『脅して申し訳ないと思ってます。でも、それくらいのことをされてますよね。聞いたことないですよ。サークルメンバーに向かって、出ていけなんて』
『…』
『いくら俺が、あなた方にとって目の上の瘤だとしても。しかも、それなら堂々と皆の前で言えば良いのに、皆の見てないところで言うなんて、卑怯にも程がある』
そうだそうだ。
メガホン叩きまくりたい。
ルーシッド、お前言うときは言うんだな。
見直したよ。小指の爪の先くらい。
『『帝国の光』とやらに協力したいなら、どうぞ。月曜日に決議するんでしょう?ご存知の通り、俺は反対ですが。それでも、『ルティス帝国を考える会』の方針は、既に変わってしまったんですからね。言いたいことを、自由に言えるサークルだったはずなのに』
『…』
『あなたは俺が邪魔なんでしょうが、それなら俺だって言いたいことがあります。俺は詐欺に遭ったようなものです。こんなサークルじゃなかったのに。入学式の後、俺達を誘致していたときに言ってた言葉は、あれは何だったんですか』
うん、言ってたね。
全ての意見が尊重され、学年も性別も学部も関係なく、思ったことは何でも言える。
そんなサークルだったはずなのに。
今や『ルティス帝国を考える会』は、完全に『ルティス帝国を共産主義国家にする会』になっている。
そして、それ以外の発言は、異端視され。
あまつさえ、「反対意見を口にするなら、出ていけ」だからな。
そりゃ、ルーシッドが詐欺呼ばわりするのも分かる。
『言いたいことも言えないのに、何が『ルティス帝国を考える会』ですか。これじゃ、俺は詐欺に遭ったような…』
『…分かった、もうやめて』
『…やめてって何ですか。あなたが言い出したことでしょう』
『分かったから、もうやめてって!』
『…』
エリミアの、顔が見られないのが残念だ。
いや、見てたら多分、爆笑のあまり笑い死にしかねないところだったろうから。
見なくて正解だったのかもしれない。
でも、やっぱり見たかったなぁ。
年下(設定上)の学生に、完全論破されたときの、エリミアの顔。
そして、聞いてやりたい。
「たった今あなた、言い返すことも出来ず完全論破された訳ですが、今どんなお気持ちですか!?」って。
雑誌記者さながらに。
俺は、他人の泣きっ面を見たら、蜂を投げつけたくなるタイプだから。
お茶目で可愛いだろう?
…え?悪趣味?
黙れ。
…しばしの沈黙が続いた後。
先に口を開いたのは、エリミアの方だった。
『…あくまで君は、『ルティス帝国を考える会』を脱会するつもりはないんだね?』
『はい。そのつもりです』
当たり前だ。
そういう「お約束」だからな。
お前だけ抜けるとか、それは契約違反だ。
行き先が地獄であろうと、お前達帝国騎士団の方から持ちかけてきた話なんだから、逃げることは許されない。
ちゃんと付き合ってもらうぞ。最後までな。
『俺は『ルティス帝国を考える会』に入ってるんです。『帝国の光』じゃありません』
『…』
『あなたが忘れたとしても、俺はまだ、『ルティス帝国を考える会』の原則を忘れてはいませんから』
『…そう』
なかなかスパイスの効いた皮肉だが。
エリミアにはもう、言い返す気力も残っていないらしい。
完全論破されたんだからな。仕方ない。
『俺の居心地が悪くなるんじゃないかってことなら、特に心配して頂かなくて結構です。今に始まったことじゃありませんし』
追撃を入れていくスタイル。
嫌いじゃないよ。
『これ以上、強制的に脱会を迫るようなら、俺は本当に学生会に訴えます。良いですよね』
おぉ、それは良い脅しだ。
これで、少なくともエリミアの方から、これ以上ルーシッドに手出しは出来ない。
ルーシッドが自発的に「やめる」と言わない限り、『ルティス帝国を考える会』からは抜けられない。
そして、『青薔薇連合会』との約束のせいで、ルーシッドが自発的に「やめる」と言うことはない。
泥沼にご招待。
『…分かったよ』
エリミアも、そういう風に脅されたら、何も言い返せない。
ルーシッドが今日のことを学生会に訴えたら、『ルティス帝国を考える会』の存続が危ぶまれるからな。
『帝国の光』と組むどころじゃなくなる。
あくまで、『ルティス帝国を考える会』は、ルティス帝国総合大学の中に数あるサークルの一つでしかないのだ。
それを忘れるな。
『…それから、これだけは言わせてもらいます』
『…何?』
『会長も、他の会員の皆さんも、俺も…ルティス帝国の未来を想っているのは、同じです』
…。
『ただ、やり方や考え方が違うだけで。ルティス帝国の未来を守りたい、その気持ちは、皆一緒なんです。それだけは…忘れないでください』
『…そうだね、分かったよ』
…本当に分かったんだか、分かってないんだか。
顔が見られないから、エリミアの真意は分からないが。
とりあえず、これで「デート」は終わった。
小一時間後。
勇者ルーシッドが凱旋した。
「お帰りなさいルーシッド。あなたは勇者ですよ」
「え?はい?」
「とりあえず、さっきの実況中継録音してるんで、それをつまみにワインでも飲みましょう」
「あ、いや…。その、遠慮します…」
つれない奴め。
勇者格下げだな。
「それより、ルレイア殿」
それよりって何だよ。
「何ですか」
「俺、割と独断で勝手に発言しちゃいましたけど…。良かったですか?あれで…」
「うん。まぁ70点ってところですかね」
「70点…。−30点の要素は?」
それはもう、あれだよ。決まってるだろ。
「まず、もう少し毒舌砲発射しても良かったという点で、−10。次、女に奢らせたという点で−10、あとは童貞という点で−10ですね」
「…童貞関係あります?それ…」
「は?」
今何か言った?
俺の完璧なる採点基準に、何か不満でも?
「え、あ、いや…。あの…それと、帰り際、俺伝票持っていって払ったので、奢ってもらってません。むしろ奢ってます」
ほう。
お前も意外とやるじゃないか。
「じゃあ80点ですね」
「…ありがとうございます」
俺の超優しい採点基準を持ってしても、まだ80点とは。
ルーシッドもまだまだだな。
とはいえ。
今回は、よくやったと褒めてやっても良い。
ルーシッドにしては上出来だ。
「ちょっと、頭に血が上ってしまって…つい大人気のないことを言ってしまったとはんせ、」
「とんでもない!俺だったら、あと8割増くらいで言い返してましたよ」
「…」
何故黙る?
「しかしまぁ、勝手なもんですね。『どんな意見でも尊重される』とか言っときながら、反対意見を口にしたら『出ていけ』とは」
「はい…。『ルティス帝国を考える会』はもう、完全に共産主義組織になってしまったようです」
「まぁ、最初からそんなようなものでしたけどね」
ルーシッドへの風当たりが強かったのは、最初からだ。
とはいえ最初の頃は、ルーシッドの意見もちゃんと聞いてもらえていた。
皆に反対する意見を口にしても、「出ていけ」とまでは言われなかった。
それが今や、この体たらく。
ルーシッドが言った通り、詐欺みたいなものだ。
「…どうしましょう、ルレイア殿」
「あん?」
「あの場では保留にしておきましまが、今回の件は、学生会に報告すれば、サークルを解散…まではさせられなくても、何らかの制裁は与えられると思います」
「あー…」
そうだろうな。
ルーシッドが、学生会に「『ルティス帝国を考える会』のエリミア会長に、脱会を迫られた」と、大袈裟に訴えれば。
学生会は動くだろう。恐らく、何らかの制裁は与えられる。
サークル解散命令は出ないにしても…活動制限くらいは与えられるだろう。
一ヶ月活動停止とか、エリミア会長の解任とか。
ついでに、『ルティス帝国を考える会』が、勝手に外部の組織…『帝国の光』なんていう、怪しげな組織と繋がろうとしていることも、密告してやれば良い。
上手く行けば、学生会が『ルティス帝国を考える会』を危険なサークルだと判断し、監視対象にしてくれるかも。
そうすれば、エリミア率いる、ルティス帝国総合大学の共産主義分子は、さぞや動きづらくなるだろう。
幸いこちらには、エリミアに脱会を迫られたときの音声がある訳だし。
証拠はある。
「『ルティス帝国を考える会』を潰すには、良い機会かもしれません。ここを潰してしまえば、我々も『帝国の光』や、『赤き星』の監視に加われます」
「…悪くない案だとは思いますが」
ようやく、自称善良なサークルが、ボロを出してくれたんだからな。
思いっきりそのボロを突いて、一気にサークルそのものを瓦解させてしまうのも…。
…悪くはない。
…だが。
「…やめておいた方が良いでしょうね」
「…そうですか」
理由は二つ。
一つ目は、この一件だけで『ルティス帝国を考える会』を潰すには、少々弱いという点だ。
エリミア自身も、そう言っていたように。
学内のサークルが、外部の組織と繋がること自体は、別に規則違反に触れたりはしない。
ルティス帝国総合大学にある、他のサークルだって…例えばボランティアサークルなんて、市のボランティアクラブと提携しているし。
他大学のサークルと共同で活動するなんてことは、サークル同士ではよくあること。
『帝国の光』との提携も、その一環と言われたら、学生会も言い返せないだろう。
で、今回、エリミアが個人的にルーシッドに向かって、退会を迫った件だが。
これは確かに完全にアウトだが、それでも、サークル全体を攻撃するには、弱い。
何らかの制裁は加えられるだろうが、精々一ヶ月ほど活動停止処分が良いところ。
最悪、エリミア自身が会長を解任されるだけで、ケリをつけられるだろう。
『ルティス帝国を考える会』というサークルそのものは、存続するだろう。
それじゃあ意味がない。
例えエリミアを解任したところで、第二、第三のエリミアは、サークル内にいくらでもいる。
むしろ、エリミアを告発したことで、ルーシッドは余計に、サークル内でヘイトを買うだけだろう。
それに、証拠となる音声データだが。
そこには、ルーシッドが「今回は目を瞑るが、次は学生会に報告する」と警告をしている音声が入っている。
一度、「今回は目を瞑る」と言ったのに、それを無視して学生会にチクったら。
学生会としても、印象が悪いだろう。
学生会に報告しても、得られるメリットは少ない。
と言うか、デメリットしかない。
どれも、『ルティス帝国を考える会』そのものを解散させるには、弱い。
エリミアがもっと過激な発言をしてくれていれば、それを証拠に出来たんだがな。
「さすがに証拠がこれだけじゃ、解散までは至らないでしょう」
「…そうですか」
それに学生会は、『ルティス帝国を考える会』が「個々人の意見を尊重する」とかいう、
今となっては失笑モノの大原則があったことを、知らないのだ。
いくらルーシッドが「俺、会長に騙されたんですよ!詐欺に遭ったんですよ!」と訴えたところで。
学生会としては、「はぁ、そうですか」としか言えないだろう。
よって、この証拠だけで、『ルティス帝国を考える会』を瓦解させるのは、非常に困難。
しかも、失敗した後のデメリットが大きいので、却下。
そして、二つ目の理由は。
「…そもそも、今となっては、サークルそのものを解散させたところで、何の意味もないですよ」
「…」
ルーシッドも、薄々分かっていたのだろう。
何も言わなかった。
問題は、『ルティス帝国を考える会』というサークルそのものでも、
エリミア・フランクッシュという会長の存在でもない。
『ルティス帝国を考える会』に所属するメンバー達が、どっぷりと共産主義思想に染まってしまっている。
これが問題なのだ。
サークルの名前なんてどうでも良いし、何ならサークルなんて必要ない。
志を同じくする者同士なら、例え大学側に認知されたサークルがなくても、勝手に集まるだろう。
ましてや、今『ルティス帝国を考える会』は、『帝国の光』とも接触がある。
「『ルティス帝国を考える会』がなくなったら、彼らは改めて、『帝国の光』に入るでしょう。彼らにとって、入ってる組織の名前なんて、どうでも良いんですよ」
そこが、共産主義思想の組織であれば。
『ルティス帝国を考える会』だろうと、『帝国の光』だろうと『赤き星』だろうと、何でも良い。
最早、ルティス帝国総合大学の学生だけの問題ではなくなっているのだ。
学生一人一人が、共産主義思想に染まっているのだから。
『ルティス帝国を考える会』がなくなれば、別の組織に移動すれば良いだけ。
とはいえ、ルーシッドの言う通り、確かに『ルティス帝国を考える会』がなくなれば。
俺達が、ルティス帝国総合大学に居続ける理由もなくなる。
すぐにでも退学して、ルリシヤがいる『帝国の光』なり、シュノさんがいる私立ローゼリア学園大学なり、別の共産主義組織を監視することが出来るので。
『ルティス帝国を考える会』がなくなってくれるなら、それはそれでアリなのだがな。
でも残念ながら、今それをすることは叶わない。
だったら、むしろ。
「現状は、『ルティス帝国を考える会』のメンバーとして、彼らの動向を見張るのが妥当でしょう」
「…やはり、そうですか」
「まぁ、そう逸る(はやる)ことはありませんよ。『ルティス帝国を考える会』が『帝国の光』と繋がってくれるなら、間接的に『帝国の光』の動向も見張ることにもなります」
離れていた二つの組織の間に、パイプが出来る訳だからな。
そう思えば、悪い状況ではない。
それに。
「個人的には、あなたがエリミアに毒舌ぶちまけたことで、超スッキリしてますからね。やっぱり乾杯しません?」
「え、あ、いやそれは…間に合ってます」
なんだ、つまんない奴だよ。
「じゃあ代わりに、景気づけと行きましょう」
「景気づけ…?」
「俺のお古の女をニ、三匹貸すので、思う存分欲望を発散…」
「それは結構です、本当。大丈夫なので、はい」
なんだ、やっぱりつまらない奴。
「…仕方ない。じゃああなたの分も、俺が楽しんできますね」
「…どうぞ…」
今夜は、気分良く充実した時間を送れそうだ。
と、軽く考えていた翌々日。
件の月曜日。
案の定ルーシッドは反対したが、その反対に反対され。
『ルティス帝国を考える会』は、正式に『帝国の光』と提携することを決定した。
そして、同時に。
見慣れない人物が、『ルティス帝国を考える会』にやって来て。
その人物は、俺達の前に募金箱を差し出して言った。
「ルティス帝国の未来の為に、皆さんの融資をお願いします」
朗らかで優しそうな顔をして、こいつは何を言ってるんだ、と思った。
―――――…ルレイア先輩達とシュノ先輩が、スパイ活動に尽力している頃。
同じくスパイ活動に忙しい俺の所属する、『帝国の光』は。
かつてないほどに、目覚ましい大躍進を始めていた。
ルルシー先輩からの情報によると。
シュノ先輩は、学生会に入って『赤き星』と真っ向から立ち向かい。
ルレイア先輩とは、この間、運命的な邂逅を果たした。
着ている服がいつもの死神スタイルではないので、フェロモンの調子はあまり良くないようだったが。
ひとまず、顔を見られて良かった。
と、個人的には喜ばしい邂逅だったし、恐らくルレイア先輩にとっても、思いがけない吉事だったのだろうが。
実は、スパイとしての俺にとっては、あまり良いことではない。
何故なら。
あんな地方の講演会で、受付のボランティア仕事を任されている時点で。
俺は、未だにヒイラ・ディートハットの信頼を得ていないという証だからである。
そして、今も。