The previous night of the world revolution6~T.D.~














自分が、いかに無謀な戦いを挑もうとしていたか、その愚かさに。










――――――…さて、こちらは『帝国の光』。

『光の灯台』開発チーム所属のルナニア・ファーシュバルこと、

ルレイア・ティシェリーの一日が、今日もスタートした。






「あぁ、今日も良い朝ですねー」

と、俺は棒読みで言いながら、固いマットレスの上に起き上がった。

良い朝なんて、最近全然迎えられてないよ。

何せ、こんな狭くて息苦しくて、四六時中監視されまくってて。

エサにする女も連れ込めない上に、大好きなルルシーにも当分会ってない。

俺はもう飢餓状態だよ、飢餓状態。

そろそろ禁断症状が出て、そこら辺に歩いてる人、全員がルルシーに見えるという幻覚が起きそう。

今だって、寝起きに、そこの壁のシミが「あれ?もしかしてルルシー?」とか一瞬思っちゃったし。

ヤバいよこれもう。精神科案件ですよ。

さて、それはともかく。

「…そろそろ、ルルシー達が帰国してる頃じゃないですか?何か進展あったら教えて下さい」

俺は、盗聴器に向かってそう呟いた。

例によって、この盗聴器は真っ直ぐルリシヤに伝わっているので。

『青薔薇連合会』の方で何か進展があれば、比較的自由の利くルリシヤが、メモにして返事をくれることだろう。

で、俺はと言うと。

『光の灯台』開発チームに入ったものの、未だに四六時中、監視監視監視で、ちっとも安らげない。

何ならここの住人、俺が昨日食べた夕食の内容まで把握しているのでは?

絶対そうだよ。全く気持ち悪い。

さっさとこんな気持ち悪い場所からは、おさらばしたいものだ。
などと思いながら、身支度をして部屋を出る。

少なくとも、外に監視カメラはつけられないという点で。

家の中にいるより、外にいる方がよっぽど気持ち的に楽だよな。

とは言っても、このアパートの敷地内は、まだまだ油断ならないが。

今頃、外出している俺の姿を、住人の誰かが窓からじっと眺めていることだろう。

見んな。

俺は、さり気なく郵便受けを確認する振りをして、中にあった小さな紙片をそっと手のひらの中に握り締めた。

早速、ルリシヤからのお返事が来ている。

さすが、仕事の早い御方だ。

しかしメモの返事を見るのは、この敷地内を出てからでないと。

アパートの敷地内から出て、俺は手のひらの中のメモを見た。

『無事帰国したそうだ。全てアイズ先輩の計画通り(^_-)-☆』

だ、そうである。

素晴らしい。

俺がルルシーとランデブー出来る日は近いな。

短いメモだが、俺のやるべきことも記されている。

アイズ先輩の計画通り、というこの一文。

つまり、俺はこのまま、アイズの立てた計画通りに行動すれば良いという訳だ。

計画に変更はなし。

それじゃ、今日も頑張って、『光の灯台』(笑)を造りますかねー。

と、思っていると。

「おーい!ルナニア」

「ん?」

『帝国の光』本部へと「出勤」する俺の後ろから、俺を呼び止める声が聞こえた。

振り返ると、エリアスが走ってきていた。

あぁ、そういやお前、今俺と同じ監視付きアパートに住んでるんだっけ。

俺の監視が解かれてないってことは、こいつの監視もまだ解かれていないのだろうが…。

この呑気な表情を見たところ、エリアスは自分がアパートの中で監視されていることに、まだ気づいていないのだろうな。

頭の中お花畑で、羨ましい限りだよ。

と、皮肉の一つでも言いたくなったが。

しかし、俺は現在ルナニア・ファーシュバルなので。

本音を口にする訳にもいかない。

あくまでも、にこやかに対応しなければ。
「おはようございます、エリアス…。じゃなくて、同志エリアス」

「あぁ、良いよ良いよ。『帝国の光』の中ではともかく、普段のときは普通に呼び合おう。俺達は同志である前に、友達なんだから」

友達(笑)。

まぁ、思い込むのは勝手だよな。

「じゃあ、エリアスと呼ばせてください」

「うん、そうしてくれ。俺もルナニアって呼ぶから」

好きにしてくれ。

いずれにしても、偽名なんだからさ。

「ルナニアも、これから『帝国の光』の本部に行くんだろ?」

「そうですよ。エリアスもですか?」

「あぁ。俺もそうなんだ」

そうですか。

「全く、夢みたいだよなぁ」

…?

お前の頭の中が?

「こうして、あの『帝国の光』の一員になれて…しかも、同志ヒイラに信用された、『裏党』の党員になれて」

はぁ。

そんな、目をキラキラさせて言うことか?

「『帝国の光』専用の社宅にまで住まわせてもらえるなんて。こんな名誉、他にないよな」

…。

…ルティス帝国総合大学の学生、っていう肩書の方が、世間的には遥かに立派だと思うけど。

お前とは価値観が合わないな。最初からだけど。

あんな監視付きボロアパートに住まわされて、あれが名誉だって。

「確かに、誇らしいですよね。『裏党』の党員だって、社宅に住まわせてもらえる党員は、ごく少数だそうですし」

「そうだよ。本当に名誉なことだよなぁ」

「…でも、エリアス。ちょっと気になることがあるんですけど」

別に、他意がある訳ではない。

単なる鎌掛けだ。

「気になること?」

「えぇ。何だかあの部屋って…誰かに見られてる気がしません?」

「えっ」

俺が声をひそめて言うと、エリアスは驚いたような顔をした。
「常に何処からか視線を感じると言うか…。特に水場とか…」

別に、水場だけ監視が強い訳じゃない。

ただ、エリアスをビビらせてやろうと思っただけだ。

水場って言うと…アレだろう?

そういうモノが出てくる定番だろ?

「な、何だよ…。まさか事故物件だって言うのか?確かに古い建物だけど…」

「いや、そこまでは言ってませんが…。なんか気持ち悪いときがあって…」

「や、やめろよ…。きっと気のせいだって」

「…そうだと良いんですけど…」

若干、ビビった様子のエリアス。

ふっ、ざまぁ。

お前、『帝国の光』なんていう、怪しげなオカルト集団に入り浸ってる癖に。

幽霊にはビビるのかよ。

『帝国の光』の方が、俺にとってはよっぽど恐ろしいが。

「そ、それよりさ」

エリアスが、強引に話題を変えてきた。

『帝国の光』の『裏党』党員ともあろう者が、幽霊にビビるな。

死神でさえ恐れをなして逃げていく、俺を見習え。

「ルナニアは、『帝国の光』で何やってるんだ?あんまり姿を見掛けないけど」

「…あぁ…」

そうですね。

俺、基本的にずっと地下にいるから、上にいるエリアス達と顔を合わせる機会がない。

でも、まさか「武器庫の奥にある秘密の研究室で、『光の灯台』っていうチートアイテム造ってるんだよねー(笑)」とも言えず。

そんなこと言ったら、ヒイラ大激怒だろうなぁ。

それはそれで面白そうだが、今はまだそのときではない。

ので。
「講演会の企画委員に選ばれたので、各地を転々としてるんですよ」

「へぇ、そうなのか」

勿論嘘だが、これは俺が考えた嘘ではない。

仕事内容について、他の党員に聞かれたときは、そう答えるように、と。

開発チームの全員に、そんな指示が出ている。

無論、ヒイラからの指示だ。

『光の灯台』について、徹底的に秘密にしておきたいらしい。

更に。

「エリアスの方は、何を?」

仕事内容についての話題が出たときは、即座に話題を変える。

これも、ヒイラからの指示だ。

「俺は、ひたすら集金係だよ」

と、苦笑いで答えるエリアス。

お前、まだ札束数えてたのか。

同じルティス帝国総合大学の学生なのに、この差よ。

ルリシヤからの推薦がなかったら、俺も今頃、陰鬱な顔して、一日中札束数えてたんだろうなぁ。

あ、それとも。

「各地を回って、募金を募ってるんですか?」

『ルティス帝国を考える会』にしょっちゅう来ていた、あの派遣員みたいなことをしてるのだろうか。

それならまだ、部屋に引きこもって札束を数えるだけ、という苦行からは開放される。

が。

「いや、俺は本部で数える係」

残念でした。

一日中万札の数ばかり数えていたら、頭おかしくなるだろうなぁ。

まぁ、万札だけじゃなくて、小銭もあるんだろうけど。

それが自分の金なら、夢の札束風呂という妄想に浸れるだろうに。

自分の金じゃない上に、その使い道は粗悪品の武器と、紛い物の研究に注ぎ込まれてるんだからなぁ。

やってられないだろうよ。

「大変ですね」

心から同情するよ。

札束だって、結局、紙切れの束に過ぎない訳だからな。

その紙切れに価値が付与されるから、大事なものになるだけで。

自分が使う訳でもない札束なんて、ただの紙切れだ。

一日中、ただの紙切れの枚数を数える。

想像しただけで嫌になる。

つーか、『光の灯台』を造るほどの技術があるなら、自動で金を勘定出来る機会くらい導入しろよ。

何で、そこだけアナログなんだよ。

さぞやエリアスもうんざりしているだろうと思って、労ってみたが。

しかし、エリアスの頭は、相変わらずお花畑なので。

「そんなことないよ。これもルティス帝国の未来の為に、必要な仕事なんだから」

あ、駄目だ。

完全にこいつ、頭がヒイラ脳に侵されてる。

「それに、お金の管理を任されるなんて、同志ヒイラ総統に信頼されてる証だ。そう思うと、全然大変じゃないよ」

残念でした。

お前、まだ全然信頼されてないよ。

「ルティス帝国の未来の為に、お互い頑張ろうな、ルナニア」

「えぇ。頑張りましょうね」

君の頭が、相変わらずお花畑で。

むしろ、俺は安心したよ。
さて。

エリアスと共に、『帝国の光』本部ビルに到着。

俺達はそこで別れ、エリアスは上に、俺は下に向かった。

いつもの、俺の仕事場。

地下研究室。

「おはようございます」

中に入ると、まるで御神体のように、「それ」が鎮座していた。

言わずもがな、『光の灯台』である。

とはいえ、まだこれは完全な『光の灯台』ではない。

試作一号機のこれはまだ、白く塗られた単なるクズ鉄の塊でしかない。

ルナニア・ファーシュバルの任務は、このクズ鉄を、完全な『光の灯台』にすること。

ルレイア・ティシェリーの任務は、このクズ鉄を、絶対に完成させないこと。

この対立する二つの任務を、同時にこなさなければならないのだから。

案外、札束数えてる方が楽なのかもしれないな。

すると。

「あぁ、君か。おはよう」

「おはようございます、博士」

白いクズ鉄の後ろから、サシャ・バールレン…もとい、

薄ら若ハゲ反抗期家出症候群のなんちゃって博士が、ひょっこりと顔を覗かせた。

全ての元凶なんだってな、お前。

ルルシーに聞いたよ。

ルナニアの任務が終わったら、お前ボコボコにする予定だから、宜しく。

まずは、その脳天に僅かに残った髪を、芝刈り機で焼け野原にするところから始めるとしよう。

今から楽しみだよ。

こんな奴を、博士と呼ばなければならないのが非常に遺憾。

実際、この男は、博士と呼ばれていながら、何もしていないのだ。
何もしていないってどういう意味か、と言うと。

本当に、何もしてない。

やがて、開発チームのメンバーが揃い、今日も少しでも『光の灯台』完成の為に、研究会議を行っているときも。

自称博士は、ただ見ているだけ。

と言うか。

口を挟みたくても、自分はよく分からないから、口を挟めないだけなのかもしれない。

でも博士としての地位は失いたくないから、会議そのものには参加して。

さも、自分も開発チームの一員ですみたいな顔をしている。

横っ面ぶん殴ってやろうか。

しかも、その研究会議だって。

研究会議と言えば聞こえは良いが、その中身はと言うと。

「どうだった?図書館の調査は」

「はい。音楽療法に関する本を、何冊か借りてきました」

「こちらは、世界のハーブに関する事典を探してきました」

ルリシヤの問いかけに、二人のメンバーが、意気揚々と答えた。

もう、この時点で笑止。

だってこいつら、「図書館で本借りてきました(ドヤッ)」だからな?

幼稚園児でも出来るわ。

図書館で本を借りるのは良いけど、その本を熟読して、必要な情報をまとめて資料にしてきました、とか。

せめて、本の内容を要約してレポートにしてきました、とか。

それくらいの努力を見せろよ。

しかも、ハーブって。

本家のテナイ・バールレンが泣いてるぞ。

ちなみに、「ハーブについて調べたらどうだろう」と提案したのは、他でもない俺だ。

『白亜の塔』とハーブに、何の関係もないことは知っている。

しかし、ハーブって、ハーブティーやアロマオイルに使われているだろう?

ハーブの中には、リラックス効果や催眠効果があるとされているものもある。

それを、『光の灯台』で再現出来ないか、という試みである。

提案したのは自分だが、内心大爆笑過ぎて腹わたが捩れそう。

んな訳ねーだろ、と。

音楽療法についてもそう。

世の中にそういう治療法が存在しており、一定の効果があることは認めるが。

それに、音楽による洗脳については、『ホワイト・ドリーム号』で体験させられたが。

あれは、あくまで『白亜の塔』の補助的機能しかなかった。

つまり、洗脳ミュージックだけで、完全に人を洗脳することは不可能という訳だ。

実際俺も、あの洗脳ミュージックは、聴かされても「なんか変な音楽だなぁ」程度の効果しかなかった。

あれにプラスして『白亜の塔』が働いていたから、気持ち悪くなっただけで。

あの音楽そのものに、人を洗脳する効果はない。

その効果を、『光の灯台』に…『白亜の塔』に応用するなど、検討違いも甚だしい。

アプローチとしては悪くないのかもしれないが、『白亜の塔』のからくりを知っている俺達としては、失笑モノである。

ハーブだの音楽だの、しかもそれについての本を借りてきた…程度で喜んでいる俺達では。

『白亜の塔』の再現、『光の灯台』の完成など、夢のまた夢だ。