―――――――…と、いう訳で。
皆の人気者、このルリシヤ・クロータスが現在、何をしているかと言うと。
「うわぁぁ!もうやめてくれぇぇ!」
「俺は命じられただけなんだ!許してくれ!」
「…」
地下室で、拷問の様子を見せられていた。
さて、これはいかに。
俺も、ルレイア先輩ほどではないが。
それなりに波乱万丈の人生を送ってきた、という自負があるが。
まさか、組織に入党して早々、こんなものを見せられるとは。
ルレイア先輩と、ルレイア先輩の後釜である、帝国騎士団のルーシッドとかいうのが潜入したのは、ルティス帝国総合大学。
ルレイア先輩の弟子である、リア充ルーチェス後輩が潜入したのは、私立ローゼリア学園大学。
で、帝国騎士団からの要請を受け、俺が潜入した組織は。
現在帝国騎士団が把握している中で、最も活動的だとされている共産主義団体。
その名も、『帝国の光』。
何だか『天の光教』と名前がちょっと似てないか?と思ったそこの君。
鋭いな。もしかして仮面つけてる?
実際『帝国の光』は、『天の光教』が解散させられた後、『天の光教』の残党達が立ち上げた組織だと言われている。
しかし『帝国の光』は、『天の光教』と違って、宗教団体ではない。
『天の光教』の、宗教団体としての信仰ではなく。
『天の光教』が掲げていた、政治的な思想…要するに、王制打破や帝国騎士団制度の廃止…その部分だけを受け継ぎ、共産主義組織として活動している。
…らしい。
らしいというのは、まだ情報の裏が取れていないからだ。
どうにもこの組織、かなりの秘密主義で。
表向きは、何処にでもある平凡な共産主義組織の顔を被っているのだが。
その実は、かなり狂信的…と言っても良いほどのコミュニストの集まりらしい。
『天の光教』の残党と言うのだから、それなりなんだろうと想像は出来るが。
それなのに、そのことを巧妙に隠しているせいで、帝国騎士団でも調べきれないらしい。
そこで、俺が間諜として潜り込むことになった訳だ。
俺がそんな危険極まりない組織に潜入することに、難色を示したアイズレンシア先輩は。
「『青薔薇連合会』の諜報部を動かして、『帝国の光』を探ってみようか」と申し出てくれたのだが。
その気持ちだけ受け取って、俺は首を横に振った。
帝国騎士団でさえ、扱いに困っている組織なのだ。
『青薔薇連合会』が横槍を入れて、そのことがバレ、更に『青薔薇連合会』の幹部である俺の存在が、『帝国の光』に露見したら。
それこそ、俺の仮面が吹っ飛ばされかねない。
まぁ、そんなに簡単に吹っ飛ばされるつもりはないが。
そこで俺は、ほぼ孤立無援状態を維持して、『帝国の光』に潜入した。
が、それは、そんなに簡単なことではなかった。
断っておくが。
『帝国の光』に入党すること自体は、そんなに難しくなかった。
言ってることが違うじゃないか、と思われたかもしれないが。
まぁ、順を追って話すから聞いてくれ。
まず俺は、『帝国の光』本部がある貸しビルにやってきて。
「入党希望です」と告げた。
すると、受付にいた優しげなお姉さんは、「ようこそ、『帝国の光』へ」と言って、快く迎えてくれた。
その後、入党に当たって、と履歴書に似た、個人のプロフィールを書かされた。
大したことは書いてない。
名前と生年月日と年齢と学歴職歴、入党動機…等。
本当に履歴書みたいだな。
俺は、指示された通り、素直に履歴書に記入した。
勿論、本当のことを書いた訳ではない。
名前は偽名だし、生年月日も適当なもの、学歴と職歴と入党動機については、あらかじめ用意しておいたものを記入した。
学歴と職歴については、本物かどうか調べられてもバレないよう、『青薔薇連合会』の息がかかった学校と企業を書いておいた。
これなら、いくら調べられても、完璧に偽造出来るからな。
そこは、アイズ先輩に頼んだ。
彼に頼めば、そういう偽装工作は完璧だ。
で、無事入党を果たし、ホッとしたその週の日曜日。
俺は、早速『帝国の光』に呼び出された。
何をさせられるのかと思いながら、本部に向かうと。
そこには、俺と同じく、『帝国の光』に入党したばかりの新人達が集められていた。
何だ、新入社員研修かと思ったら。
そこで、「これから適性試験と面接を行う」と言われた。
聞いてないぞ、そんなこと。
そういうことをするなら、入党前に言ってくれ。
俺と同じことを思ったらしい、別の新人の一人が、顔を青ざめさせながら、
「もしその試験に落ちたら、入党取り消しになるんですか?」と尋ねた。
しかし。
受付のお姉さんは、優しい笑顔で答えた。
「そんなことはありませんよ。ただ、試験と面接を通して、皆さんの得意なこと、不得意なことを把握し、党をより良い方へ貢献してもらえるよう役割決めをするだけです」とのこと。
要するに、党内での配置部署を決定する為の試験であって。
この試験の成績が悪かったからと言って、組織から追放される訳ではないらしい。
そして、小さな教室みたいなところに連れて行かれ。
そこで、ペーパーテストを受けさせられた。
一般常識を問われる試験から始まり、政治思想に関する短い小論文、心理試験も混じっていた。
成程、これでは試験結果を「加減」するのは難しい。
俺は迷った。
一般常識試験は勿論、小論文も、彼らが感嘆するほどの素晴らしい出来にすることは可能だ。
心理試験の結果を「加減」するのは難しいが、それだって、試験の内容を知っていれば、ある程度の操作は可能だ。
つまり、彼らにとって「貴重な人材」を演じることは出来る。
が、俺は今、それをするべきか?
正直、これには少し迷った。
スパイ活動の原則は、目立ち過ぎてもいけないし、全く目立たないのも駄目だ。
あくまで平凡で平均で、何の害もない有象無象の一人であるべきだ。
しかし。
『帝国の光』は秘密主義の組織。
表向きの顔の裏に、そう、さながら俺の仮面のように、彼らには裏の顔がある。
果たして彼らは、有象無象の一人でしかない俺に、裏の顔を見せるだろうか?
…恐らく、それはない。
ここにいる新人達の大半は、きっと有象無象の一人となる。
そして有象無象の彼らは、あくまで『帝国の光』の表向きの組織を構成し、目眩ましの役割に使われるだけ。
これは、そういう試験なのだ。
組織にとっての表向きの顔を構成する有象無象と。
そうでない、組織の本当の顔を構成する、選ばれた党員を選別する為の試験。
だとしたら、俺はどうするべきか。
試験結果を操作し、有象無象になることは簡単だ。
だが、それでは『帝国の光』の、表向きの顔しか見ることが出来ない。
表向きの顔をいくら見ても、意味がない。
危険なことは分かっている。
それでも俺は…俺が、スパイとして潜入したからには。
危険を犯してでも、『帝国の光』の本当の顔を見るべきだ。
そうでなければ、潜り込んだ意味がない。
そう決断した俺は、一般常識試験と小論文を、本気で回答した。
多分一般常識試験の方は、全問正解だろう。
小論文の採点結果は知らないが、恐らく高得点を取っているものと思う。
で、次の面接試験も。
いかにも共産主義者が望むような、模範解答をしてあげた。
何なら、俺が力説し過ぎて、面接官の方が押され気味だった。
まぁ、これだけやっておけば大丈夫だろう。
…ところで。
そんな俺でも、面接試験のとき、ちょっと困る質問をされた。
そう、俺のアイデンティティである、仮面についての質問だ。
こればかりは多分、面接の質問項目にあった訳ではなく。
単に、面接官が気になったから聞いてきたんだろうけど。
面接終盤になって、不意に面接官に聞かれた。
「その仮面はどうしたんですか?」
「…」
先程までの質問には、ほぼ即答してきた俺だったが。
こればかりは、ちょっと考えてしまった。
まさか、仮面についてツッコまれるとは。
どうしたんですか、って何だ。まるで仮面をつけている俺がおかしいみたいじゃないか。
むしろ俺が聞きたい。
「何であなた方は、仮面をつけてないんですか?」と。
しかし、面接において、質問を質問で返すのはタブーの一つ。
仕方なく、俺は何と返事をするか考えた。
選択肢は三つ。
まず一つ目。「これは俺のアイデンティティです」。
事実だな。一番正直な答え。
次に二つ目。「傷があるので、隠してるんです」。
真っ赤な嘘だが、無難な答え。
最後に三つ目。「この仮面を外したら、俺の顔が爆発するんです」。
…まぁこれも事実みたいなものだ。
さて、どの選択肢を取るか。
一つ目の選択肢は、本音ではあるのだが…。
共産主義団体に所属する以上、アイデンティティは共産主義思想でなければ、模範的なコミュニストであるとは言えない。
よって、一つ目の選択肢は却下。
次、二つ目の選択肢。
顔に傷があると言えば、大抵の人は、それ以上は何も聞かないでくれるだろう。
しかしこれは真っ赤な嘘なので、もし何かあって仮面を外すことがあったら(そんなことはないと信じたいが)。
「あれ?傷ないじゃん」とバレてしまう可能性がある。
スパイとして潜入にする上で、組織の人間に嘘をつくのは避けた方がいい。
それに、相手は皆平等がモットーの共産主義団体。
「傷なんて気にしないでください。ここでは皆平等ですから」とでも言われたら、外さずにはいられないからな。
二つ目の選択肢も、却下。
で、残る選択肢は…。
「…実は俺、この仮面を外したら」
「…外したら?」
「…顔面が爆発するんです」
「…」
面接官は、ポカーンとしていたが。
俺があまりにも、真剣な顔で言うものだから。
「ば、ばく…は、はぁ。そうですか」
そう言ったきり、それ以上は何も聞かれなかった。
やはり、嘘をつくのは良くない。
正直に本当のことを言えば、大抵のことは乗り越えられるものだ。
で、その適性試験があった、翌日。
俺はまたしても、呼び出しを受けた。
そして、この間までとは一変して、険しい顔をした受付のお姉さんに。
「見せたいものがある」と言われ。
連れてこられたのが、現在俺がいる、この地下室。
と言うより、拷問部屋であった。
阿鼻叫喚の拷問を見せられ、俺はどう反応したら良いのか、考えあぐねていた。
「なんて酷いことを!」とか言えば良いのか?
そんな月並みなことしか言えないなら、見せられた意味がない。
とりあえず、向こうから何か言ってくるまで。
俺は、黙って拷問の様子を眺めていた。
非情に思えるかもしれないが、俺も裏社会の人間だ。
この程度の拷問を見せられたくらいで、動じたりはしない。
すると。
「ごめんごめん、待たせたな」
「?」
地下室に、新たな人物がやって来た。
若い青年男性だ。
彼は、拷問を受けている二人をちらりとも見ようとせず。
真っ直ぐに、俺と、案内役の受付お姉さんのもとにやって来た。
これは誰…。
と、思ったら。
「総統!お疲れ様です!」
受付お姉さんが、青年に向かって敬礼した。
本当に敬礼した。
軍隊か?ここは。
それに、総統って…。
「うんうん、ありがとう。じゃ、あとは俺が引き継ぐから、上に戻って良いよ。用事が出来たら、また呼ぶから宜しくな」
「は、畏まりました」
お姉さんは再度敬礼し、更に一礼して、その場を辞した。
…成程。
俺は、大体事態を把握した。
そして。
「やぁ、初めまして。俺はヒイラ・ディートハット。『帝国の光』の党首だ」
自己紹介ありがとう。
予想していたから、さして驚きもしなかった。
…これが。
彼が。
帝国騎士団が警戒して、『青薔薇連合会』に協力を嘆願するほどに危険視していた、共産主義団体の党首。
こんな青年が。
ルレイア先輩じゃないが、それこそ大学に通っていてもおかしくないような、若い青年が。
俺は、品定めをするように彼を見つめた。
別にバレても構わない。
向こうもまた、俺を値踏みするかのような目で見ていたから。
しばらく、お互いの顔を見つめた後。
ヒイラと名乗った彼は、何事もなかったかのように聞いてきた。
「それ、何?その仮面」
皆して、気になるのはそこなのか。
あまりにも格好良いから、羨ましいのかもしれない。
「外したら爆発するんです」
「はは!面接のときにも言ってたな、それ」
…面接。
あの面接のとき、この人は部屋の中にはいなかったはずだが。
すると。
そんな俺の内心を読んだかのように、彼は言った。
「あの面接、全員録音してあるんだ。だからそれで聞いた」
そういうことだったか。
まぁ、今時スマートフォン一台で、簡単に盗聴可能だからな。
驚くべきことではない。
それより。
「あなたが、この『帝国の光』の党首なんですか」
「そうだよ。正真正銘…俺が『帝国の光』の党首だ。大変だよ。お陰で、誰かに会えば、ああやって敬礼される。俺は別に、敬われたい訳ではないんだけどなぁ」
「…」
「俺のことは別に、名前で呼んでくれて構わないからな。敬語も必要ない。堅苦しくて仕方ないからな」
にこり、と笑顔でそう言う彼は。
確かに、好感を持てる青年なのだが。
忘れてはいけない。
彼の横にある鉄格子の中では、今でも断末魔のような叫び声があがっているのだ。
そしてそれを止めない辺り、指示したのはこの男なのだろう。
そんな人間に、無警戒に好感を抱く訳がない。
「じゃあ…ヒイラ総統」
「結局総統って呼ぶのか?」
「俺をここに呼び出した理由を、聞かせてもらいたい」
「うん、まぁ呼び方なんてどうでも良いか…。そうだな、俺はそれを、お前に話しに来たんだよ」
それはそれは。
「これだよ」
そして、そのときになってようやく。
ヒイラ総統は、ずっと無視していた、拷問部屋を指差した。
そこでは、爪を剥がされ、その指に一本ずつ釘を刺されている、憐れな二人の人間がいた。
忘れていた訳ではなかったらしい。
「これが何だか、分かるか?」
「あぁ。拷問を受けてるな」
「そうだ。何で彼らが拷問を受けてると思う?」
「組織によって拷問を受けてるってことは、その組織に害するような行為をしたからだろう?」
「その通り。でも、もっと具体的に言えば?」
具体的に?
「そうだな…。『帝国の光』の思想に反対したとか、党の金を横領したとか…」
「はは、確かに、それも拷問対象だな」
そうなのか。気をつけるよ。
「でも、大事なことを忘れてるぞ」
「大事なこと?」
「党の活動や、党員の発言を…党以外の人間に密告すること。党員として、最も重い罪だ」
「…」
ヒイラ総統の目は、憎悪に染まっていた。
憎悪と、そして脅しだ。
「こいつらは、党の活動を勝手にSNSに載せたんだ。写真付きでね。勿論すぐに消させたから、それほど流出はしてないはずだけど」
そうなのか。
後で調べた方が…いや、これすら、俺を試す試験なのかもしれない。
そう、これは試験なのだ。
そして、こうして残酷な拷問を見せ、党を裏切ったらお前はこんな目に遭うのだ、と見せつける為の…脅しも兼ねている。
一般人なら戦慄するだろうが、如何せん俺はマフィアなんでね。
これくらいは日常茶飯事で、特に驚くようなことも、怯えるようなことでもない。
「確かに、党の秘密を勝手に流出させるのは、許されざる罪だな」
「だろう?」
当然のことのように言うヒイラ総統。
マフィアでも、意図的な情報の漏出は罪に問われるからな。拷問を受けさせるのは良いとして。
俺が気になるのは、その後だ。
「この二人は、この後どうするんだ?」
これがマフィアだったら、拷問した後そのまま射殺だ。
で、『帝国の光』では、拷問にかけた党員を、その後どうする?
「二人には、更生してもらうことになる」
「…更生?」
「今一度、『帝国の光』党員として相応しい人間になるよう、改心してもらうんだよ」
…笑顔で、とんでもないことを言う。
つまり洗脳し直すってことだな。
やっていることは、憲兵局のそれと変わりない。
「成程、それは必要なことだな」
「分かってくれて嬉しいよ」
俺は分かりたくなかったけどな。
すると。
ヒイラ総統が、冷たい笑顔を俺に向けた。
「…それで君は、彼らのような馬鹿なことはしないよな?」
「…」
…その眼差しは。
信頼しているはずの同志に対する、それではなかった。
完全に、俺を疑ってかかっていた。
だが、俺は狼狽えなかった。
こんなものは、ただの首実験みたいなものだ。
単なるカマかけと思っても良い。
俺が本当に、忠実な『帝国の光』党員であることを、確かめようとしている過ぎない。
大体、本当にこの時点で俺がスパイだとバレているなら。
既に俺は、拷問されている彼らの三人目として、鉄格子の中に仲間入りしてるだろう。
だから、俺は淡々と答えれば良い。
「どうやら俺は、『帝国の光』への忠誠心を疑われているようだな」
俺は、不満さえ交えてそう言い返した。
「俺はルティス帝国と、この『帝国の光』に身命を懸けるつもりでここにいる。そんな下らない質問をされに来た訳じゃない」
「…」
「尋問は終わりか?ヒイラ総統。これ以上、俺が忠誠心を示すのに言葉が必要なのか」
「…ふふ、ははは」
総統は、笑った。
今度は、心からの笑みだった。
「そうか。悪かったな、でも気を悪くしないでくれ。これは『裏党』に入る為の、通過儀礼みたいなものなんだ」
「『裏党』?」
「そう。君の…いや、君達新人の適性試験の結果は、俺も全部見させてもらった。その中で君だけは、ずば抜けて素質があると判断した。稀に見る逸材だよ」
お褒めに預かり光栄だな。
あまり褒められたい相手ではないが。
「そこで、君には『裏党』に入ってもらうことにした。これは、その通過儀礼なんだよ」
「その『裏党』とやらについての、説明がもらいたいな」
「あぁ、良いとも。勿論説明するよ。君は見事通過儀礼を終えたんだから」
一歩、足を踏み出す度に。
俺は、猛獣の檻の中に近づいている気がした。
「『帝国の光』には、表向きの顔と、裏の顔の二つがある」
「…」
…それは、知ってるが。
まさか党首自らが、その事実を公然と認めるとは。
「表向きは、コミュニズムを少しでも齧っているなら、誰でも歓迎する共産主義団体。要するに目眩ましだな。大多数の党員がこっちに…『裏党』の反対だから、『表党』だな。党員の大半はその、『表党』に入ってる」
俺と一緒に、適性試験を受けた新人達。
その大半が、目眩ましの為の『表党』に入ったと。
そして、俺だけはここに連れてこられた。
適性試験を受けた結果、俺だけは『裏党』に入る資格があると判断された訳だ。
「『裏党』では、どんなことを?」
「こんなことだよ」
総統は、鉄格子の向こうを指差した。
成程。
血生臭いことを、何でもやってるって訳か。
「俺を含め、『裏党』にいるのは、熱心なコミュニスト達ばかりだ。『天の光教』から流れてきた者もいる」
お前も、その『天の光教』から流れてきた一人なのか、と。
聞きたいと思ったが、俺は聞かなかった。
まだそのときではないし、『天の光教』と『帝国の光』が繋がっていることを、俺が知っているのは不自然に見えるだろう。
「悠長なことはしていられない。一刻も早く、ルティス帝国は変わらなければならない。それは君も分かるだろう?」
「そうだな」
条件反射のように答えたが、それはあくまで建前だ。
「腐った社会だよ、今のルティス帝国は」
ヒイラ総統は、吐き捨てるようにそう言った。
「うんざりするようなことばっかりだ。王族や貴族達、その後ろ盾である帝国騎士団だけが特権を持ち、俺達のような一般人には、入り込む隙なんて皆無に等しい」
「…」
「この独裁政権を、誰かが打破しなければならない。箱庭帝国が、その良い例だろう?」
…ルレイア先輩が、常々名前を忘れる彼のことだな。
あの頃はまだ、俺は『セント・ニュクス』にいたから、あの革命についてはそれほど詳しくないが…。
ともかくあの国は、ルアリスという一人の人物が立ち上がって、彼に呼応する人々もまた立ち上がり。
長らく箱庭帝国を支配していた、憲兵局という独裁政権を打倒し、民主的な国を手に入れた。
そして。
今度はルティス帝国でも、同じことを起こそうとしている者がいる。
ここに、俺の目の前に。
それが、このヒイラ・ディートハットという人物なのだ。