The previous night of the world revolution6~T.D.~

…とにかく。

箱庭帝国は、発展したものの。

その代わりに、俺個人が、物凄く弱体化していることが判明した。

…由々しき事態である。 

いや、国が発展したのは大変良いことだし、その代償が俺個人の弱体化なら、そのくらい喜んで払うのだが。

…とはいえ。

「軟弱ですねぇ。僕なんか、王位継承権自分から放り出したのに。箱庭帝国の主が、異国の没落王子より弱いとは。泣ける話じゃないですか。ねぇ?」

「う、ぐ…ぬぬ…」

「ふふふ。泣いて頼んでも良いんですよ?『お願いします俺に稽古をつけてください、何でもしますから』と這いつくばっても良いんですよ?」

「わー…。ルーチェス君ドSだぁ…」

ルーチェス殿の奥さん、止めてくれれば良いのに。

ドSな旦那さんを、むしろキラキラした目で見てる。

何、この夫婦。

「あ、そうだ。ルレイア師匠がこうも言ってましたね」

え?

「『もしルアリスが、嫁子供も守れないくらい弱くなってたら、ルアリスの嫁、セトナさんとかいう人、寝取っちゃっても良いですよ』って」

「!?」

俺は、凄まじい勢いで顔を上げた。

い、今何て?

「ふむ、王子だった頃にちらっと拝見しましたが、あなたの嫁、セカイさんの足元に及ぶくらいには美人でしたし。まぁ軽く摘み食いするくらいは、アリですかね」

「…!!」

ルーチェス殿の、この鬼のような発言にも驚愕したが。

それ以上に驚いたのが。

「おっ!ルーチェス君、リアルNTRって奴だね!」

何故かルーチェス殿の嫁が、全然夫を止めなかったことである。

この夫あって、この妻あり。

そして、それを更に上回って驚愕したのが、

「それとルレイア師匠、こうも言ってましたよ」

「な、何を…」

「『セトナさん寝取ったついでに、将来のルアリスの娘の初夜権も、ルーチェスにあげますよ〜』とのことです。いやぁ僕の師匠は太っ腹だなぁ」

「…!!」

「おぉっ!ルーチェス君、君実はロリコンか!?ロリもアリなのか!さすが〜」

「…!?」

誰か。

誰かここに、常識のある人はいないか。

夫の目の前で、人様の妻の寝取りを宣言。

しかも、その娘の将来の貞操までも奪うと宣言する暴君。

それなのに、その暴君の妻は、そんな夫を止めるどころか、むしろ称賛している。

この非常識感…。そして悪魔のような発言。

あなたは…あなたは、間違いなく、ルレイア殿の弟子で。

そして、俺にとって…脅威の対象に成り果てた。

「さぁて、この弱虫君は放っといて、早速寝取りに行きましょうかね〜」

近所にお使い行ってきます、のノリで。

とんでもないことをしようとしている、ルーチェス殿の足に。

俺は、必死にしがみついた。

決して、彼を行かせてはならない。

俺の、人間としての…男の、プライドに懸けて。

故に、言うべきことは一つだけ。
「…お願いします」

最早、これ以外の選択肢などない。

「俺に稽古をつけてください…何でもしますから」

恥も外聞もない。

一国の代表とか、そんなのは今はどうでも良い。

ただ、家族を守りたかった。

死神の手先、その魔の手から。

そして。

半泣きでしがみつく俺に、死神の使いは。

「…ふふ。そう来なくては」

彼の師匠によく似た、不敵の笑みで呟いた。

「…うわー、ルーチェス君たらドS〜」

…ルーチェス殿の奥さん。

あなたの夫。止めてくれても、良かったんですよ?
―――――――…その頃、ルティス帝国では。

「…にゅふふ」

「!?」

俺が、ちょっと笑っただけなのに。

同居人のルーシッドが、激しく動揺していた。
「…何ですか」

「え、あ、いえ…」

「失礼じゃないですか。俺がちょっと微笑んだだけで、そんな怪物でも見るかのような目をして」

「あ、あれが『ちょっと微笑んだだけ』…?」

は?

「…何か?」

「い…いえ、何でも…。ちょっとあの…フェロモンが強烈だったもので…」

何かボソボソ言ってるが、何て言ってるのか聞こえない。

きっと褒め言葉だろう。

俺と来たら、褒める要素しかないからな。

で、今何で微笑んだのかって?

そりゃ決まってる。

異国で、俺の可愛い弟子と、可愛い元弟子が、「仲良くお稽古」しているような気がしたからだ。

いやぁ、仲が良いって素晴らしい。

友情は良いものだ。

恋愛は、もっと良いものだ。

命短し恋せよ男子。

で、それはそれで良いとして。

「ぼやぼやされてちゃ困りますよ。今日が何の日か、ちゃんと分かってるんでしょうね?」

「…!は、はい…それは、もう」

今日は土曜日。大学の講義はお休みだ。

しかし、俺とルーシッドは、出掛ける予定が入っている。

何を隠そう、サークル活動の一環だ。
「じゃ、俺先に出るんで」

「はい。俺も後から行きます」

俺は、ルーシッドを残して先にマンションを出た。

同時に家を出たりして、俺がルーシッドと一緒にいるところを、誰かに見られたりしたら。

俺の完璧な演技が、台無しになってしまうからな。

今や、『ルティス帝国を考える会』の敵と成り果てたルーシッドと、一緒にいるところを見られるのは不味い。

あくまでルーシッドは、『ルティス帝国を考える会』の嫌われ者、鼻つまみ者でなければならないのだ。

ざまぁ。

今となっては、ルーシッドは公然とした、『ルティス帝国を考える会』の嫌われ者。

今でも、ルーシッドは負けじとサークル活動に参加し。

積極的に、発言も続けているが。

今となっては、ルーシッドが何を言おうとも。

「あーはいはいお前の意見は別にどうでも良いから」と、軽く流されている。

相手にすらされていない。

一部のサークルメンバーからは、完全に存在をスルーされている始末。

ざまぁ。

で、それは良いとして。

ルーシッドがいくら嫌われようが構わないが、それより今日のイベント。

俺が、これから向かう場所は。

「あ、来た来た。おーい!ルナニア」

待ち合わせ場所になっている駅に辿り着くと。

エリアスと愉快なABCの仲間達が、俺に手を振った。

「おはよう、ルナニア」

「おはよー」

「おはようございます」

俺は、にっこりと「業務用」の笑顔を浮かべた。

エリアスも、愉快な三人の仲間達も、全く疑うことなく俺に挨拶してきた。

見てみろ。俺と、このルーシッドの差。

いやぁ人気者は困りますねぇ。

「皆さん早いですね。もうほとんど揃ってるじゃないですか」

「だよな。俺達が来たときも、上級生の人達はほとんど集まってたよ」

と、モブB。

ふーん、上級生ねぇ。

『ルティス帝国を考える会』会長、エリミア・フランクッシュは、改札付近に屯して、側近のメンバー達と何やら喋っていた。

改札付近で立ち止まるな。

すると。

「…おはようございます」

遅れ馳せながら、俺の後に出てきたルーシッドが、駅に到着した。

あぁ、お前いたんだっけ。

「…」

「…」

折角ルーシッドが挨拶したのに、彼に挨拶を返す者は、誰一人いなかった。

ほとんどの者は、ルーシッドをチラリと一瞥しただけ。

あとの者は、まるでルーシッドの声が聞こえなかったかのように、友達とお喋りを続けたり、スマートフォンを弄ったり。

誰一人、ルーシッドを顧みる者はいなかった。

俺も、エリアス達も。

…ざまぁ。
それどころか。

「…あいつ、どの面下げて来てんだろうな」

Aが、声を潜めるようにして、ボソッと言った。

Aの言う「あいつ」とは、言わずもがな、ルーシッドのことである。

「だよな。いつも反対意見ばっか口にしてる癖に」

「ちょっとは遠慮しろって感じ。何で来てんの?」

挨拶を返されるどころか、陰口叩かれてる始末。

ざまぁが止まりません。

そして、俺も今は「こちら側」なので。

「ですよね。しかも今日は、彼がいつも批判してる、共産主義団体の講演会なのに…」

「また、後で批判する為に聞きに来たんだろ。本当性根悪いよな」

そう。

今日、土曜日であるというのに、『ルティス帝国を考える会』のメンバー達が集まったのは。

ルティス帝国にある、とある共産主義団体が主催する講演会に、サークルメンバー全員で参加する為である。

全員とは言っても、強制ではないので、他に外せない用事のある者は、来ていないが。

俺が見る限り、『ルティス帝国を考える会』のほぼ全てのメンバーが参加しているようだ。

そして、漏れなくルーシッドもその一人。

いくら嫌われ者でも、一応『ルティス帝国を考える会』の一員であることに、変わりはないからな。

ひそひそ陰口叩かれながらも、参加する権利はある。

まぁ、確かにあれだけ反対意見ばっかり口にしておきながら。

講演会には参加するのかよ、と思われるのは当然だが。

それは嫌われ者ルーシッドの役割だから、ちゃんとこなしてもらわないとな。

ざまぁのバーゲンセール。

…そして。

「…皆!おはよう。全員揃ったみたいだし、出発しましょう」

側近達と何やら話していたエリミア会長が、パンと手を叩いて俺達に言った。

さぁ、これからいざ、電車に揺られて講演会場に出発である。
電車の車内でも、ルーシッドのボッチ状態は変わらず。

俺は、エリアスと愉快なアルファベット三人組と、絶えず他愛ないお喋りをしていたが。

ルーシッドだけは、一人ぽつねんと立っているだけ。

誰も彼に話しかけないし、ルーシッドも誰にも話しかけない。

あぁ、俺の優しく慈悲深い良心が痛む。

…本当だぞ?

俺はああいう、集団無視みたいな子供じみた行為は嫌いなのだ。

だから、道中は敢えて、ルーシッドの方を見ないようにして。

いざ、講演会場に到着。

「会費は私が代表して払ってくるので、皆さんは受付でチケットとパンフレットを受け取って、会場に入ってください」

エリミア会長が言い、俺達はその指示に従って、ぞろぞろと会場に入っていった。

受付でチケットとパンフレット…ねぇ。

そして、俺はそこで。

多分そうなるだろうな、と思っていた事態に遭遇した。

「こちら、講演パンフレットになります。どうぞ」

「…どうも」

俺に、チケットの半券とパンフレットを差し出した、受付に立っている人物。

見慣れた黒い仮面。

俺達は、受付のカウンター越しに、一瞬だけ、お互いの目を見つめた。

どれほど、声に出して言いたかっただろう。

きっと彼も、俺と同じことを言いたかったに違いない。

…お久し振りですね、ルリシヤ。
家族であっても。どれほど親しい仲であっても。

勿論、言葉を交わす訳にはいかなかった。

俺の前にはエリアスがいて、後ろにはABCの三兄弟がいるのだ。

『帝国の光』が主催する受付の男性と、親しく会話をする訳にはいかない。

そう。

今日は、ここでとある共産主義団体の講演会が行われる。

その、とある共産主義団体の名は、『帝国の光』。

他ならぬ、ルリシヤが潜入している組織なのだ。

だから、最初にエリミア会長が、「『帝国の光』が主催する講演会に参加しよう」と言ったときから。

更に、講演会のポスターを見せられ、そこに『帝国の光』総統、ヒイラ・ディートハットの写真が掲載されているのを見たときから。

もしかしたら、同じく『帝国の光』の『裏党』とやらに所属している、

ルリシヤが、この場に来るかもしれない…ということは、予測していた。

そうなんじゃないかな、と思っていた。

多分、ルリシヤの方も同じことを考えていたのだろう。

俺が思いつくことを、ルリシヤが思いつかない訳がないのだから。

だから、お互い受付で久々の再会を果たしても、表情一つ変えなかった。

ただ、目を見ただけだった。

それ以上のことは、許されなかった。

俺達の繋がりを、他の誰かに悟られる訳にはいかない。

ルーシッドも気づくだろうが、あいつだって、腐っても帝国騎士団四番隊隊長。

ボロを出すようなことはあるまい。

…ルルシーを通して、ルリシヤの現状はある程度把握しているが。

俺より遥かに、縛られた生活してるんだってね。

叶うことなら、「お疲れ様ですよ本当。お互い頑張りましょうね」と、労いの言葉の一つでもかけてあげたかった。

でも出来ないから、一瞬のアイコンタクトで、その思いを伝えた。

ルリシヤなら、分かってくれるだろう。

だって、俺にも同じ思いが伝わってきたから。

以心伝心、って奴だな。

お?そんなことあるはずないって馬鹿にしたな?

一度でも、背中を預けて、命を預けて共に戦った者同士にだけ、分かるものがあるんだよ。

馬鹿にしたお前は、一度も命を懸けて戦ったことのない、平和な人生送ってるってことだよ。

…しかし、『裏党』であるルリシヤまでもが、この会場に来ているとは。

ルルシー情報によると、『帝国の光』は、『表党』と『裏党』に分かれており。

前者の方が、圧倒的に人数が多いと聞いた。

そして今日、これだけの規模、これだけの施設を借りて、講演を行うとなると。

相当、金と時間と手間がかかっていることだろう。

ルリシヤがここに、受付に立っているのが何よりの証拠だ。
俺も、『frontier』をプロデュースしている経験があるから分かる。

通常、こういう会場、コンサートホールを借りて何らかの催しを行う為にかかる費用は、それはもうピンからキリまである。

会場側が用意しているプランにもよるが、大抵の場合、

「何もかも会場にお任せ!主催者側は当日ここに来て公演を行うだけの、完全お任せプラン!」っていうのがあったり。

「会場は貸してあげるけど、その他の手続きや機材・人員の準備は自分達でやってね、の自力で行うプラン」っていうのがあったり。

その中間、「お金次第でここまではやってあげるけど、残りは自分でやってね、の中途半端プラン」があったり。

俺が『frontier』のコンサートを主催するときは、大抵ニ番目のプランか、三番目のプランを選択する。

何故なら、言うまでもなく、一番目のプランは莫大な費用がかかるからだ。

何せ、全部会場側にお任せなんだからな。その分費用もかかる。

会場の規模にもよるが、俺の場合、『青薔薇連合会』の人員を動員すれば、会場側の手を借りる必要はほとんどない。

故に、費用節約の為、『青薔薇連合会』の人員を使って、出来るだけ費用がかからないように調整している。

勿論、一から十まで全部こちらでやるのも大変なので、そこは会場の規模や、観客動員数によって変えているが。

それでも、コンサートを開くっていうのは、結構金のかかる仕事だ。

『frontier』の場合は、彼らの知名度のお陰もあって。

コンサートを開けば基本的に採算が取れる、どころか儲かるので、積極的に開いているが。

それだって、そこそこのチケット代や、コンサート限定グッズを大量に販売することによって、利益を得ている。

そうでもしなきゃ、こっちが赤字を食らうことになる。

その点、『frontier』は確実に収支プラスになるので、安心して開ける。

と、まぁ俺の話はここまでにして。

とにかく、今日の『帝国の光』の講演会。

プランとしては、恐らくニ番目か、三番目だろう。

三番目だとしても、恐らくは、会場側の手は最低限しか借りてないはず。

ホールの設備を見れば分かる。

ライブと講演会は全く別物だから、必要な機材が違うのは当然だが。

それにしたって、最低限の設備しか使っていない。

さっきの受付業務を、ルリシヤがやっていたことからも分かる。

恐らく、そこでパンフレットを配布している女も、表でチケット販売をしていた女も、『帝国の光』の人間だろう。

会場側の人間は、ほとんど…いや、全くと言って良いほどに借りていない。

で、『裏党』のメンバーは、ルリシヤを含めても数少ないと聞く。

だから多分、ここで会場の手伝いをしている『帝国の光』メンバーの大半は、『表党』の人間なんだろう。

まぁ、あくまで推測だが。

チケット代も一律1500円と、かなりお安い。

これじゃ、ろくに採算取れないだろうな。

だからこそ、自分とこの組織からボランティアを募り、会場の設備も最低限に抑えてるんだろうし。

『帝国の光』も、それほど資金を持っている訳ではないと見える。

それを思えば、『帝国の光』の前身組織である『天の光教』が、いかに金持ち組織だったことか。

あいつら、各地で無料の講演会開きまくってたからな。

いかに、信者達から金を巻き上げていたかよ。

かと思えばあの年齢サバ読みおばさん、『帝国の光』なんて、こんな厄介な置き土産を残してくれちゃってさ。

本当、年齢サバ読む人間には、ろくな奴がいないよ。