The previous night of the world revolution6~T.D.~

しばし、ルーチェス殿の猛攻を、何とか防いでいたが。

いきなり。

「うん、そろそろ飽きましたね」

「えっ?」

ルーチェス殿はそう言うなり、目にも留まらぬ速さで、俺の懐に突っ込んできた。

急いで対応しようとしたが、最早逃げ場はなかった。

それどころか、受け身を取る暇さえなかった。

手首に激痛が走るなり、俺が持っていた剣が、憐れにも宙を舞い。

そんな俺も、見事な体幹から繰り出された回し蹴りによって、床に叩きつけられていた。

完膚なきまでに、圧倒的な力の差を見せつけられた。

無様に床に這いつくばり、何とか起き上がろうと身体を起こそうとするが。

その上に、ルーチェス殿がドシッ、と腰掛けた。

「う…っ」

「ふー…。おっと、ここに丁度良い腰掛けが…」

「お…俺の背中に腰掛けないでください…」

「ん?腰掛けが喋った?」

「腰掛けではないです…」

人間です。

しかし、ルーチェス殿は容赦なかった。

「まぁ、確かに、腰掛けではないのかもしれませんね。仮にも一国の代表が腰掛けなんて、笑い話にもなりまんから」

「…」

グサッと、言葉のナイフを突き立てられた気分。

更に。

「すごーいルーチェス君!強いんだね〜!」

「でしょ〜?僕強いんですよ。もっと褒めてくれて良いですよ〜」

「うん!何が起きてるのか全然分かんなかったけど、でもルーチェス君がすっごく強いことは分かった!格好良い〜!」

「ですよね〜。ありがとうございます!」

俺の背中に腰掛けて、奥さんとイチャイチャ会話しないでください。

完全に俺、ベンチ扱い。

この傍若無人ぶり、間違いなくこの人は、ルレイア殿の弟子だ。

しかも。

「さて。これで十戦やって、十戦負けて、十回腰掛けになった訳ですが」

「…うぅ…」

「今の気分は如何ですか?」

…敗北者に、更に鞭打つ感じ。

やっぱり、あなたはルレイア殿の血を継いでいる。

「かつてルレイア師匠の薫陶を受けたと聞いて、期待してたんですけどねぇ。しかも、今会心の勢いで急成長中の、『あの』箱庭帝国の若き代表!革命軍『青薔薇十字軍』の若大将!素晴らしい肩書きをお持ちで、さぞや恐ろしい軍神だと思って、学ばせて頂くつもりで、手合わせお願いしたんですが…」

「…」

「いざ蓋を開けてみたら、結局名ばかりの悪戯小僧」

グサッ。

しかし、言い返せないのが辛い。

「おまけに、腰掛けとしても座り心地が悪いと来た」

グサッ。

いや、腰掛けとしての才能は、別に要らないけども。

「やれやれ。どうします?来世、公園のベンチにでもクラスチェンジしてみます?」

「…しません…」

「ふーん」

煽りに煽られ、しかし言い返すことも出来ず。

ルーチェス殿がようやく退いてくれたので、俺はのろのろと起き上がった。
一体、何事が起きているのかと言うと。

「ルーチェス君っ、お疲れ様〜」

「あぁ、全然疲れてませんよ。歯応えのない相手だったので。軽いスポーツを楽しんだ程度です」

「すご〜い!」

ルーチェス殿は、彼の奥さんのセカイ殿と、仲良くお喋りしていらっしゃった。

確かにルーチェス殿は、汗一つかいていない。

息が上がっている様子もない。

対する俺は、

「坊っちゃん、大丈夫ですか?」

「…あぁ…」

ユーレイリーの手を借りて、ようやく起き上がり。

これまたユーレイリーが用意してくれた、乾いたタオルで全身を拭かなければならないくらい、汗びっしょり。

おまけに。

「お怪我は…」

と、心配して聞かれる始末。

しかし、その心配は無用だ。

「してない」

「で、ですが…木剣とはいえ、あれほど…その…激しい戦闘をされたなら…」

ユーレイリー、はっきり言ってくれて良いんだぞ。

「あれだけフルボッコにされたのに、怪我の一つくらいしてるんじゃないのか」って。

でも、怪我はしていない。それは分かる。

全身の節々は痛むけれど、これは怪我ではなく、ただ筋肉を酷使したことによる筋肉痛だ。

あれだけの戦闘を繰り広げたのに、彼は俺の身体に、傷の一つもつけなかった。

対する俺は、本気で戦っても、ルーチェス殿に傷一つつけられなかった。

それだけ、一方的な戦いだったのだ。

彼が本気で俺を傷つけようと思えば、今頃俺は、両手両足を折られ、首を折られ、あの世行きだ。

木剣だろうと真剣だろうと関係ない。

あの太刀筋じゃ、俺なんて、道連れにしようと思っても出来ないだろう。

ルーチェス殿。

ルレイア殿の弟子であると聞いたときから、相当の使い手であるとは思っていたが。

まさか、これほどとは思わなかった。
「暇ですし、軽く手合わせでもしません?」と言って。

ルーチェス殿が、セカイ殿を伴って『青薔薇委員会』の本部にやって来たのは、つい二時間程前のこと。

俺は別に暇ではないし、むしろ忙しいくらいだったのだが。

折角のルーチェス殿の誘い、無下に断る訳にはいかないと、快く承諾した。

その結果が、これである。

『青薔薇委員会』の代表が、こうもあっさり、他国のマフィアにボコボコにされる。

こんな見苦しい様、国民達には決して見せられない。

「あなた、それでよく革命成功しましたね」

グサッ。

今日何度目だ。

ルーチェス殿の毒舌が、ナイフのように突き刺さる。

…言い訳をするのは、見苦しいかもしれないが。

俺が弱いと言うより、ルーチェス殿が強過ぎるのだ。

まず驚いたのは、ルーチェス殿の得物。

両剣という、珍しい武器をお持ちだった。

それだけでも、俺にとっては初見殺しも同然だった。

あんな難しそうな武器、一体どうやって扱うのだろうかと思っていたら。

ルーチェス殿は、あの難しい武器を、まるで自分の身体の一部のように、巧みに操ってみせた。

片方の刃を何とか防いでも、返すもう片方の刃が、音速の速さで飛んでくるんだから。

もう、防ぐとかそんなこと考える暇もない。

木剣じゃなかったら、一戦目の一合目で、俺の血飛沫が舞ってる。

いや、武器の初見殺しは、俺の弱さの言い訳に過ぎない。

あの武器の恐ろしさを差し引いても、ルーチェス殿は強過ぎる。

ルレイア殿を彷彿とさせる、スピード型の超近距離アタッカーで、一度懐に入られたら、最早手の出しようがない。

何とか攻撃を受けようとしても、あまりの攻撃の重さに、防ぎきれずにこちらが倒れてしまう有り様。

あの細身の身体の、何処にそんなパワーがあるのだ。

そして、体幹の強さ。

ルーチェス殿の武器は、あの両剣だけではない。

さっきの回し蹴り、彼が手加減してくれたから、転ぶくらいで済んだが。

もし手加減してくれていなかったら、今頃俺の内臓が潰れている。

もう、彼の全身が武器のようなものだ。

蹴りと拳だけで、相手を傷つける人は大勢いるし、大抵の人には誰でも出来ることだが。

蹴りと拳だけで、人を殺せと言われたら。

それが出来る人は、多分限られる。

余程打ちどころが悪かったとか、それなりの訓練を受けているとか、そうでもなければ出来ない。

そしてルーチェス殿は、後者のタイプだ。

その鍛え上げられた体術は、武器を持った相手でさえ、圧倒されてしまうほど。

両剣なしでも、俺、徒手空拳だけでルーチェス殿に負けていたのでは?

もう、激しく自信をなくしてしまいそう。
「やれやれ。ルレイア師匠の一番弟子(笑)の名が泣きますね」

(笑)をつけないでください。

「そして、ルレイア師匠の言った通りでした」

「…え?」

ルレイア殿が…何を?

「ここに来る前、言ってたんですよ、ルレイア師匠。『あの元童貞、国造りや子作りに夢中で、絶対身体鈍りまくってるはずなんで、ここいらで鍛え直してやってください』ってね」

「…!」

「そんな訳なので、ルレイア師匠の『本物の』弟子として、手解きをしてみた次第です。見事に、あなたが鈍りまくってることが証明されましたね」

…ルレイア殿…あなたという人は。

本当に…よく分かっていらっしゃる。

確かに俺は、『青薔薇十字軍』の革命以来、戦場に立つということがなかった。

それまでは、何とか憲兵局に支配された国を解放しようと、その為には力が必要だからと。

ひたむきに、武術の鍛錬に励んできた。

しかし、革命が成功した後は。

最早戦う必要はなくなり、それよりも新しい国を建て直すことが優先だった。

国民達に安定した生活を保証すること、これが第一で。

憲兵局による旧体制からの脱却と、民主的な『青薔薇委員会』率いる新体制への移行。

国にとっても民にとっても必要な、外貨を稼ぐ為の観光事業の発展化。

そして今は、国内の教育機関を充実させようと尽力している最中。

武術の鍛錬など、久しく行っていなかった。

必要がなかったからだ。

勿論、国内での流血沙汰が一切なかった訳ではない。

新体制への移行の際、多少の諍いは起きた。

しかし、それは俺が出るまでもなく、国軍が鎮圧してくれた。

そして今では、すっかり新体制が板につき、ほんのちょっとした小競り合いさえなくなった。

あったとしても、警察で充分対処出来る範囲。

俺が先頭に立って、指揮を執る必要はなかった。

それ故に、剣の腕前は、落ちていく一方だった。

そんなこと、思いもつかなかった。

ルレイア殿の言う通りだ。

国造りに夢中で、自分自身の強さを磨くことを、すっかり忘れていた。

…しかし、一つだけ訂正させてもらいたいのは。

…ルレイア殿、俺、別に子作りに夢中になってはいませんよ?
…とにかく。

箱庭帝国は、発展したものの。

その代わりに、俺個人が、物凄く弱体化していることが判明した。

…由々しき事態である。 

いや、国が発展したのは大変良いことだし、その代償が俺個人の弱体化なら、そのくらい喜んで払うのだが。

…とはいえ。

「軟弱ですねぇ。僕なんか、王位継承権自分から放り出したのに。箱庭帝国の主が、異国の没落王子より弱いとは。泣ける話じゃないですか。ねぇ?」

「う、ぐ…ぬぬ…」

「ふふふ。泣いて頼んでも良いんですよ?『お願いします俺に稽古をつけてください、何でもしますから』と這いつくばっても良いんですよ?」

「わー…。ルーチェス君ドSだぁ…」

ルーチェス殿の奥さん、止めてくれれば良いのに。

ドSな旦那さんを、むしろキラキラした目で見てる。

何、この夫婦。

「あ、そうだ。ルレイア師匠がこうも言ってましたね」

え?

「『もしルアリスが、嫁子供も守れないくらい弱くなってたら、ルアリスの嫁、セトナさんとかいう人、寝取っちゃっても良いですよ』って」

「!?」

俺は、凄まじい勢いで顔を上げた。

い、今何て?

「ふむ、王子だった頃にちらっと拝見しましたが、あなたの嫁、セカイさんの足元に及ぶくらいには美人でしたし。まぁ軽く摘み食いするくらいは、アリですかね」

「…!!」

ルーチェス殿の、この鬼のような発言にも驚愕したが。

それ以上に驚いたのが。

「おっ!ルーチェス君、リアルNTRって奴だね!」

何故かルーチェス殿の嫁が、全然夫を止めなかったことである。

この夫あって、この妻あり。

そして、それを更に上回って驚愕したのが、

「それとルレイア師匠、こうも言ってましたよ」

「な、何を…」

「『セトナさん寝取ったついでに、将来のルアリスの娘の初夜権も、ルーチェスにあげますよ〜』とのことです。いやぁ僕の師匠は太っ腹だなぁ」

「…!!」

「おぉっ!ルーチェス君、君実はロリコンか!?ロリもアリなのか!さすが〜」

「…!?」

誰か。

誰かここに、常識のある人はいないか。

夫の目の前で、人様の妻の寝取りを宣言。

しかも、その娘の将来の貞操までも奪うと宣言する暴君。

それなのに、その暴君の妻は、そんな夫を止めるどころか、むしろ称賛している。

この非常識感…。そして悪魔のような発言。

あなたは…あなたは、間違いなく、ルレイア殿の弟子で。

そして、俺にとって…脅威の対象に成り果てた。

「さぁて、この弱虫君は放っといて、早速寝取りに行きましょうかね〜」

近所にお使い行ってきます、のノリで。

とんでもないことをしようとしている、ルーチェス殿の足に。

俺は、必死にしがみついた。

決して、彼を行かせてはならない。

俺の、人間としての…男の、プライドに懸けて。

故に、言うべきことは一つだけ。
「…お願いします」

最早、これ以外の選択肢などない。

「俺に稽古をつけてください…何でもしますから」

恥も外聞もない。

一国の代表とか、そんなのは今はどうでも良い。

ただ、家族を守りたかった。

死神の手先、その魔の手から。

そして。

半泣きでしがみつく俺に、死神の使いは。

「…ふふ。そう来なくては」

彼の師匠によく似た、不敵の笑みで呟いた。

「…うわー、ルーチェス君たらドS〜」

…ルーチェス殿の奥さん。

あなたの夫。止めてくれても、良かったんですよ?
―――――――…その頃、ルティス帝国では。

「…にゅふふ」

「!?」

俺が、ちょっと笑っただけなのに。

同居人のルーシッドが、激しく動揺していた。
「…何ですか」

「え、あ、いえ…」

「失礼じゃないですか。俺がちょっと微笑んだだけで、そんな怪物でも見るかのような目をして」

「あ、あれが『ちょっと微笑んだだけ』…?」

は?

「…何か?」

「い…いえ、何でも…。ちょっとあの…フェロモンが強烈だったもので…」

何かボソボソ言ってるが、何て言ってるのか聞こえない。

きっと褒め言葉だろう。

俺と来たら、褒める要素しかないからな。

で、今何で微笑んだのかって?

そりゃ決まってる。

異国で、俺の可愛い弟子と、可愛い元弟子が、「仲良くお稽古」しているような気がしたからだ。

いやぁ、仲が良いって素晴らしい。

友情は良いものだ。

恋愛は、もっと良いものだ。

命短し恋せよ男子。

で、それはそれで良いとして。

「ぼやぼやされてちゃ困りますよ。今日が何の日か、ちゃんと分かってるんでしょうね?」

「…!は、はい…それは、もう」

今日は土曜日。大学の講義はお休みだ。

しかし、俺とルーシッドは、出掛ける予定が入っている。

何を隠そう、サークル活動の一環だ。
「じゃ、俺先に出るんで」

「はい。俺も後から行きます」

俺は、ルーシッドを残して先にマンションを出た。

同時に家を出たりして、俺がルーシッドと一緒にいるところを、誰かに見られたりしたら。

俺の完璧な演技が、台無しになってしまうからな。

今や、『ルティス帝国を考える会』の敵と成り果てたルーシッドと、一緒にいるところを見られるのは不味い。

あくまでルーシッドは、『ルティス帝国を考える会』の嫌われ者、鼻つまみ者でなければならないのだ。

ざまぁ。

今となっては、ルーシッドは公然とした、『ルティス帝国を考える会』の嫌われ者。

今でも、ルーシッドは負けじとサークル活動に参加し。

積極的に、発言も続けているが。

今となっては、ルーシッドが何を言おうとも。

「あーはいはいお前の意見は別にどうでも良いから」と、軽く流されている。

相手にすらされていない。

一部のサークルメンバーからは、完全に存在をスルーされている始末。

ざまぁ。

で、それは良いとして。

ルーシッドがいくら嫌われようが構わないが、それより今日のイベント。

俺が、これから向かう場所は。

「あ、来た来た。おーい!ルナニア」

待ち合わせ場所になっている駅に辿り着くと。

エリアスと愉快なABCの仲間達が、俺に手を振った。

「おはよう、ルナニア」

「おはよー」

「おはようございます」

俺は、にっこりと「業務用」の笑顔を浮かべた。

エリアスも、愉快な三人の仲間達も、全く疑うことなく俺に挨拶してきた。

見てみろ。俺と、このルーシッドの差。

いやぁ人気者は困りますねぇ。

「皆さん早いですね。もうほとんど揃ってるじゃないですか」

「だよな。俺達が来たときも、上級生の人達はほとんど集まってたよ」

と、モブB。

ふーん、上級生ねぇ。

『ルティス帝国を考える会』会長、エリミア・フランクッシュは、改札付近に屯して、側近のメンバー達と何やら喋っていた。

改札付近で立ち止まるな。

すると。

「…おはようございます」

遅れ馳せながら、俺の後に出てきたルーシッドが、駅に到着した。

あぁ、お前いたんだっけ。

「…」

「…」

折角ルーシッドが挨拶したのに、彼に挨拶を返す者は、誰一人いなかった。

ほとんどの者は、ルーシッドをチラリと一瞥しただけ。

あとの者は、まるでルーシッドの声が聞こえなかったかのように、友達とお喋りを続けたり、スマートフォンを弄ったり。

誰一人、ルーシッドを顧みる者はいなかった。

俺も、エリアス達も。

…ざまぁ。