奏汰はそっと画面を開いた。 充電はフルの状態で、置かれてそんなに時間が経っていないのだとわかった。
 奏絵の携帯は、画面の周りをラインストーン風のシールでデコレーションしていた。奏絵のお気に入りの一品。勿論そのままでどこも変わりない。


「あっ…」

 奏汰は違いに気が付いた。
 
 バックライトでパッと映し出された待ち受け画面。


 ―そういうことか…。

 文字が書かれていた訳ではない。
 でもしっかりとした奏絵のメッセージと奏汰は受け取れた。画像が物語っている。
 


 画像は、曾祖母を囲み、祖父母、伯父伯母、そして奏汰が笑顔でカメラを見つめていた。
 今年の曾祖母の誕生日に交代で携帯やデジタルカメラで撮った1枚。


 ―奏絵。捨てたんだ。

 ―家族を捨てた。ここの思い出も。


 奏汰は納得ししたかの様に頷いた。
 ぎゅっと奏絵の携帯を握り締め、林の上に微かに見える空を食い入るように睨んだ。



 ―カナは…俺も捨てたんだ。



 奏汰の目には涙が滲んだ。
 食いしばっても、抑えることは不可能で、次から次へと溢れ落ちていく。


 空を見つめたまま歩いた。
 元来た道ではなく、林道を抜け、車の行く道をトボトボと行く。

 近くのどこにも奏絵を感じなかった。
 もうどこに奏絵の空気が通じるのかわからない。

生まれてからずっと―、母親のお腹の中にいた時から、ずっと側に妹―





 ―十五の夏の終わり。

 俺は、大きなかけがえのないものに棄てられた。

 どこをどう、歩むべきか、わからない。まるで明るい道しるべを失って、暗闇に残された様だ。


 とてつもない空虚と不安。


 蝉の、夏の終わり間近を嘆くように絞り出された声が、今も耳に残る。