村沢羽澄(むらさわはすみ)は念願叶い、この春から東京の美術大に入ることができた。

 実家は東京に近い、海辺の観光地で、2時間も電車に乗れば行き来できるのだが、やはり住むとなると嬉しいものだ。

 渋谷とか表参道、新宿…憧れの街の近くに住むことができる、と思ってたのに。
 受かったのは郊外の大学で、全く受からないより遥かに良いはずなのに、実家と変わらない身近にあるのは木、木、木みたいな環境に悲しかった。

 といっても、それなりに大学生活を楽しんでる。
 やっぱり一人暮らしは自由だし、趣味の合う友達も出来たし。でも、なにか物足りない……。


 今日も外は雨が降っている。水はけの悪いグラウンドは、泥濘が一段と酷い。
 次の教室の校舎へはグラウンドを突き抜けた方が断然早いのに…。こんな小さいことに、わたしは深く落胆した。

 6月、梅雨まっさかりのこの日。食堂でAランチを食べ終え、お茶を飲みながら、降り続く雨を眺めていた。


「羽澄。そろそろ3限いかない。」
 山野明日香がわたしを覗き込んできた。

 明日香は、大学に入って最初に仲良くなったクラスメート。
 栗色の巻き毛に、いつも短いミニスカに高いヒール、しかもクッキリとした顔立ちにバッチリきめたギャル風メイクで、この学校では浮いた雰囲気。私も始めは明日香に近寄り難かった。
 そして私は、普通の地味なよくいる大学生。なのに明日香曰く「話があうと思うんだよね。」らしい。
 受験を終えてから東京に出てくるまでの1ヶ月、JJやらCamCanやらお決まりのお姉系雑誌を、読み漁って研究したのが多少はニジミ出ているのだろうか…。


「明日香ー。今日も雨だよ。パンプスが泥に埋まっちゃう。」
 わざとらしく口を尖らせると、明日香は眉を潜めて、
「こんな雨の日に、わざわざ外の近道行きたがるのは、あんたくらいだよ。ほら、渡り廊下から行くよ」
 と言い放ち、私の首根っこを掴み引っ張り
「ほら行くよ」と、明日香が立ち上がるので、
「ちょっと待ってよー」と慌てて荷物をまとめ、食器が乗ったトレイを持ち立ち上がった。