まるで飛び掛るように、奏絵の部屋に入った。
 激しく首を左右に振り、部屋中を穴が開くほど睨み付けた。一見それは、昨日入ったときと何の変哲もない―机の上は綺麗に整頓され、布団は端に折りたたまれ、お気に入りのワンピース数着だけ窓辺に掛け、床には服や本一つすらも散らばっていないのだ。
 それでも、奏汰には違和感があった。
 ―何かが違う。
 それが何かと聞かれても明確に応えることは出来ない。一つ言うなれば、空気が違うということが感じている違和感なのかもしれない。

 根拠などはないけれど、一つの結論が奏汰の脳内を一気に駆け巡った。

 ―居ない。

 ―奏絵がいなくなった。

 奏汰は、ドカドカドカ―と、ものすごい足音を立てて廊下を一目散に走り抜け、玄関に向かった。
 その音で目を覚ました加代子が
「そうちゃんどうしたの。」
 と、通り過ぎる奏汰を呼び止めたが、奏汰の耳には届かなかった。
 玄関に無造作にひっくり返った、自分のスニーカーを履くのはもどかしく、普段誰かが突っ掛けているサンダルに足をいれ、外へ飛び出た。


 太陽はまだ高かった。起きたばかりで目がくらんだ。奮い立たせるように、目を腕で擦る。
 結局着替えそびれた、寝汗の染み込んだTシャツが、上半身にへばりついた。まるで身体が鉄の鎧が巻き付けられた様に重たかった。

 奏汰は走った。
 車の通れる表道ではなく、昔奏絵と見つけた獣道。
 もう5年は通ってなかった道なのに、身体が覚えている。目印などないのにあの場所へ、ぐんぐん足は向かっていく。時々伸びた雑草や落ちている蔓に、何度となく足を取られよろけた。
 そんなことは気にしている場合ではない、例え足が縺れて転げたとしても。
 一刻も早く、奏絵と二人だけの秘密基地へ、向かわなければならないという強い思いが奏汰の足を次々と動かした。奏絵が居るという確証は全くない。それでも向かわなければならない。

 ―秘密基地行かないといけない。カナが呼んでる。

 奏絵の部屋に入った瞬間から奏汰の心を支配していた。