The previous night of the world revolution6~T.D.~

アリューシャの、小指の痛みが引いてから。

半泣きのアリューシャに、私はこう言った。

「アリューシャ。向上心があるのは良いことだけど、慣れないことをいきなり始めるのは良くないよ」

さっきみたいな、痛い目に遭うことになるよ。

「うぅぅ…。分かってるさぁ…。どうせアリューシャは、狙撃とゴキブリ以外、何の取り柄もねぇって…」

「そんなことはないよ」

「でも、アリューシャもなんかやりてぇ!なんかやらして!役に立つこと!」

役に立つこと、か…。

私としては、さっきみたいに、私の目の前でアリューシャが微笑ましいことをしていてくれれば。

それだけで、充分私の精神衛生の役に立っているのだが。

アリューシャが、これ以上何かしたいと言うなら…。

「…じゃ、私の肩を叩いてくれないかな?」

「よし来た!アリューシャにお任せ!」

「うんうん、その辺り」

ちょっと威力が強いけど、まぁ良いだろう。

こんな報告書を読まされたら、肩が凝るどころか。

頭痛が酷くなるばかりだからな。

…それと。

「そうだ、アリューシャ」

「おうよ!」

「もう一つ、頼みがあるんだけど良いかな」

「何々!?アリューシャ何でもやるぜ!何ならバク宙とかもやる!」

それは危ないからやめておこうか。

「バク宙は良いから、この書類、シュノに渡してきてくれる?」

「よし来た!アリューシャにお任せ!」

やっていることは、単なるお使いなのに。

重要任務を託されたかのように、アリューシャは書類を受け取るなり。

脱兎のごとく私の部屋を出て、シュノのもとに向かった。

…さて。

あの書類が…ただでさえ余裕のないシュノの心を、痛めなければ良いのだが。

このときの私は、まだ知らなかった。





これからもっと、私達の状況が悪くなっていくことに。








――――――…まるで、任務中のときのように、集中して机に向かっていたものだから。

部屋をノックされたことに、しばし気づかなかった。

「シュー公〜っ!いないのかー!」

「…え?」

私、今呼ばれた?

驚いて、ハッと顔を上げる。

気がついたら、もう二時間近くたっていた。

今、ドアの向こうから…声がしたよね?

誰か、来客…。

慌てて立ち上がりかけたところに、

「シュー公〜!…はっ!まさか、いつぞやみたいに、ねっちゅーしょーで倒れてるのでは!?」

「!?」

この声は…アリューシャ?

ね、熱中症?

「待ってろシュー公!アリューシャが助けてやるからな!ピーポーアリューシャ参上!助けに来たぞシュー公!」

バーン!と扉が開いて、アリューシャが飛び込んできた。

「え、あ…いらっしゃい…」

「…?」

…いや、そんな首を傾げられても。

私は無事だよ?

「…シュー公、ねっちゅーしょー?」

「ううん…。ちゃんと涼しいよ、部屋…」

いつぞやみたいに、エアコンが壊れてる訳じゃないよ。

「じゃあ何で閉じこもって…はっ!もしかして、今流行りの孤独死!?」

ずっこけそうになった。

物騒だから、そんなものは流行らせないで。

「生きてるよ…」

死んでないから、私。

成程、アイズがいつも、アリューシャが精神衛生上必要だと言っている理由が、ちょっと分かった。

思い詰めて必死になってる心に、ちょっと余裕が生まれた。



…しかし、それも長くは続かなかった。
「つーかシュー公!部屋に閉じこもって何やってんだよ?」

「…それは…」

「いっつも閉じこもっちゃってるからさー、キノコでも育ててんのかと思った!」

…何でキノコ?

心配しなくても、キノコは育ててない。

「ルレ公いなくて寂しいのは分かるけどよー、『ごじゅう』のアリューシャ達がこんな、しんみりしてたんじゃ、ルレ公達も士気が下がるってもんよ」

「う、うん…。そうだね…?」

「ごじゅう」って何だろう…?五十…?

今は、アリューシャ専門通訳のアイズがいないので。

その言葉が、「銃後」の言い間違いであることを、私は知らなかった。

確かに私も、ルレイアが…ルレイア達がいなくなって、寂しいけれど。

ここ最近、ずっと部屋に閉じこもっているのは。

別に、寂しくて不貞腐れているからてはない。

「それで…どうしたの?何か用?」

私は、話題を変える為にそう言った。

「おー!そうだそうだ、アイ公にお使い頼まれてたんだったぜ」

お使い?

よく見ると、アリューシャは片手に書類を持っていた。

あぁ、あれを持ってきてくれたんだ。

「ほいっ、これ、シュー公にって」

「ありがとう。確かに受け取ったわ」

…ところで。

「アリューシャは、この書類読んだの?もうアイズから聞いた?」

「へ?知らん!」

知らないんだ。

「そ、そっか…」

「そんじゃ、アリューシャはキノコ作ったことねーけど…アリューシャの力が必要だったら、いつでも呼んでくれよな!」

そう言い残して、アリューシャは帰っていった。

「あ…ありがとう…」

気持ちは嬉しいのだけど、私、キノコなんて育ててない。

まぁ…良いか。

とにかく、アイズが託してくれた、この便りを読むのが先だ。

そして。

「…!」

私はその書類を読んで、どうしてアイズが、アリューシャにその内容を先に知らせなかったのか分かった。

もし、アリューシャがこれを知れば。

「そいつらヤバそうだから、もうアリューシャが全員狙撃してくる!」とか言って。

愛用のライフルを片手に、飛び出しかねなかっただろうから。

でも、その気持ちはよく分かった。

私だって、飛び出したくて堪らなかったから。

「ルレイア…」

私は、その危険の真っ只中にいる彼のことを思った。

…お願い、どうか無事でいて。


そして私もまた、知らなかった。



私が密かに続けていた努力が、もうすぐ実を結ぶことになるのだと。









―――――――…時は、少し遡る。



『青薔薇連合会』幹部、ルレイア・ティシェリーの派閥で、準幹部をしている私、華弦は。

上司から直々に頼まれた任務を、忠実に果たす為…。




…可愛い妹の家を訪ねていた。






私が受けた任務は、私の妹であるフューニャの、隣に住む奥さんを守ることである。

しかし、単に守ると言っても、遠目から見守るだけでは足りない。

もっと確実に彼女を守るならば、彼女に存在を認知していてもらう必要がある。

更に信頼を得られれば御の字。

そして、同僚であり、義理の弟であるルヴィアさんから、

「フューニャはお隣の奥さんと仲が良い」ことを聞いた。

だから、それを口実に、お隣の奥さんとやらに取り入るつもりである。

…私は、別に。

可愛い妹に出来たという、ご近所のお友達を見てみたい訳じゃありませんからね。

えぇ、決してそんな邪な気持ちはありませんとも。

任務ですからね。えぇ、任務ですから。

万全を期す必要があるというだけです。

そんな訳なので。







「時にフューニャ、最近、お隣に新婚夫婦が引っ越してきたとか?」

手土産のケーキを手に、さり気なく妹の家を訪ねたとき。

私は、それとなく探りを入れてみることにした。
「あら、お姉ちゃんもご存知なんですね」

「ご夫婦の旦那さんの方は、私の同僚ですからね」

『青薔薇連合会』に突如入ってきた、通称『裏幹部』。

私も、聞いたことくらいはある。

何と言っても、私の直属の上司の弟子ですし。

何でも、幹部級の実力を持っているけれど。

彼の出自があまりに特殊過ぎるので、幹部にすることは出来ず。

やむを得ず、『裏幹部』の称号をもらったのだとか。

あまり想像したくない出自だ。

それはともかく。

「どんな方ですか?仲良くしてるんですか」

「えぇ。奥さんとは、よく午後のお茶をご一緒するんです」

「…」

「…?お姉ちゃん?」

「いえ…」

別に、思ってませんよ。

フューニャと午後のお茶を楽しめるなんて、羨ましいだなんて。

ちっとも思ってませんから。私。

「それが、お隣の旦那さんは凄いんですよ」

フューニャは、肘をついて嘆息した。

「凄い?」

それは、あのルレイアさんの弟子になるくらいだから。

まぁ、まともな神経はしてないでしょうが。

「えぇ。なんとお隣の家は、炊事もお掃除も、旦那さんが担当なんだそうです」

「ほう」

「奥さんとお喋りする度に、たくさん自慢されますよ。羨ましいくらいに。何でもお隣の旦那さん、お洒落な料理を作るのが上手だそうで」

「お洒落な料理ですか」

「この間はフレンチのフルコースを作ってもらったとか」

そんなことが出来るんですね。ルレイアさんの弟子は。

さすがは『裏幹部』と呼ばれるだけのことはある。

「それにお菓子作りも得意みたいで、よく手作りスイーツをお裾分けしてくれるんですけど、凄く美味しいんです」

「そうなんですか」

「お掃除も得意らしくて、短時間でパパっと綺麗にしてしまうみたいですよ。お隣にお邪魔したとき見ましたけど、インテリアも素敵ですし。あれも、旦那さんの趣味だそうです」

「なかなかハイスペックな旦那さんですね」

「そうなんです。うちのルヴィアさんにも、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです」

隣の芝生は…という奴ですね。

「全くルヴィアさんと来たら、私がいないとダメダメなんですから」

「…」

などと言いながら。

口元は緩んでいるので、本気で呆れている訳ではなさそうだ。

良かった。

…とはいえ、今時専業主婦と言えど、妻一人に全ての家事を押し付けるのは時代遅れ。

今度義弟に会ったら、少しばかりお灸を据えておく必要があるかもしれない。
…それはともかく。

フューニャが、お隣の奥さんと親しいことは、これではっきりした。

ならば。

「…フューニャがそんなに仲良くしているなら、是非、会ってみたいですね」

「え?」

「お隣の奥さんですよ。よく一緒にお茶してるんでしょう?」

「えぇ、そうですが…」

ならば、その機会を利用するとしましょう。

「なら、そのお茶会に私も混ぜてもらえませんか」

「?良いですけど…」

「実は、先日シェルドニアから、シェルドニア名物のスイーツを取り寄せたんです。フューニャと食べようと思ったんですが、お隣の奥さんも呼んでみましょう。来てくれるでしょうか」

お隣の奥さんに会う為に、わざわざシェルドニアからお菓子を取り寄せたのか、と思われたかもしれないが。

それは偶然である。

単に私は、可愛いフューニャとスイーツを楽しもうと思って、お取り寄せしたに過ぎない。

丁度良い口実になるから、そこにフューニャのお隣の奥さんを招こうという、そういう作戦である。

だから本当は、フューニャと二人で食べたかった。

しかし、任務だから仕方ないですね。

それに。

「来てくれると思いますよ。明日にでも、誘ってみます」

「お願いしますね」

可愛いフューニャの友達として相応しいかどうか、私の目で確かめさせてもらう、良い機会です。