「まぁ、家族の役に立ちたいという、その気持ちは買いますけどね。しかし、それで計画が頓挫したら、本末転倒というものでは?」
「そ、それは…分かってる…けど」
「全てがアイズ総隊長の計画通りに行けば、間もなく『裏党』には強力な『助っ人』が入ります」
「…!」
…そうだ、「助っ人」。
あの人がいれば…きっと大丈夫。
「彼がいれば、ルリシヤさんと合わせて『裏党』は抑えられる。あとは『表党』です。こちらを僕とシュノさんで抑え、表と裏両方を手玉に取ったとき…」
「そのとき…『帝国の光』は終わる」
「その通り」
そうね。
それが、私達の目指すべき目標。
ルティス帝国の、共産主義思想の巣窟である『帝国の光』を叩けば。
『天の光教』事件以来から続いていた、ルティス帝国内の政戦は収まる。
そして、私達の家族は、また一つに戻れる。
ルーチェスのお嫁さんだって、ルティス帝国に帰ってこられるようになるのだ。
だったら…。
「さぁ、踏ん張りどころですよシュノさん。大人の威厳を見せてください」
「うん、任せて…!」
皆の力が、家族の力が合わさっているんだもの。
どんな困難にだって、立ち向かえる気がする。
――――――…シュノ先輩とルーチェス後輩が、『帝国の光』に潜入する、二週間ほど前のこと。
その頃、『帝国の光』に潜入し、無事ヒイラ・ディートハットの信頼を得た(?)俺は。
ヒイラの側近として、毎日忙しく過ごしていた。
ルレイア先輩は、『帝国の光』が募集する奉仕活動を、タダ働きだと愚痴っていたようだが。
実は、俺も愚痴りたい。
それはもう盛大に愚痴りたい…と言うか。
労基に訴えたい。
というのも、ヒイラの側近になってから。
あまりに、毎日が忙しいからである。
ヒイラの信頼を得て、彼の親衛隊に入りたいと、あれこれ画策して努力してきたが。
今となっては、そんな努力も後悔に変わってしまっている。
各地で行われる講演会の手配に始まり、
下部組織に配る為の、ビラや広報誌作り。
『帝国の光』が密かに買い集めている、闇の武器商人との取引。
と、『帝国の光』の帳簿管理。
そして、何より忙しいのが、『帝国の光』内での党員の管理である。
何せヒイラは、次々と入党してくる若者達の素性を、一人一人ご丁寧に調べ回しているのだ。
ヒイラの側近になって初めて、いかにヒイラが『帝国の光』の党員達を信用していないかが分かった。
これらの重要な役割を、自分の近衛兵にのみやらせて。
自分が信頼していない他の党員に対しては、ただにこにこと愛想良く挨拶を交わす程度で、重要なことは何も任せない。
組織にとって大事なことを任せるのは、いつだって、ヒイラの信用を勝ち得た親衛隊だけだ。
そのせいで、数少ない俺達親衛隊に、面倒事のお鉢が回ってくるんだな。
そりゃあもう、休む暇もないくらい忙しい。
だって、上記の仕事、全部少人数の親衛隊のみでこなさなければならないのだから。
忙しくもなる。
朝から晩まで、晩から朝までだ。
毎日徹夜は当たり前。何なら、例の社宅アパートにも帰れない日がある始末。
土日祝日関係なし。毎日がウィークデイ。
良いところと言えば、社宅が無料なので、家賃がかかからないところ。
衣食住のうち、「住」だけは保証されている。
が、それ以外は、ほぼ全くと言っていいほど保証されていない。
何せ。
マジで、過労死レベルの仕事をさせられているというのに。
実は、『帝国の光』から支給される「給料」は、生活保護受給者の基準以下なのである。
どうだろう。この酷い労働環境。
労基に訴えたら、勝利が約束されるレベル。
過重労働に加えて、もらえる給料は最低賃金以下って。
大昔の奴隷か。俺は。
とは言っても、残念ながら俺が労基に訴えたところで、勝てる見込みは薄い。
え?こんな劣悪な労働環境で、何で勝てないのか、って?
その答えは簡単だ。
何故ならここは、職場ではないからだ。
俺がやっていることは、きちんと最低賃金の保証された、雇用関係を結んだ労働ではない。
俺は今、あくまで『帝国の光』という組織の、ボランティアをしているだけなのだ。
そのボランティアの見返りに、組織から「好意として」謝礼(という名の給料)を受け取っているだけ。
部活の部長をやってるからって、給料もらえたりしないだろう?それと同じ。
だから本当は、俺がどれだけ身を粉にして組織の為に働こうとも。
『帝国の光』は、一銭たりとも出す義務はないのである。
それなのに、好意として、住居を手配し、かつ最低限暮らしていけるだけの立派な「謝礼」を用意しているのだから。
感謝しろよボケ、ってなところだろうな。
いや、もういっそここまで来たら、謝礼のことなど忘れて。
いっそ社畜になったのだと開き直って、無償で働くくらいの気概を見せた方が良いのかもしれない。
実際、他の親衛隊党員は、例え無償でも同じ働きをしただろうから。
彼らはルティス帝国の未来の為に働いているのであって、金儲けがしたい訳じゃない。
金銭目的で、『帝国の光』に入ってきている者はいない。
ここは会社でもなければ、慈善団体でもないのだから。
『帝国の光』は、党員がどれだけ組織の為に尽くそうと、いかなる礼も返す必要はないのだ。
だって、一応組織の顔としては、党員は皆平等だからな。
一般党員は、誰も謝礼なんてもらってないんたから。
親衛隊だけでも、一定額支給してもらっているだけ、感謝しなければならないのだ。
だからって、なぁ?
これだけ組織の為に尽くして、その見返りがこれでは。
とてもじゃないが、共産主義万歳とは思えない。
これが、原理的共産主義の厄介なところだ。
どれだけ組織の為に尽くしても、評価されない。
骨身を惜しまず尽くそうが、言われたことだけ適当に済ませようが、報酬は同じ。
頑張っても報われない。頑張ってない奴と同等の扱いを受ける。
だったら、粉骨砕身して努力するなんて馬鹿馬鹿しい。
初めから努力などせず、適当にやってれば良い。
報酬は一緒なのだから、人間誰しも、それなら楽な方に逃げようとする。
当たり前の心理だ。
で、そんなことを繰り返していくうちに、粉骨砕身していた真面目組が、どんどん適当組に鞍替えしていって。
適当組が増えて、今まで組織の為に創意工夫を繰り返していた、組織にとってなくてはならない真面目組が消滅する。
皆、言われたことだけ適当にやる、適当組になってしまう。
そうしたら、もうおしまいだ。
経営者がいかに創意工夫を促そうと、適当組はそれが評価されないことを知っている。
だから、何を言われても適当にやる。
適当どころか手を抜き始める。
報酬は一緒なのだから、そりゃ楽な方に楽な方に流されるのは当たり前。
最終的には、そのせいで何もかも立ち行かなくなって崩壊。
上の人は上の人で、下の者には平等を言いつけながらも、自分達はやっぱり上の人だからと、下の者から搾取して私腹を肥やす。
こうして上の人と下の人との格差が開き、結局これって不平等じゃない?ってなって…。
やっぱり、最終的には崩壊。
共産主義ってなぁ、思想自体は素晴らしいシステムだし、実現出来たら画期的だとは思う。
実際、村単位の小さなコミュニティでは、それが成功を収めている例もある。
しかし、これが国単位となると、話は変わってくる。
「あいつより、俺の方が優秀なのに」とか。
「周りより良い思いをしたい。ちょっとくらいなら良いだろう」とか。
そういう、人間として当たり前の、利己的な欲望がある限り。
現状、人間に完全な共産主義国家の運営は無理難題だ。
誰だって、他人より良い思いをしたいのは、当たり前なのだから。
今、ヒイラの親衛隊達が、や…っすい月給で馬鹿みたいに働いているのは。
親衛隊達そのものが少数であり。そして確固とした目的があるからだ。
ルティス帝国の未来の為に…とかいう、例のスローガン。
あれを目標に掲げている限り、親衛隊達は、例え無償でも、ヒイラに尽くすだろう。
国家そのものが共産主義化すれば、誰もが親衛隊達のように、真面目に馬車馬のように働くと思ったら。
それは大きな間違いだ。
今一生懸命な親衛隊達だって、いざルティス帝国が本当に共産主義国家になったら(そんなことは有り得ないし、俺達がさせないが)。
目的意識を失った彼らは、段々とやる気をなくし、働いても評価されない現状に嫌気が差してくるはずだ。
俺でさえ、既にやる気をなくしつつあるのに。
ヒイラはそこのところ、どう考えているのだろう?
俺は常々、そんなことを考える。
人間に欲望がある限り、越えられない高い壁を。
ヒイラは、どうやって越えるつもりなのだろうか?
…ヒイラの考えはともかく。
そんな、超ワーカーホリック状態の日々が続くある日。
俺は、ヒイラに呼び止められた。
「あぁ、同志ルニキス。こんなところにいた」
「…同志ヒイラ」
ヒイラの側近。彼の親衛隊として認められたとは言っても。
実はスパイである俺にとっては、彼に会うときは、やはり少し身構えてしまう。
これはもう、癖だな。
スパイなんだから、警戒を怠らないのは当然だが。
それでもこの男は、どうにも俺を不快にさせる。
その根底に何があるのか、上手く言葉に出来ないが…。
「どうかしたか?」
「帳簿、確認しようと思って。どうなってる?」
「こんな感じだ」
俺は、今しがたつけていた帳簿を、ヒイラに差し出した。
するとヒイラは、渋い顔を見せた。
まぁ、そうだろうな。
「相変わらず苦しいな…。こんなものか」
「仕方ない。下部組織から献金を受けているとはいえ、違法に武器を買うには、案外金がかかるからな」
実はこの帳簿、苦しくなるように、俺が小細工していたりもする。
何でも屋と化した俺は、武器の買い付けにも遣わされているので。
値切れそうな武器があっても、敢えて値切らず定価で買ったり。
明らかに欠陥がある武器を見せられても、指摘せずに、アホの振りしてそのまま購入したり。
『帝国の光』の財政を、少しでも圧迫してやろうという魂胆である。
あれだけ『ルティス帝国を考える会』が、決死の思いで万札を注ぎ込んでいるというのに。
こんな使い方をするのは、申し訳ないが。
君達も、怪しげな組織に貢ぐとろくなことにならないと学ぶ、良い機会だ。
人生の授業料だと思って、存分に痛い目を見てくれ。
それと。
「…ずっと気になってたんだが、同志ヒイラ」
「ん?」
「一覧の一番下にある、『革命開発費』っていうのは、何に使ってるんだ?」
ヒイラの親衛隊に入って、帳簿を任されるようになって。
広告費や講演会費や、武器購入費等々、一覧になって数字が並んでいるのを見せられたが。
一番下にある、その「革命開発費」っていうのが、いまいちよく分からない。
最初は、一種の宣伝費みたいなものかと思っていたが…。
それにしては、その項目だけ、異様に数字が大きい。
つまり『帝国の光』は、その「革命開発費」に、膨大な金を注ぎ込んでいるのである。
一体何なんだ、この費用は。
何に、金を使ってる?
ヒイラは、問いかけた俺をじっと見つめていた。
…まだ疑ってるのか?
「教えてくれても良いんじゃないか?俺達は同志だ。お互い、『帝国の光』に身命を捧げた身。隠し事をされると、俺も悲しいぞ」
「…いや、隠し事をするつもりはないんだよ」
どの口で言ってるんだ、お前。
今まで、散々隠し事に隠し事を重ねてきた癖に。
「それに、今日は君に、その話をしようと思って、探してたんだ」
「え?」
「帳簿の管理や武器の買い付けは、同志ルニキスは、もうしてもらわなくて良い」
何だと。
吹っ掛けられた粗悪品を、他人の財布で豪遊するの、
あれ、ちょっと快感だったのに。
それを取り上げられるというのか。ブラック企業『帝国の光』で、唯一と言って良い楽しみだったのに。
しかし、当然俺は、そんな表情はおくびにも出さず。
「そうか。俺は何をしたら良いんだ?」
「見せたいものがあるんだ。ちょっと来てくれないか」
また、そのパターンか。
お前の隠し事ボックスには、いくつ引き出しがあるんだ?
連れて行かれたのは、俺の予想通りの場所だった。
武器を隠してある地下室の、その奥。
この武器庫、まだこの先に空間が続いてるなぁと、常々思っていた。
スパイが好奇心に逸ると、ろくなことにならないので、敢えて無視していた。
ヒイラの信頼を得る為にも、彼が望む以上のことをしない方が良いと思ったのだ。
で、その先を、ようやく今日見せてくれると?
「さぁ、こっちだ」
ヒイラがずんずんと歩いて進んだ先に、鍵のかかった部屋の扉があった。
7つの数字を合わせると開く、ダイヤル錠。
大抵この手のダイヤル錠は、4桁がありがちだ。
4桁のダイヤル錠なんて、鍵を見ると開けたくなるタイプの俺にとっては、朝飯前どころか。
いっそ、寝ながら出来るレベルだが。
アリューシャ先輩に、たかが1メートル前のりんごを狙撃してくれないか、と頼むのと一緒。余裕過ぎて草も生えない。
しかし、7桁とは珍しい。
是非、自分の手で解錠させて欲しい。
多分、5分くれたら開けられる。
うぅ。鍵を見ると開けたくなる性が疼く。
仮面が。俺の仮面が、あの鍵を自分で解錠したいと叫んでいる。
だが、ここで俺の特技を披露しては、ヒイラに疑われるどころの騒ぎじゃ済まないので。
我慢、我慢だルリシヤ・クロータス。
「これからダイヤル錠の数字を教えるから、覚えてもらえるか?」
「分かった」
大丈夫。
覚えなくても、すぐ開けられるから。
まぁ、一応覚えている振りをするか。
「この数字は、この研究室が出来た日付なんだよ」
と、ご丁寧に説明してくれるヒイラ。
日付って。パスワードにしたらいけない番号の筆頭じゃないか。
たまにいるだろ。誕生日をパスワードにする人。
あれな、俺みたいなプロにしてみたら、簡単過ぎて片腹大激痛だから。
俺に秘密を暴かれたくないって人は、今すぐパスワードを変えた方が良い。
それでも開けるけどな。
「さぁ、開いた」
カチリ、と音がして。
ダイヤル錠が開いた。
さて、この先に何が待っているやら。
秘密の武器庫を見せられた今、今更何が出てきても、驚きはしないだろうが…。
…と。
思っていた俺でも、そこにある「モノ」に、思わず絶句してしまった。