もルナニアって呼ぶから」
好きにしてくれ。
いずれにしても、偽名なんだからさ。
「ルナニアも、これから『帝国の光』の本部に行くんだろ?」
「そうですよ。エリアスもですか?」
「あぁ。俺もそうなんだ」
そうですか。
「全く、夢みたいだよなぁ」
…?
お前の頭の中が?
「こうして、あの『帝国の光』の一員になれて…しかも、同志ヒイラに信用された、『裏党』の党員になれて」
はぁ。
そんな、目をキラキラさせて言うことか?
「『帝国の光』専用の社宅にまで住まわせてもらえるなんて。こんな名誉、他にないよな」
…。
…ルティス帝国総合大学の学生、っていう肩書の方が、世間的には遥かに立派だと思うけど。
お前とは価値観が合わないな。最初からだけど。
あんな監視付きボロアパートに住まわされて、あれが名誉だって。
「確かに、誇らしいですよね。『裏党』の党員だって、社宅に住まわせてもらえる党員は、ごく少数だそうですし」
「そうだよ。本当に名誉なことだよなぁ」
「…でも、エリアス。ちょっと気になることがあるんですけど」
別に、他意がある訳ではない。
単なる鎌掛けだ。
「気になること?」
「えぇ。何だかあの部屋って…誰かに見られてる気がしません?」
「えっ」
俺が声をひそめて言うと、エリアスは驚いたような顔をした。
「常に何処からか視線を感じると言うか…。特に水場とか…」
別に、水場だけ監視が強い訳じゃない。
ただ、エリアスをビビらせてやろうと思っただけだ。
水場って言うと…アレだろう?
そういうモノが出てくる定番だろ?
「な、何だよ…。まさか事故物件だって言うのか?確かに古い建物だけど…」
「いや、そこまでは言ってませんが…。なんか気持ち悪いときがあって…」
「や、やめろよ…。きっと気のせいだって」
「…そうだと良いんですけど…」
若干、ビビった様子のエリアス。
ふっ、ざまぁ。
お前、『帝国の光』なんていう、怪しげなオカルト集団に入り浸ってる癖に。
幽霊にはビビるのかよ。
『帝国の光』の方が、俺にとってはよっぽど恐ろしいが。
「そ、それよりさ」
エリアスが、強引に話題を変えてきた。
『帝国の光』の『裏党』党員ともあろう者が、幽霊にビビるな。
死神でさえ恐れをなして逃げていく、俺を見習え。
「ルナニアは、『帝国の光』で何やってるんだ?あんまり姿を見掛けないけど」
「…あぁ…」
そうですね。
俺、基本的にずっと地下にいるから、上にいるエリアス達と顔を合わせる機会がない。
でも、まさか「武器庫の奥にある秘密の研究室で、『光の灯台』っていうチートアイテム造ってるんだよねー(笑)」とも言えず。
そんなこと言ったら、ヒイラ大激怒だろうなぁ。
それはそれで面白そうだが、今はまだそのときではない。
ので。
「講演会の企画委員に選ばれたので、各地を転々としてるんですよ」
「へぇ、そうなのか」
勿論嘘だが、これは俺が考えた嘘ではない。
仕事内容について、他の党員に聞かれたときは、そう答えるように、と。
開発チームの全員に、そんな指示が出ている。
無論、ヒイラからの指示だ。
『光の灯台』について、徹底的に秘密にしておきたいらしい。
更に。
「エリアスの方は、何を?」
仕事内容についての話題が出たときは、即座に話題を変える。
これも、ヒイラからの指示だ。
「俺は、ひたすら集金係だよ」
と、苦笑いで答えるエリアス。
お前、まだ札束数えてたのか。
同じルティス帝国総合大学の学生なのに、この差よ。
ルリシヤからの推薦がなかったら、俺も今頃、陰鬱な顔して、一日中札束数えてたんだろうなぁ。
あ、それとも。
「各地を回って、募金を募ってるんですか?」
『ルティス帝国を考える会』にしょっちゅう来ていた、あの派遣員みたいなことをしてるのだろうか。
それならまだ、部屋に引きこもって札束を数えるだけ、という苦行からは開放される。
が。
「いや、俺は本部で数える係」
残念でした。
一日中万札の数ばかり数えていたら、頭おかしくなるだろうなぁ。
まぁ、万札だけじゃなくて、小銭もあるんだろうけど。
それが自分の金なら、夢の札束風呂という妄想に浸れるだろうに。
自分の金じゃない上に、その使い道は粗悪品の武器と、紛い物の研究に注ぎ込まれてるんだからなぁ。
やってられないだろうよ。
「大変ですね」
心から同情するよ。
札束だって、結局、紙切れの束に過ぎない訳だからな。
その紙切れに価値が付与されるから、大事なものになるだけで。
自分が使う訳でもない札束なんて、ただの紙切れだ。
一日中、ただの紙切れの枚数を数える。
想像しただけで嫌になる。
つーか、『光の灯台』を造るほどの技術があるなら、自動で金を勘定出来る機会くらい導入しろよ。
何で、そこだけアナログなんだよ。
さぞやエリアスもうんざりしているだろうと思って、労ってみたが。
しかし、エリアスの頭は、相変わらずお花畑なので。
「そんなことないよ。これもルティス帝国の未来の為に、必要な仕事なんだから」
あ、駄目だ。
完全にこいつ、頭がヒイラ脳に侵されてる。
「それに、お金の管理を任されるなんて、同志ヒイラ総統に信頼されてる証だ。そう思うと、全然大変じゃないよ」
残念でした。
お前、まだ全然信頼されてないよ。
「ルティス帝国の未来の為に、お互い頑張ろうな、ルナニア」
「えぇ。頑張りましょうね」
君の頭が、相変わらずお花畑で。
むしろ、俺は安心したよ。
さて。
エリアスと共に、『帝国の光』本部ビルに到着。
俺達はそこで別れ、エリアスは上に、俺は下に向かった。
いつもの、俺の仕事場。
地下研究室。
「おはようございます」
中に入ると、まるで御神体のように、「それ」が鎮座していた。
言わずもがな、『光の灯台』である。
とはいえ、まだこれは完全な『光の灯台』ではない。
試作一号機のこれはまだ、白く塗られた単なるクズ鉄の塊でしかない。
ルナニア・ファーシュバルの任務は、このクズ鉄を、完全な『光の灯台』にすること。
ルレイア・ティシェリーの任務は、このクズ鉄を、絶対に完成させないこと。
この対立する二つの任務を、同時にこなさなければならないのだから。
案外、札束数えてる方が楽なのかもしれないな。
すると。
「あぁ、君か。おはよう」
「おはようございます、博士」
白いクズ鉄の後ろから、サシャ・バールレン…もとい、
薄ら若ハゲ反抗期家出症候群のなんちゃって博士が、ひょっこりと顔を覗かせた。
全ての元凶なんだってな、お前。
ルルシーに聞いたよ。
ルナニアの任務が終わったら、お前ボコボコにする予定だから、宜しく。
まずは、その脳天に僅かに残った髪を、芝刈り機で焼け野原にするところから始めるとしよう。
今から楽しみだよ。
こんな奴を、博士と呼ばなければならないのが非常に遺憾。
実際、この男は、博士と呼ばれていながら、何もしていないのだ。
何もしていないってどういう意味か、と言うと。
本当に、何もしてない。
やがて、開発チームのメンバーが揃い、今日も少しでも『光の灯台』完成の為に、研究会議を行っているときも。
自称博士は、ただ見ているだけ。
と言うか。
口を挟みたくても、自分はよく分からないから、口を挟めないだけなのかもしれない。
でも博士としての地位は失いたくないから、会議そのものには参加して。
さも、自分も開発チームの一員ですみたいな顔をしている。
横っ面ぶん殴ってやろうか。
しかも、その研究会議だって。
研究会議と言えば聞こえは良いが、その中身はと言うと。
「どうだった?図書館の調査は」
「はい。音楽療法に関する本を、何冊か借りてきました」
「こちらは、世界のハーブに関する事典を探してきました」
ルリシヤの問いかけに、二人のメンバーが、意気揚々と答えた。
もう、この時点で笑止。
だってこいつら、「図書館で本借りてきました(ドヤッ)」だからな?
幼稚園児でも出来るわ。
図書館で本を借りるのは良いけど、その本を熟読して、必要な情報をまとめて資料にしてきました、とか。
せめて、本の内容を要約してレポートにしてきました、とか。
それくらいの努力を見せろよ。
しかも、ハーブって。
本家のテナイ・バールレンが泣いてるぞ。
ちなみに、「ハーブについて調べたらどうだろう」と提案したのは、他でもない俺だ。
『白亜の塔』とハーブに、何の関係もないことは知っている。
しかし、ハーブって、ハーブティーやアロマオイルに使われているだろう?
ハーブの中には、リラックス効果や催眠効果があるとされているものもある。
それを、『光の灯台』で再現出来ないか、という試みである。
提案したのは自分だが、内心大爆笑過ぎて腹わたが捩れそう。
んな訳ねーだろ、と。
音楽療法についてもそう。
世の中にそういう治療法が存在しており、一定の効果があることは認めるが。
それに、音楽による洗脳については、『ホワイト・ドリーム号』で体験させられたが。
あれは、あくまで『白亜の塔』の補助的機能しかなかった。
つまり、洗脳ミュージックだけで、完全に人を洗脳することは不可能という訳だ。
実際俺も、あの洗脳ミュージックは、聴かされても「なんか変な音楽だなぁ」程度の効果しかなかった。
あれにプラスして『白亜の塔』が働いていたから、気持ち悪くなっただけで。
あの音楽そのものに、人を洗脳する効果はない。
その効果を、『光の灯台』に…『白亜の塔』に応用するなど、検討違いも甚だしい。
アプローチとしては悪くないのかもしれないが、『白亜の塔』のからくりを知っている俺達としては、失笑モノである。
ハーブだの音楽だの、しかもそれについての本を借りてきた…程度で喜んでいる俺達では。
『白亜の塔』の再現、『光の灯台』の完成など、夢のまた夢だ。