The previous night of the world revolution6~T.D.~

ルルシー先輩からの情報によると。

シュノ先輩は、学生会に入って『赤き星』と真っ向から立ち向かい。

ルレイア先輩とは、この間、運命的な邂逅を果たした。

着ている服がいつもの死神スタイルではないので、フェロモンの調子はあまり良くないようだったが。

ひとまず、顔を見られて良かった。

と、個人的には喜ばしい邂逅だったし、恐らくルレイア先輩にとっても、思いがけない吉事だったのだろうが。

実は、スパイとしての俺にとっては、あまり良いことではない。

何故なら。

あんな地方の講演会で、受付のボランティア仕事を任されている時点で。

俺は、未だにヒイラ・ディートハットの信頼を得ていないという証だからである。

そして、今も。
「同志、これ、○○大学から集まった融資金です」

「こちらは、☓☓大学から」

「これは△△という共産主義組織からの献金です」

「あぁ、ありがとう」

俺は、いくつもの募金箱に囲まれていた。

この募金箱を集め、中身を開けて集計し。

ヒイラ総統に渡すのが、俺の今の仕事なのである。

どうだ。

なんとも…スパイらしからぬ、つまらない仕事だろう?

そして、中には。

「同志ルニキス」

「何だ?」

「こちらは、ルティス帝国総合大学のサークル、『ルティス帝国を考える会』からの献金です」

「…あぁ」

ルレイア先輩のいる組織だな。

とうとう来たか。

ということは、ルレイア先輩も知ったのだろうな。

『帝国の光』が、提携している様々な組織から、「献金」だの「融資金」だの色々称して。

金を巻き上げて、『帝国の光』に貢がせているという事実を。

…やってること、ほぼマフィアのそれだからな。

こんなところで本職に戻るとは…。分からないものだな、人生って。

だが俺達は、こんな回りくどいやり方はしないぞ。

少なくとも俺達は、この集められた金を。

ヒイラのように、「皆の善意のお金」と称したりはしない。

従属させている組織から、半強制的に金を巻き上げているのだから。

ちゃんとマフィアのように、「みかじめ料」と言えば良いものを。

あくまでこの金は、皆の善意が集まった証なのだそうだ。

何が善意だ。

若者の使命感を刺激して、煽り立て、綺麗な言葉で取り繕って。

結局は、ほとんど強制的に金を出させているに過ぎないというのに。

だから、こんな仕事にはうんざりするのだ。
…しかも。

開けてびっくり、この募金箱。

普通、スーパーやコンビニのレジに置いてある募金箱と言ったら。

中に入っているのは、精々10円玉や100円玉や、まぁ小銭が入っている程度。

たまーに、千円札とか入ってることもあったりして、「世の中には金持ちがいるもんだな」とちょっと嫉妬することもあるが。

…一万円札がぎっしりと詰まってる募金箱って、皆見たことあるか?

俺はある。

今、この瞬間だ。

そもそも募金箱に万札を入れるという、その行為を、まず見たことがある人はどれだけいるのだろう。

コンビニで買い物してるとき、募金箱に万札入ってるのを見たことがある人、いるか?

俺はない。

まぁ、余程大きな災害が起きて、その復興事業の為の募金です!とかいうときなら。

万札が入ってても、おかしくはない。

むしろ、主催者側が敢えて大きな金を入れ、他の人に募金欲を抱かせる高等テクニックを使ってる場合もあるのだろうが。

それにしたって、この募金箱は異常だ。

もう、募金箱の域を越えてる。

現金でやり取りするレベルじゃないぞ。もういっそ、『帝国の光』募金口座を作って、そこに振り込んでもらった方が良いのでは?

俺、募金箱に詰まったナマの万札、一枚ずつ数えさせられてるんだが。

最初の募金箱を開けたときは、何だか左団扇で暮らしてるみたいで、ちょっとした愉悦感があったが。
 
何度も何度も万札を数えていると、段々万札の価値が、そこらの紙くず同然になってくる。

最早苦行でしかない。

これ、人力でやることじゃないだろ。

しかも、万札だけじゃなくて、たまに五千円札とか千円札も混じってるので、間違えそうになる。

ついでに言うと、小銭も少なからず入ってるので、それを数えるのも一苦労。

機械にでもなった気分だ。

おまけに、腹が立つのは。

俺が、こんな毒にも薬にもならない仕事を押し付けられているのは。

ヒイラの信用を受けていないから、という点だ。

俺は、機械になったつもりで紙幣を数えながら。

頭の中では、ヒイラ・ディートハットのことを考えていた。

奴は、『ルティス帝国を考える会』を始め、国内にある共産主義組織に次々に声をかけ、手を組んでいる。

確実に、人員を増やし、自分達の地盤を固めようとしているのだ。

その流れに従い、元々は『表党』に分類された党員も、最近『裏党』に加入することが増えている。

人間の数が集まれば、当然金も集まる。

俺の目の前にある、分厚い札束が何よりの証拠。

そして、集めた人員と資金を、何に使うのか。

ヒイラの目的は、言うまでもなく打倒帝国騎士団、打倒ベルガモット王家だ。

その為に彼は、対話と相互理解によって、国を変えると言った。

だが、俺はその点に疑念を抱いていた。

ルレイア先輩も気づいているとは思うが、俺もとっくに気づいている。

対話と相互理解による政変なんて、そんな悠長なことでは、国は変わらない。

誰もヒイラ達の声に耳を貸さないし、そりゃあ時間をかけて訴え続ければ、いつかは誰かが振り向くかもしれないが。

彼が望むような、今すぐの政変は不可能。

口では悠長なことを言いながら、急速に人員と資金を集め、急速に事を進めようとしている。

言ってることとやってることが、矛盾している。

つまりヒイラは、何かを隠しているのだ。

俺の仮面の勘がそう言ってる。

そして、同じ『裏党』であるはずの俺にも、その秘密を教えてはくれていない。

未だに、あの家具家電監視付きの、素敵なアパートに住まわされている。

こんな、誰にでも出来る、しかし時間だけはたっぷりかかる、憂鬱な仕事を押し付けられている。

俺は未だに、ヒイラの信頼を得ていないのだ。
ヒイラの信用を得て、彼の真意を確かめることが出来れば。

奴の真の目的が何なのか、この集めた人と金を何に使うつもりなのか、教えてもらえるだろう。

しかし俺はまだ、ヒイラの信用を得るに至っていない。

…これでも、奴の要求には全て応え、忠実に『帝国の光』に尽くしているつもりなんだがな。

「バイト先」のホストクラブが怪しまれているのか…。

それとも、単に俺がまだ新参者とみなされているのか…。

いずれにしても、事が大きくなり始めている今、その渦中にいられないのは、スパイとして問題だ。

さて、どうやってヒイラの信用を得たものか…。

紙幣を数えながら、俺は内心溜め息を漏らした。

そのとき。

「…おっ、いたいた、同志ルニキス」

「…!同志ヒイラ…」

件のヒイラ・ディートハットが、姿を現した。

俺の心の中でも覗いていたのか?

「凄いな。集まってるみたいだな」

テーブルの上の札束を見て、ヒイラが言った。

用事があるのは俺か、この札束か。

恐らく後者なのだろう。

「あぁ、もう人の手で数えられる枚数じゃない。口座の開設を強く所望する」

「はは、ごめんごめん。大変な仕事させてごめんな」

言いながら、ヒイラは俺の前に座った。

「でも、大事な仕事なんだよ。こうして皆が集めてくれた金があるから、俺達は活動が出来る」

…と、真剣な顔つきになるヒイラ。

「だから、誰にでも任せられる仕事じゃない。頼りにしてるよ、同志ルニキス」

「それは光栄だな」

物は言いようって奴だな。

どうせお前達の資金源は、この募金箱だけじゃない癖に。

札束数えておいて、こんなことを言うのもなんだが。

今やこれだけ大きくなった組織が、系列組織からの献金だけで、維持出来るはずがない。

「…それで、何か用があって来たのか?」

まさか、金集めをしている俺が、ネコババするんじゃないかと抜き打ちチェックしに来た、なんて訳じゃないだろう?

「あぁ、それなんだけどな。ちょっと来て、見て欲しいものがあるんだ」

と、朗らかに言うヒイラ。

「見て欲しいもの?」

「見てからのお楽しみだ。ちょっと来てくれないか」

「…分かった」

俺は、札束の管理を他の同志達に預け。

ヒイラと共に、例の「故障中」エレベーターに乗せられた。
ヒイラがエレベーターのボタンを押したのは、上ではなく、下。

この建物の地下だった。

地下なんかあったのか、って?

あったんだよ。

俺は行ったことがなかったし、行くことを許可されてもいなかったから。

敢えて危険を犯してまで、行こうとはしなかったがな。

いずれ時が来れば、見せられることになるだろうと思っていた。

そして、今がその時ということか。

つまり、少しは俺も、ヒイラの信用を得られたってことか?

それとも尻尾を掴まれ、地下拷問室で拷問されるのだろうか。

ふむ、それは恐ろしいな。

逃げるのが大変そうだ。

とはいえ、行く先が拷問室だったとしても、俺は特に心配してない。

シェルドニア王国からも脱出した俺が、今更国内の、帝都のビル地下に閉じ込められたところで。

楽勝過ぎて、俺の仮面が笑ってる。

すると。

エレベーターに乗りながら、ヒイラが口を開いた。

「なぁ、同志ルニキス」

「何だ?」

「君、本当は帝国騎士団のスパイなんだろ?」

「…………は?」

それは、あまりにも唐突な問いかけだった。
…ちなみに。

今の「は?」は、素だった。

帝国騎士団?俺が?

スパイなのは確かだが、帝国騎士に間違われるとは。

俺のこの正義の仮面が、うっかり帝国騎士のように見えたのだろうが。

それは誤解だな。

「何のことだ?」

「大丈夫だ、しらばっくれなくても分かってるから」

「…」

何故かは知らないが。

俺は、スパイバレしているのだろうか。

いや、これは違う。

ここで狼狽えるのは、三流スパイのやることだ。

俺はスパイ検定特1級のカリスマスパイなので、そんなことでは動じない。

これは、単なる鎌掛けだ。

ヒイラは、俺の一挙一動を、つぶさに観察していた。

俺が狼狽えるのではないか、動揺するのではないかと。

大体、本当に俺がスパイだと知っているのなら。

俺が帝国騎士団のスパイなのか、と聞くはずがない。

俺は、まかり間違っても、帝国騎士団の人間ではないのだから。

まぁ、あのまま人生が狂わなければ、今頃帝国騎士になっていたかもしれないが。

そんな世界線はない。

「…どうやら俺は、酷い誤解をされているか…。あるいは、ちっとも信頼されていないらしいな」

「…」

だから俺は、少しも狼狽えなかった。

ただ淡々と、そして憮然として答えた。

「非常に遺憾…そして不快だ。俺は貴族のことはもとより、帝国騎士団にも、少ならからぬ憎しみを抱いている。それなのに、スパイを疑われるとは」

「…」

相変わらず、黙って俺の観察を続けるヒイラ。

「同志を疑っているのか。それとも、俺にそんな、つまらない鎌掛けをしなければならない理由でもあるのか?」

だから俺はあくまで、自分の忠誠心を疑われて、不機嫌になっている様を演じる。

実際、マフィアの身でありながら、帝国騎士と間違われるのは、さすがに不快だぞ。

ルレイア先輩だったら、発狂モノだったろうな。

すると。

「…さすが、俺の見込んだ通り…君は、頭の良い奴だな」

…あん?
そう言うと、ヒイラは打って変わって、明るい笑顔になった。

「さすがだよ。やっぱりお前は、スパイでも何でもなかった。ちゃんと、俺達『帝国の光』の仲間なんだ」

「当たり前だろう」

そういう風に見えるように、俺がどれだけ苦労していると思う。

「これは一体、何の儀式だ?」

「ごめんごめん。いや、俺は君を疑ったことなんて、一度もなかったんだけどさ」

嘘をつくな。

疑いまくりだったじゃないか。

今までも、ついさっきも。

「でも、これからここの地下を見せる為には、必要な通過儀礼だったんだ」

通過儀礼。

やはり、そういうことか。

さっきの「スパイなんだろう?」という問い掛けは、鎌をかけていただけだったんだ。

危うく動揺していたら、本当に拷問室送りだったな。

そんなヘマをする俺ではないが。

残念だったな。俺を吐かせたいなら、中世から近代までの、古今東西全ての拷問道具を一ダース用意するところから始めることだ。

それでも、吐くつもりはないが。

仲間を売るくらいなら、舌を噛んだ方がマシだ。

「君なら大丈夫だな。ごめんな、疑うようなことを言って」

「いや…。それは別に良いが…」

そんな下らない小細工を使ってまで。

俺に一体、何を見せたいんだ?

俺達が向かう地下に、一体何がある?

「俺は一体、何を見せられるんだ?」

「大丈夫だ。これからの俺達に、必要なものだよ」

これからの俺達に、必要なもの。

それって…。

静かな音を立てて、エレベーターが目的地に辿り着いた。

エレベーターが開いた先には、暗い空間が広がっていた。

そして俺は、嗅いだ覚えのある匂いを感じた。

…火薬の匂いだ。

これは、もしかして…。

「さぁ、こっちだ。見せたいものがあるって言ったろ?」

「…」

ヒイラに導かれ、向かった先。

「俺だ。同志ルニキスを連れてきたから、見せてやってくれ」

ヒイラが、地下にいた同志の一人に、明るくそう言った。

こいつは、俺よりも先に、ヒイラの信用を得ていた人物ってことか。

軽く頷いた同志は、壁に手を伸ばし、何かのスイッチを入れた。

真っ暗だった空間が、明るく照らされた。

そして、俺は次の瞬間、今度こそ、驚く羽目になった。

いや、驚いたって言っても、ある程度予測はしていたのだが。

少なくとも、さっき「スパイだろ?」と言われたときよりは、驚いた。

何に驚いたのか。

広い物置のような空間に、泰然と鎮座していたブツの数々に、である。
…武器だ。

そこは、さながらマフィアの武器庫だった。

あらゆる種類の拳銃、小銃、散弾銃、弾倉の山。

ナイフや剣みたいな、刃物もあった。

俺みたいな、裏稼業の人間にとっては、箸と同じくらい日常的な道具だったが。

今の俺は、あくまで共産主義組織に所属する、しがないフリーターでしかない。

勿論、こんな武器の山なんて、見たことがない振りをしなければならない。

「こ、これ…。何だ…?」

問わなくても、見たら分かるのに。

俺は、あからさまに動揺してみせた。

ルティス帝国では、一般人の重火器、一定の刃渡りのある武器の所持、使用は禁じられている。

従って俺は、生まれて初めて武器を目にしたように振る舞う必要がある訳だ。

「驚かせてごめんな、大丈夫だよ」

何が大丈夫なんだ。

武器の山を前に。

俺が本当の一般人なら、卒倒していてもおかしくなかったぞ。

「これが必要なんだ。君にいつも、献金を数えさせていただろう?あれは、これらを揃える為にも使われていたんだよ」

「…」

「まぁ、他にも金の出どころは色々あるけどな。追々、君にも説明するよ」

「…同志ヒイラ」

「ん?何だ?」

分かってはいたが。

分かってはいたが…。

それでも、聞かずにはいられなかった。

「…何で、こんなものが必要なんだ?」
「…何でって…」

「お前は言ったはずだ。対話と相互理解によって、この国を変えると。それなのに、ここにある武器は何だ?何の為に、誰の為に、誰が使うんだ…?」

「そんなの決まってるだろう?君は頭が良いから、分かってるものだと思ってた」

あぁ、分かっていたよ。

だけど、それでも聞かずにはいられなかっただけだ。

お前の、その明るい笑顔の裏に隠された、腹黒さを暴かずには、いられなかっただけだ。

「対話と相互理解による革命…。出来たら最高だよな。無血の勝利。かつて『天の光教』の教祖ルチカ・ブランシェットが目指した、人々の思想改革による政治革命」

と、ヒイラは笑顔で言った。

「でも、現実はそんなに甘くない」

…そうか。

やはり、お前にも分かっていたのか。

分かっていながら、馬鹿な大衆達に、矛盾したことを言い続けていた訳だな。

「…それで、暴力に訴えるのか」

「仕方がない。必要な犠牲だよ」

笑顔で言うことではない。

ヒイラの信用を得る為には、あまりこういうことは言わない方が良いのだろうが。

それでも俺は、彼の矛盾を指摘しない訳には意がなかった。

「俺達人間は、ルティス帝国民は、皆平等なはずだ。それなのに、政変によって流される血があって良いのか?苦しむ人が変わるだけで、この武器のせいで苦しむ人が生まれることに、変わりはないんだぞ」

今も苦しんでいる人々を救いたい、と言いながら。

お前はこの武器で、今度は別の人間を苦しめようとしているのだ。

そのことに対する、罪悪感はないのか。

しかし。

「勿論、それは分かってるよ。俺達がこれを使えば、血が流される。苦しむ人も生まれるだろうな」

「だったら、何で…」

「別に良いじゃないか」

…別に良い、だと?

あれだけ、全国民の平等主義を説いていた男が…。

「…どういう意味だ?」

「考えてもみてくれよ。俺達がこの武器を使うとして、銃口を向ける先が誰になるか」

銃口を向ける先…。

それは…。

「俺達の主張に反対する者。つまり、今の特権階級。貴族や王族や、主には帝国騎士団だ。俺も、君も憎んでいる、あの帝国騎士団」

「…」

「あいつらは、今まで特権階級で、俺達から搾取し、贅沢の限りを尽くした。それは君も知ってるだろ?」

「…あぁ、身を以て知ってるよ」

ルニキスは、貴族によって人生を転落させられた…という、設定だからな。

「今まで苦しんできた人々を、顧みもしなかった。そんな奴らが、今度は苦しめられてきた人々に武器を向けられる。小気味良いとは思わないか?」

「…復讐ってことか?」

「そこまでは言ってない。ただ、今まで人々を踏みつけにしてきた分、報いを受けるのは当然だよ」

何度も言ってるが。

笑顔で言うことじゃない。

「だから、俺達が罪悪感を感じる必要はない。俺達は、虐げられてきた人々の代弁者として、権力者達に牙を剥くんだ」

「…成程。確かに、貧民街の人々にしてみれば、多少なりとも権力者達に報復がないと、納得しないだろうしな」

「そういうことだ。さすが、頭が良いな、同志ルニキスは」

俺が頭が良いとするなら、お前は小賢しいと表現するしかないな。