The previous night of the world revolution6~T.D.~

「まぁ、家族の役に立ちたいという、その気持ちは買いますけどね。しかし、それで計画が頓挫したら、本末転倒というものでは?」

「そ、それは…分かってる…けど」

「全てがアイズ総隊長の計画通りに行けば、間もなく『裏党』には強力な『助っ人』が入ります」

「…!」

…そうだ、「助っ人」。

あの人がいれば…きっと大丈夫。

「彼がいれば、ルリシヤさんと合わせて『裏党』は抑えられる。あとは『表党』です。こちらを僕とシュノさんで抑え、表と裏両方を手玉に取ったとき…」

「そのとき…『帝国の光』は終わる」

「その通り」

そうね。

それが、私達の目指すべき目標。

ルティス帝国の、共産主義思想の巣窟である『帝国の光』を叩けば。

『天の光教』事件以来から続いていた、ルティス帝国内の政戦は収まる。

そして、私達の家族は、また一つに戻れる。

ルーチェスのお嫁さんだって、ルティス帝国に帰ってこられるようになるのだ。

だったら…。

「さぁ、踏ん張りどころですよシュノさん。大人の威厳を見せてください」

「うん、任せて…!」

皆の力が、家族の力が合わさっているんだもの。

どんな困難にだって、立ち向かえる気がする。
――――――…シュノ先輩とルーチェス後輩が、『帝国の光』に潜入する、二週間ほど前のこと。



その頃、『帝国の光』に潜入し、無事ヒイラ・ディートハットの信頼を得た(?)俺は。

ヒイラの側近として、毎日忙しく過ごしていた。












ルレイア先輩は、『帝国の光』が募集する奉仕活動を、タダ働きだと愚痴っていたようだが。

実は、俺も愚痴りたい。

それはもう盛大に愚痴りたい…と言うか。

労基に訴えたい。

というのも、ヒイラの側近になってから。

あまりに、毎日が忙しいからである。

ヒイラの信頼を得て、彼の親衛隊に入りたいと、あれこれ画策して努力してきたが。

今となっては、そんな努力も後悔に変わってしまっている。

各地で行われる講演会の手配に始まり、

下部組織に配る為の、ビラや広報誌作り。

『帝国の光』が密かに買い集めている、闇の武器商人との取引。

と、『帝国の光』の帳簿管理。

そして、何より忙しいのが、『帝国の光』内での党員の管理である。

何せヒイラは、次々と入党してくる若者達の素性を、一人一人ご丁寧に調べ回しているのだ。

ヒイラの側近になって初めて、いかにヒイラが『帝国の光』の党員達を信用していないかが分かった。

これらの重要な役割を、自分の近衛兵にのみやらせて。

自分が信頼していない他の党員に対しては、ただにこにこと愛想良く挨拶を交わす程度で、重要なことは何も任せない。

組織にとって大事なことを任せるのは、いつだって、ヒイラの信用を勝ち得た親衛隊だけだ。

そのせいで、数少ない俺達親衛隊に、面倒事のお鉢が回ってくるんだな。

そりゃあもう、休む暇もないくらい忙しい。

だって、上記の仕事、全部少人数の親衛隊のみでこなさなければならないのだから。

忙しくもなる。

朝から晩まで、晩から朝までだ。

毎日徹夜は当たり前。何なら、例の社宅アパートにも帰れない日がある始末。

土日祝日関係なし。毎日がウィークデイ。

良いところと言えば、社宅が無料なので、家賃がかかからないところ。

衣食住のうち、「住」だけは保証されている。

が、それ以外は、ほぼ全くと言っていいほど保証されていない。

何せ。

マジで、過労死レベルの仕事をさせられているというのに。

実は、『帝国の光』から支給される「給料」は、生活保護受給者の基準以下なのである。
どうだろう。この酷い労働環境。

労基に訴えたら、勝利が約束されるレベル。

過重労働に加えて、もらえる給料は最低賃金以下って。

大昔の奴隷か。俺は。

とは言っても、残念ながら俺が労基に訴えたところで、勝てる見込みは薄い。

え?こんな劣悪な労働環境で、何で勝てないのか、って?

その答えは簡単だ。

何故ならここは、職場ではないからだ。

俺がやっていることは、きちんと最低賃金の保証された、雇用関係を結んだ労働ではない。

俺は今、あくまで『帝国の光』という組織の、ボランティアをしているだけなのだ。

そのボランティアの見返りに、組織から「好意として」謝礼(という名の給料)を受け取っているだけ。

部活の部長をやってるからって、給料もらえたりしないだろう?それと同じ。

だから本当は、俺がどれだけ身を粉にして組織の為に働こうとも。

『帝国の光』は、一銭たりとも出す義務はないのである。

それなのに、好意として、住居を手配し、かつ最低限暮らしていけるだけの立派な「謝礼」を用意しているのだから。

感謝しろよボケ、ってなところだろうな。

いや、もういっそここまで来たら、謝礼のことなど忘れて。

いっそ社畜になったのだと開き直って、無償で働くくらいの気概を見せた方が良いのかもしれない。

実際、他の親衛隊党員は、例え無償でも同じ働きをしただろうから。

彼らはルティス帝国の未来の為に働いているのであって、金儲けがしたい訳じゃない。

金銭目的で、『帝国の光』に入ってきている者はいない。

ここは会社でもなければ、慈善団体でもないのだから。

『帝国の光』は、党員がどれだけ組織の為に尽くそうと、いかなる礼も返す必要はないのだ。

だって、一応組織の顔としては、党員は皆平等だからな。

一般党員は、誰も謝礼なんてもらってないんたから。

親衛隊だけでも、一定額支給してもらっているだけ、感謝しなければならないのだ。

だからって、なぁ?

これだけ組織の為に尽くして、その見返りがこれでは。

とてもじゃないが、共産主義万歳とは思えない。
これが、原理的共産主義の厄介なところだ。

どれだけ組織の為に尽くしても、評価されない。

骨身を惜しまず尽くそうが、言われたことだけ適当に済ませようが、報酬は同じ。

頑張っても報われない。頑張ってない奴と同等の扱いを受ける。

だったら、粉骨砕身して努力するなんて馬鹿馬鹿しい。

初めから努力などせず、適当にやってれば良い。

報酬は一緒なのだから、人間誰しも、それなら楽な方に逃げようとする。

当たり前の心理だ。

で、そんなことを繰り返していくうちに、粉骨砕身していた真面目組が、どんどん適当組に鞍替えしていって。

適当組が増えて、今まで組織の為に創意工夫を繰り返していた、組織にとってなくてはならない真面目組が消滅する。

皆、言われたことだけ適当にやる、適当組になってしまう。

そうしたら、もうおしまいだ。

経営者がいかに創意工夫を促そうと、適当組はそれが評価されないことを知っている。

だから、何を言われても適当にやる。

適当どころか手を抜き始める。

報酬は一緒なのだから、そりゃ楽な方に楽な方に流されるのは当たり前。

最終的には、そのせいで何もかも立ち行かなくなって崩壊。

上の人は上の人で、下の者には平等を言いつけながらも、自分達はやっぱり上の人だからと、下の者から搾取して私腹を肥やす。

こうして上の人と下の人との格差が開き、結局これって不平等じゃない?ってなって…。

やっぱり、最終的には崩壊。

共産主義ってなぁ、思想自体は素晴らしいシステムだし、実現出来たら画期的だとは思う。

実際、村単位の小さなコミュニティでは、それが成功を収めている例もある。

しかし、これが国単位となると、話は変わってくる。

「あいつより、俺の方が優秀なのに」とか。

「周りより良い思いをしたい。ちょっとくらいなら良いだろう」とか。

そういう、人間として当たり前の、利己的な欲望がある限り。

現状、人間に完全な共産主義国家の運営は無理難題だ。

誰だって、他人より良い思いをしたいのは、当たり前なのだから。

今、ヒイラの親衛隊達が、や…っすい月給で馬鹿みたいに働いているのは。

親衛隊達そのものが少数であり。そして確固とした目的があるからだ。

ルティス帝国の未来の為に…とかいう、例のスローガン。

あれを目標に掲げている限り、親衛隊達は、例え無償でも、ヒイラに尽くすだろう。

国家そのものが共産主義化すれば、誰もが親衛隊達のように、真面目に馬車馬のように働くと思ったら。

それは大きな間違いだ。

今一生懸命な親衛隊達だって、いざルティス帝国が本当に共産主義国家になったら(そんなことは有り得ないし、俺達がさせないが)。

目的意識を失った彼らは、段々とやる気をなくし、働いても評価されない現状に嫌気が差してくるはずだ。

俺でさえ、既にやる気をなくしつつあるのに。

ヒイラはそこのところ、どう考えているのだろう?

俺は常々、そんなことを考える。

人間に欲望がある限り、越えられない高い壁を。

ヒイラは、どうやって越えるつもりなのだろうか?
…ヒイラの考えはともかく。

そんな、超ワーカーホリック状態の日々が続くある日。

俺は、ヒイラに呼び止められた。





「あぁ、同志ルニキス。こんなところにいた」

「…同志ヒイラ」

ヒイラの側近。彼の親衛隊として認められたとは言っても。

実はスパイである俺にとっては、彼に会うときは、やはり少し身構えてしまう。

これはもう、癖だな。
スパイなんだから、警戒を怠らないのは当然だが。

それでもこの男は、どうにも俺を不快にさせる。

その根底に何があるのか、上手く言葉に出来ないが…。

「どうかしたか?」

「帳簿、確認しようと思って。どうなってる?」

「こんな感じだ」

俺は、今しがたつけていた帳簿を、ヒイラに差し出した。

するとヒイラは、渋い顔を見せた。

まぁ、そうだろうな。

「相変わらず苦しいな…。こんなものか」

「仕方ない。下部組織から献金を受けているとはいえ、違法に武器を買うには、案外金がかかるからな」

実はこの帳簿、苦しくなるように、俺が小細工していたりもする。

何でも屋と化した俺は、武器の買い付けにも遣わされているので。

値切れそうな武器があっても、敢えて値切らず定価で買ったり。

明らかに欠陥がある武器を見せられても、指摘せずに、アホの振りしてそのまま購入したり。

『帝国の光』の財政を、少しでも圧迫してやろうという魂胆である。

あれだけ『ルティス帝国を考える会』が、決死の思いで万札を注ぎ込んでいるというのに。

こんな使い方をするのは、申し訳ないが。

君達も、怪しげな組織に貢ぐとろくなことにならないと学ぶ、良い機会だ。

人生の授業料だと思って、存分に痛い目を見てくれ。

それと。

「…ずっと気になってたんだが、同志ヒイラ」

「ん?」

「一覧の一番下にある、『革命開発費』っていうのは、何に使ってるんだ?」

ヒイラの親衛隊に入って、帳簿を任されるようになって。

広告費や講演会費や、武器購入費等々、一覧になって数字が並んでいるのを見せられたが。

一番下にある、その「革命開発費」っていうのが、いまいちよく分からない。

最初は、一種の宣伝費みたいなものかと思っていたが…。

それにしては、その項目だけ、異様に数字が大きい。

つまり『帝国の光』は、その「革命開発費」に、膨大な金を注ぎ込んでいるのである。

一体何なんだ、この費用は。

何に、金を使ってる?

ヒイラは、問いかけた俺をじっと見つめていた。

…まだ疑ってるのか?

「教えてくれても良いんじゃないか?俺達は同志だ。お互い、『帝国の光』に身命を捧げた身。隠し事をされると、俺も悲しいぞ」

「…いや、隠し事をするつもりはないんだよ」

どの口で言ってるんだ、お前。

今まで、散々隠し事に隠し事を重ねてきた癖に。

「それに、今日は君に、その話をしようと思って、探してたんだ」

「え?」

「帳簿の管理や武器の買い付けは、同志ルニキスは、もうしてもらわなくて良い」

何だと。

吹っ掛けられた粗悪品を、他人の財布で豪遊するの、

あれ、ちょっと快感だったのに。

それを取り上げられるというのか。ブラック企業『帝国の光』で、唯一と言って良い楽しみだったのに。

しかし、当然俺は、そんな表情はおくびにも出さず。

「そうか。俺は何をしたら良いんだ?」

「見せたいものがあるんだ。ちょっと来てくれないか」

また、そのパターンか。

お前の隠し事ボックスには、いくつ引き出しがあるんだ?
連れて行かれたのは、俺の予想通りの場所だった。

武器を隠してある地下室の、その奥。

この武器庫、まだこの先に空間が続いてるなぁと、常々思っていた。

スパイが好奇心に逸ると、ろくなことにならないので、敢えて無視していた。

ヒイラの信頼を得る為にも、彼が望む以上のことをしない方が良いと思ったのだ。

で、その先を、ようやく今日見せてくれると?

「さぁ、こっちだ」

ヒイラがずんずんと歩いて進んだ先に、鍵のかかった部屋の扉があった。

7つの数字を合わせると開く、ダイヤル錠。

大抵この手のダイヤル錠は、4桁がありがちだ。

4桁のダイヤル錠なんて、鍵を見ると開けたくなるタイプの俺にとっては、朝飯前どころか。

いっそ、寝ながら出来るレベルだが。

アリューシャ先輩に、たかが1メートル前のりんごを狙撃してくれないか、と頼むのと一緒。余裕過ぎて草も生えない。

しかし、7桁とは珍しい。

是非、自分の手で解錠させて欲しい。

多分、5分くれたら開けられる。

うぅ。鍵を見ると開けたくなる性が疼く。

仮面が。俺の仮面が、あの鍵を自分で解錠したいと叫んでいる。

だが、ここで俺の特技を披露しては、ヒイラに疑われるどころの騒ぎじゃ済まないので。

我慢、我慢だルリシヤ・クロータス。

「これからダイヤル錠の数字を教えるから、覚えてもらえるか?」

「分かった」

大丈夫。

覚えなくても、すぐ開けられるから。

まぁ、一応覚えている振りをするか。

「この数字は、この研究室が出来た日付なんだよ」

と、ご丁寧に説明してくれるヒイラ。

日付って。パスワードにしたらいけない番号の筆頭じゃないか。

たまにいるだろ。誕生日をパスワードにする人。

あれな、俺みたいなプロにしてみたら、簡単過ぎて片腹大激痛だから。

俺に秘密を暴かれたくないって人は、今すぐパスワードを変えた方が良い。

それでも開けるけどな。

「さぁ、開いた」

カチリ、と音がして。

ダイヤル錠が開いた。

さて、この先に何が待っているやら。

秘密の武器庫を見せられた今、今更何が出てきても、驚きはしないだろうが…。







…と。
















思っていた俺でも、そこにある「モノ」に、思わず絶句してしまった。