駆けつけた警備兵の数は、およそ20人ほど。
ルレイアなら、一刈りで一掃出来る数だな。
そして俺は、いつもそんなルレイアの横について、一緒に戦ってきたのだ。
今更、数の暴力にはビビらない。
ましてや、こんなへっぴり腰集団など、何人集まろうと数のうちに入らない。
俺は、最大限の殺気を放った。
恐らく、彼らが初めて経験するであろう、
本物の、マフィアの殺気だ。
「…来いよ」
敢えて、シェルドニア語でそう言った。
どれだけ国が違っていようと、これが何を意味するのかは分かるな?
別に、挑発したつもりはない。
こんな烏合の衆、怖くもなんともない。
束になってかかってこられようと、まとめて返り討ちにしてくれる。
しかし。
「ひっ…」
「う、うぅ…」
情けないことに。
シェルドニア兵は、立派な小銃やショットガンを持って、俺より20倍も数の優位を取っていながら。
俺に挑んで、前に出る者は一人もいなかった。
それどころか、俺の殺気に怯えて、後退りする始末。
20人全員が、「誰か先に行ってくれ」と無言で言い合っている。
…アシミムよ。
お前の軍隊は、全く軍隊として機能してないな。
気の毒になってくるが、しかし、これがお前の国のやり方なのだから。
同情する必要はない。
俺は、手前にいた、震える手で拳銃を握っている若い男性兵士に、拳銃を向けた。
「ひ、ひっ!」
銃口を向けられ、彼は反射的に拳銃を向けてきたが。
あんなへっぴり腰じゃ、当たるものも当たらない。
そんなことより。
「アシミム女王と、ルシード・キルシュテンをここに呼べ。『青薔薇連合会』の幹部が来たと伝えろ」
俺は、彼らにも分かるよう、シェルドニア語で伝えた。
「え、え…?」
「…もう一度言わせる気か?」
「ひっ…」
呆ける兵士に向かって、再び殺気を浴びせてやると。
彼は怯えた表情のまま、伝言を伝えに踵を返した。
…本当に、実戦慣れしてないにも程があるな。
突然侵入してきた、得体の知れない敵に、自分達の国王を連れてこいと命じられ。
素直に、それに従おうとするなど。
そこは普通、「武器を捨てて投降しろ」と、逆に脅しをかけるところだろうに。
まぁ良い。
「来客」が俺達であることを知れば、奴らは俺達を無視出来ないのだから。
拳銃を向けて、怯え顔の兵士と、しばらく睨み合っていると。
『…ルル公。狙撃ポイントに着いた』
インカムから、アリューシャの声がした。
…よし。こちらの準備は整ったな。
『取り囲まれてんね、ルル公。何人か威嚇射撃でもしようか?』
「いや、そのまま待機だ。狙撃のタイミングは、俺が指示する」
俺は、ルティス語で答えた。
こうしてルティス語で話せば、シェルドニア人の兵士達には、俺が何を言ってるのか分かるまい。
ともかく、「真打ち」達が…ルシードとアシミムが来ない限りは、俺達も動かない。
向こうがアシミムを出し渋るのなら、威嚇も視野に入れるが。
『それは良いけどよ。ルル公が危ねーと思ったら、その前にアリューシャが撃つぞ』
「分かった。そうしてくれ」
『で、こんなルレ公じみた特攻やって、ルシード…ルシ公とアシ公は、本当に来るの?』
お前は、誰にでもその呼び方をしなきゃ気が済まないんだな。
まぁ、ルレイアなんて、もっと酷い呼び方してるから(ゲロ顔縦ロールお嬢様(笑)とか)。
それに比べれば、アリューシャは可愛いもんだ。
「来るよ」
『ふーん…。何で?』
「こう脅せば、奴らは俺達を無視出来ない…って、お前の大好きなアイズが言ってたからだ」
『成程。説得力あるわ〜』
アイズが言うんだから、間違いはないな。
俺は、ここで待っていれば良い。
そして。
「お前達、下がっていろ」
「る、ルシード隊長!」
シェルドニア兵士達の後ろから。
ひときわ背の高い、長い髪を後ろで一つに束ねた青年が現れた。
彼を見て、兵士達は救世主がやって来たと言わんばかりの表情。
それもそのはず。
華弦という、大事な戦力がいなくなった以上。
恐らくこの王宮で、最も実力を持った「戦士」は、この男を除いて他にいない。
「…久し振りだな。ルシード・キルシュテン」
「…ルルシー・エンタルーシアか」
アシミムの懐刀であり、俺達の仇敵でもある男。
ルシードが、この場にやって来た。
な?アイズの言った通りだったろう?
名前を覚えてもらえていて、光栄だが。
そんなことより。
「アシミムはどうした?一緒に連れてこいと伝えたはずだが」
俺は、ルティス語でそう言った。
雑兵には通じないが、ルシードやアシミムには、ルティス語が通用する。
生憎俺も、全部シェルドニア語で喋れるほど、言語が堪能じゃないからな。
ルティス語が通じるなら、そちらで会話させてもらうぞ。
すると。
「主は来ない。貴殿らの来訪は聞いていない。訪客の目的も知らないまま、主に会わせる訳にはいかない」
ルシードの方も、ルティス語で返してきた。
多少訛りはあるが、充分聞き取れる範疇だ。
そして、さすがはルシード。
あの悪夢のような『ホワイト・ドリーム号』で、俺達を陥れただけのことはある。
そこらの雑兵とは、訳が違う。
恐怖に目が眩んで、守るべき主を、敵の矢面に出すことはしない。
当たり前だが。
「貴殿らの目的が分からないことには、主に会わせる訳にはいかない」
ほう。
「…そんなことが言える立場だと思ってるのか?」
俺はルシードの方を向いたまま、拳銃を握った片手を後ろに向けた。
そこには、異国語で話す俺達を、怯えた様子で見守っているシェルドニア兵がいる。
拳銃を向けられた彼らが、息を呑む声が聞こえた。
人質にしては弱いが、脅しにはなる。
「お前達の、この国の秘密を。先王暗殺事件の真相を。黙ってやってるのは誰だと思ってる?それとも…ルレイアじゃないから、大丈夫だと思ってるのか?」
攻めてきたのがルレイアじゃないから。
ルレイアじゃないなら大丈夫、とでも思ったか?
話が通じるとでも思ったか?
冗談じゃない。
確かに俺は、ルレイアのような鬼神でもないし、死神でもないし、暴走機関車でもないが。
そのルレイアを守る為なら、何にだってなるぞ。
すると。
「勘違いするな。我々は、貴殿らと敵対するつもりはない」
「なら、アシミムをここに連れてこい」
「来訪の目的を聞かせてもらえないことには、主を出す訳にはいかない。今ここで、用件を話してくれ」
「…」
譲るつもりはない、ということか。
…良いだろう。
『…ルル公。撃つ?』
インカムから、アリューシャの声が聞こえた。
あくまでルシードは、俺達の目的を知るまでは、アシミムを出さないと言う。
現状では、交渉決裂だ。
ならば武力行使あるまで、とアリューシャは判断したのだろう…が。
こちらにスナイパーがいることは、ギリギリまで伏せておきたい。
今アリューシャが撃てば、ルシードは即座に狙撃手の居場所を探り、アリューシャを追うだろう。
だから、アリューシャの存在は、アシミムが出てくるまで伏せておく必要がある。
俺はアリューシャの提案を、無言を貫くことで否定した。
ルティス語で答えてやりたいところだが、ルシードはルティス語が分かるからな。
インカムで会話をすることは出来ない。
今は、その時じゃない。
…ならば。
「…なら、俺が今から聞くことを、お前が知っている限り、嘘偽りなく全て話せ。回答を拒否することは許さない」
どうしても、アシミムを出したくないと言うなら。
まずは手始めに、お前から尋問だ。
「…分かった」
ルシードも、その条件を呑んだ。
いずれにしても、ルシードにも聞くつもりだったのだ。
ルシードは、アシミムの腰巾着。アシミムに話を聞くときには、どうせこいつも同席しているだろう。
なら、先にルシードに聞いても問題ない。
「単刀直入に聞く。シェルドニア王国は、ルティス帝国に喧嘩を売るつもりか?」
俺がそう尋ねると、ルシードは眉をひそめた。
「…言っている意味が分からない」
「ルティス帝国に危害を加えるつもりか、と聞いてる」
「…!何故そうなる?」
「それはこっちの台詞だ」
俺とアリューシャが、わざわざ身分を隠してまで、シェルドニア王国にやって来た理由。
アイズレンシアが、「確かめなければならない」と言ったからだ。
シェルドニア王国の女王であるアシミムから、直接。
『帝国の光』が所有する、『白亜の塔』に関する開発資料。
それを持ち出したのは、シェルドニア王国の貴族の端くれだと聞いている。
でも、それっておかしくないか?
シェルドニアにある、『白亜の塔』に関する情報は、シェルドニア国民でさえ知らない極秘の情報。
ましてや、国外に知られるなど、シェルドニア王国としては絶対に避けたいことのはず。
先王暗殺事件の経緯があって、ルティス帝国は、その事実を知っているが。
シェルドニア王国との交友関係維持の為、敢えて諸外国には黙っている。
ルティス帝国でも、その事実は帝国騎士団の隊長達と、俺達『青薔薇連合会』の幹部以上の人間しか知らない。
それほど極秘に守られてきた情報が、何故ヒイラに…ルティス帝国の一般人に過ぎないヒイラに、伝わっている?
そんな秘密兵器の情報を知れば、ヒイラでなくとも、悪用を考えるだろう。
恐らくヒイラが、『帝国の光』という組織を起ち上げたのも、『白亜の塔』に関する開発資料を手に入れたからだ。
サシャ・バールレンという男が、ヒイラにそれを持ってきたから。
博士と呼ばれるあの男が、いつルティス帝国に来たのかは知らないが。
ルチカが『天の光教』でルティス帝国国内を騒がせていた頃には、『光の灯台』なんて言葉は、一つも聞かなかった。
つまり、サシャ・バールレンがやって来たのは、ルチカが逮捕され、『天の光教』が崩壊した後だ。
『天の光教』がなくなり、元信者達が失意に沈んでいるところに。
ここぞとばかりに、サシャ・バールレンが現れた。
シェルドニア王国の秘密、『白亜の塔』に関する開発資料を持って。
それを一般人に与え、『白亜の塔』について研究させ、『白亜の塔』の再現…『光の灯台』…を造らせれば。
ルティス帝国国内が荒れることは、容易に予想出来る。
さて、ここまで聞いて。
もしかして、今ルティス帝国を騒がせているこの事件。
何もかも全て、『白亜の塔』に関する資料を持ち出すことを許した、シェルドニア王国の陰謀なのではないか、と。
疑いをかけるのは、当然の道理ではないか?
それを確かめる為に、俺達はここに来た。
『帝国の光』に関するこの事件、もしかしてシェルドニア王国が、ルティス帝国国内を内乱状態に持ち込む為に。
ルティス帝国を荒れさせる為に、わざと『白亜の塔』に関する情報を、ルティス帝国に流し。
ルティス帝国の国力が弱まったところに、奇襲を掛けてルティス帝国を乗っ取る為に、行ったことではないか?
そんなまさか、と思うことなかれ。
アシミムに、ルティス帝国を攻撃する動機は、充分過ぎるほどにある。
まずルティス帝国は、唯一、シェルドニア王国の『白亜の塔』システムについて知っている国だ。
今のところ、ルティス帝国はこの事実を諸外国に黙っているが。
シェルドニア側からしたら、自国内の極秘情報を、いつ、誰にバラされるか分からない状態なのだ。
だったら、いっそのことルティス帝国を占領し、シェルドニア王国の領土にしてしまえば良い。
そしてルティス帝国にも『白亜の塔』を建て、国民達を黙らせれば良い。
それで、アシミムの頭痛の種は消える。
ついでに、先王暗殺事件の真相も、揉み消すことが出来る訳だからな。
そういう意味では、シェルドニア王国にとって、ルティス帝国は脅威以外の何物でもないのだ。
しかも、先日の『天の光教』事件の際。
ルティス帝国の経済回復の一環として、ルレイアがアシミムに脅しをかけ。
ルティス帝国とシェルドニア王国は、ややシェルドニア側に不利な条件で、貿易を行わされている。
シェルドニアにとっては、面白くない状況だ。
一応、ルティス帝国が経済回復した後、貿易条約の一部を変更し。
一方的に、シェルドニアだけが不利な条件を突きつけられている、という状況は変わったが。
それでも、やはりシェルドニア側が若干不利であることに変わりはなく。
それだって、ルレイアに脅されたことがきっかけなのだから、やはりアシミムにとっては面白くないはず。
国の重大な秘密を握られ、おまけに不利な貿易を強いられている。
ついでに言えば、ルレイア個人にも、充分痛めつけられているからな、あの女王様は。
ルティス帝国に復讐したいと思うのは、当然の心理だ。
あわよくばルティス帝国を支配してしまえば、シェルドニア王国の国力も飛躍的に上がる。
しかし、シェルドニア王国が直接、武力を持ってルティス帝国を攻撃するのは、あまりに分が悪い。
シェルドニアの兵隊はご覧の有様だし。
第一、シェルドニア王国には、表向きにルティス帝国を攻撃する口実がない。
まさか、「『白亜の塔』の秘密を知られているからです」と言える訳もなし。
単に「領土拡大の為です」と言っても、世界各国から非難の的にされるのは分かりきっている。
従って。
アシミムは、故意にルティス帝国の一般市民に『白亜の塔』の情報を流し。
『帝国の光』のような、反政府組織を作らせ。
ルティス帝国を、実質的な内乱状態に陥らせ。
ルティス帝国が弱ったところを、「治安維持の為」だとか何とか口実をつけて、一気に叩く。
そうすれば、シェルドニア王国は、実に「平和的に」ルティス帝国を支配することが出来る、という寸法だ。
有り得ない話ではない。
有り得ない話ではないから、俺達はその真偽を、アシミムに直接確かめに来た。
もし、アイズが懸念したこの可能性が、本当なら。
俺達の敵は、『帝国の光』ではなくなる。
俺達の敵は、いや、ルティス帝国の敵は、シェルドニア王国になる。
果たしてアシミムは、本気でそんな大それた計画を実行に移したのだろうか?
「…ルティス帝国で、何があったのかは知らないが」
ルシードは、静かに答えた。
「シェルドニア王国は、一切関知していない。少なくとも我が主は、ルティス帝国に危害を加えるつもりは一切ない」
俺には、ルレイアみたいな観察眼も、ルリシヤみたいな仮面の勘もないから。
ルシードが真実を語っているのか、定かではないが。
少なくとも俺の目には、ルシードの言葉に偽りはないように見えた。
じゃあ、ルシードは信じよう。
ルシードの言葉は信じよう。
でも。
「それはお前の知っている事実だ。お前の主が何を考えているのかは、お前の知るところじゃないだろう」
「…確かにそうだ。考えたくはないが…俺に明かしていないだけで、主が何かしらの計画を立てている可能性はある」
まぁ、その線は考えにくいがな。
『ホワイト・ドリーム号』の件でも、アシミムは、ルシードを信用し。
ルシードには、計画の全貌を明かしていたのだ。
アシミムにとって、ルシードは唯一と言っていいほどの本物の味方で、腹心だ。
そのアシミムが、ルシードに黙って、こんな大それた計画を実行しているとは、考えにくい。
だが、これはあくまで希望的観測でしかない。
アシミムに直接、真偽を確かめないことには分からない。
「一体、ルティス帝国で何があった?何故、我が主が疑われるようなことになっている?」
「…」
「…こちらの知るところとしては、貴国は今…怪しげな宗教組織による混乱を収め、その後始末に追われている…。ここまでだ」
そうか。よく知ってるな。
実際俺達は今、その厄介な「後始末」に忙しいところなんだよ。
「そこに、我が国が…我が主が関与していると?」
「その可能性がある。ひいては、ルティス帝国に危害を加えようとしている意図があるかもしれない」
「…何故、貴国の諍いに、我が国が関与していることになる?」
「…それは…」
…言いたくはないが。
言わなければならないだろう。
「…『白亜の塔』だ」
「…何?」
「あの忌々しい、お前達の国の大事なお宝が、ルティス帝国に持ち込まれたからだ」
「…!?」
ルシードの、この驚愕の表情。
とても、演技には見えなかった。
「『白亜の塔』が…ルティス帝国に…!?何故、何故そんなことに?一体、何処から漏出したんだ?」
ルシードは、思わずシェルドニア語で呟いていた。
…何処から漏出したのかなんて、そんなの、俺が聞きたい。
…だが。
あのルシードが、ここまで我を忘れて狼狽するということは。
ルシードは、本当に何も知らないんだな。
少なくとも、ルシードは関与していないことが分かった。
「もっと正しく言えば、『白亜の塔』そのものではなく、『白亜の塔』に関する開発資料が持ち込まれた。かなり断片的な資料のようだが、それでも、ルティス帝国に新設された反政府組織が、その資料をもとに、『白亜の塔』を再現した建造物を造ろうと、研究を進めている」
ルティス帝国に新設された反政府組織とは、つまり『帝国の光』のこと。
そして、『白亜の塔』を再現した建造物というのは、『光の灯台』のことだ。
言うまでもないが。
「これはお前達の陰謀か?ルティス帝国国内に混乱を招き、国内を疲弊させる為の策略か?その為に、わざと『白亜の塔』に関する資料を、ルティス帝国に持ってきたのか?」
「まさか…!そんなことは有り得ない!『白亜の塔』に関する情報は、王族を始め、シェルドニア貴族の者しか知らない。ましてや、開発資料など…!国内でも、そんなものに触れられる人物は、数えられるほどしかいないはずだ」
「それは結構なことだな。で、それなら今、ルティス帝国で研究が進められている、あの『白亜の塔』の再現物は何だ?」
「…」
何も言えず、黙り込むルシード。
これで分かっただろう。
「お前がいくら反論しても無駄だ。アシミムを出せ。女王に直接確かめないことには、俺はお前達を信用しない。もしシェルドニア王国が悪意を持って、ルティス帝国に危害を加えるなら…そのときは、容赦しない」
「…分かった」
ルシードは、ようやく頷いた。
「主のもとに案内する。こちらに…」
「いいや、俺は動かない。ここにアシミムを連れてこい」
椅子もお茶も要らない。立ち話で結構だ。
「お前達のことは信用しない。お前達がルレイアに何をしたか、忘れたとは言わせないぞ」
「…」
アシミムが、本当にルティス帝国侵略を目論んでいるのなら。
そのアシミムのもとに招かれるなど、自ら敵の巣に飛び込むようなものだ。
また、あの恐ろしい洗脳装置を…ルレイアに使った、あの忌々しい装置を使われたら。
さすがに、こちらも打つ手がなくなるからな。
あれを使われるのを阻止する為にも、俺はこの場所からは動かない。
それに、俺がここから動いたら、アリューシャも狙撃ポイントを移動しなくてはならなくなる。
是が非でも、俺はアリューシャのスコープ圏内に居なければならないのだ。
だから、動くなら、そちらが動け。
自分達が誠実だと主張するなら、それなりの誠意を見せろ。
「人払いをさせた上で、アシミムをここに連れてこい。俺は武器を離さないし、お前も帯刀したままで構わない」
「…分かった。そちらの要求を呑もう」
それで良い。
どうやらルシードは、自分の主にかかっている嫌疑を解きたくて、必死なようだな。
同感だよ。
俺としても、今から国家間の争いなんて御免だ。
こんな最悪な「海外旅行」は、単なる徒労であったと溜め息をつくくらいで、丁度良いのだ。
…10分ほど、その場で待っていると。
ルシードの指示により、その場に集まっていたシェルドニア兵は、蜘蛛の子を散らしたように立ち去った。
そして。
シェルドニア警備兵と入れ替わるようにして。
豪奢なドレスを纏い、自慢の縦ロールを短く切って。
険しい顔をした女…シェルドニア王国女王、アシミム・ヘールシュミット…が、俺の前に現れた。
「…久し振りだな」
「…えぇ。あなたとは、随分久しいですわね」
お前が、俺達を騙し。
ルレイアを洗脳し、利用し、俺を殺させようとした、
あの時以来だな。
「…っ」
あの地獄のような、『ホワイト・ドリーム号』での記憶が蘇った。
あのときの、ルレイアの苦痛に満ちた顔。
悪夢にうなされ、助けて、と手を伸ばしたときの、ルレイアの姿を。
思い出しただけで、俺は目の前の女を殺したくて堪らない気持ちを、懸命に抑えなければならなかった。
「…俺は今、お前のことを殺したくて仕方ない」
俺は、正直にアシミムにそう言った。
引き金を引くことに、躊躇いはない。
もしお前が、少しでも悪意を持ってルティス帝国を攻撃したのであれば。
最早、俺はお前を生かしておく理由はない。
「精々、言葉は慎重に選ぶんだな」
「…分かっていますわ」
それなら結構。
「…ルシードから、話は聞きましたわ。どうやら我が国は、ルティス帝国から酷く疑われているようですわね」
「…つまり、否定するんだな?自分達はルティス帝国を攻撃するつもりはないと?」
「えぇ。そんなつもりは、毛頭ありませんわ」
アシミムがそう言うと。
俺は、左手をスッ、と上げた。
瞬間。
「っ!!」
一発の弾丸が、アシミムの耳元を掠めた。
アシミムの短い髪の毛が、パラパラと床に落ちた。
言わずもがな、アリューシャの狙撃だ。
ほんの僅か、一センチでも横にズレていれば。
今頃、アシミムの頭から、血飛沫が舞っていたことだろう。
「貴様…!何のつもりだ!?」
危うく主を殺されかけたルシードが、刀を抜いた。
勝手にやってろ。
「今のはわざと外したんだ。保険だよ」
アリューシャが本気で狙ったなら、外す訳がないだろうが。
今のは、威嚇射撃だ。
とはいえ、アリューシャの手元が僅かでも狂っていたら、アシミムはあの世行きだったかもな。
さすが、際どいところを狙えと言ったら、本当にめちゃくちゃ際どいところを、的確に狙いやがる。
こんなスナイパーに睨まれているのだから、迂闊なことは言えないだろうな。
ご愁傷様だ。
「保険だと…?」
「お前が、俺を騙そうと適当なことを言ったら、俺はすぐにお前達を敵とみなす。それを踏まえて話せ」
「…」
ルシードは、歯ぎしりせんばかりに俺を睨みつけた。
今の威嚇射撃で、充分に分かっただろう。
こちらは、今すぐにでもアシミムの命を奪えるんだよ。
何の為に、アリューシャを連れてきたと思ってる。
「もう一度聞いてやる、アシミム・ヘールシュミット。お前は、ルティス帝国に危害を加えるつもりか?」
「…」
アシミムは、耳元に飛んできた弾丸に臆しながらも。
一つ、深く深呼吸した。
実質、頭に銃口突きつけられた状態で。
アシミムは、静かにこう答えた。
「…いいえ。わたくしは、ルティス帝国に危害を加えるつもりなどありませんわ。ましてや支配など、とんでもないことですわ」
…そうか。
命拾いして良かったな。
だが、まだ尋問は終わっていない。
「なら、何故『白亜の塔』の開発資料がルティス帝国に流れてきてる?お前の差し金じゃないのか」
「全く身に覚えのないことですわ。何故『白亜の塔』に関する情報が…しかも開発資料が漏出したなど、にわかには信じ難い話ですもの」
「だが、実際に流れてきてるのは事実だ」
お前が、いくらしらばっくれようとも。
「知らぬ存ぜぬじゃ済まされないことくらい、分かってるよな?仮にも一国の国王なら」
私には身に覚えのないことだから、何も知りません、関係ありません、なんて。
通用すると思ったら、大きな間違いだ。
国の重要機密を、みすみす漏出させた時点で。
あんたにも、それ相応の責任はあるんだよ。
「えぇ、分かっていますわ。ですが…繰り返し申し上げますが、わたくしにはルティス帝国と事を構えるつもりは、毛頭ありませんわ」
「あんたの意志がどうであれ、起こっている事実が問題なんだ」
「そうですわね」
「あんたの差し金じゃないなら、他に『白亜の塔』に関する開発資料を漏出させる可能性のある人物は誰だ?思い当たる人間を言え」
アシミムが犯人じゃないなら、そいつらが容疑者だ。
すると。
「…可能性があるとすれば…『白亜の塔』による洗脳を免れている、一部の特権階級と…そこに仕える元奴隷達でしょうね」
…。
…お前の傍にいるルシードや、昔の華弦のような存在か。
貴族はともかく、その元奴隷達というのが怪しいな。
だが…。
ルリシヤからの情報によると、『白亜の塔』の情報をタレ込んだのは、元奴隷ではなく…。
「それも、『白亜の塔』に関する資料を保管している貴族は、シェルドニア王国でも限られていますわ。『白亜の塔』の真相を知っていても、その開発資料を手にすることが出来るのは、『白亜の塔』建設に関わっている、ごく一部の貴族だけですもの」
「…!」
…その情報は有益だ。
シェルドニア王国の、全ての貴族が容疑者という訳ではないのか。
『白亜の塔』の存在は知っていても、その「造り方」を知っている人物は、限られている。
ルティス帝国で言う、上流貴族みたいなもんか。
ルティス帝国にも貴族はいるが、彼らは下級、中流、上流の三階級に分かれている。
そして、シェルドニアで『白亜の塔』の開発資料を手にすることが出来るのは、僅かな上流貴族のみ…。
「…その貴族の中に、バールレンという名前はないか?」
「!」
アシミムは、驚いたように目を見開いた。
…それは、知っている顔だな。