鍵を掛け忘れていたドアは、ノブを下げるだけで簡単に開いてしまった。
 手を繋いだまま、自分が入り、後ろの羽澄に
「入ってよ」
 と一応声を掛けてから、引っ張りこんだ。

 パタン―、とドアが閉まり、真っ暗な部屋の中では近いはずのお互いの顔さえ見えなかった。
 壁に手を這わし、後ろ手に電気のスイッチを入れる。
 白熱灯のオレンジ色の明かりが仄かに、羽澄の表情を浮かび上がらせた。

 その顔はさっきみたいに赤くなっているわけでもないし、怒っている様でもなかった。ただ静かにこちらをみている。
 意外にも先に口を開いたのは羽澄だった。

「三浦先輩、手…離してください。」
「手……?」
 このまま、帰られてしまうのかと不安になり、ますます強く握り締めた。

「大丈夫です、よ?」
 羽澄は小さく笑い、何故か握られてない方の手でオレの眉間に触った。
 触られて初めて、自分の眉間に皺を寄せていたことが分かった。怒っている顔ではなく、絶対に泣きそうな情けない顔を羽澄に向けているのだと思う。
 それでもオレは羽澄を見つめ続けた。
「三浦先輩?手、痛いから離してください。大丈夫です、私帰りませんから。」
 そう言って、俺に握られた手を握り返してきた。
 なぜかふっと力が抜けてしまい、逆に握られる形になった。
 羽澄はもう一方の手で上から包みこみ、そっと両手を離した。

「ここに居ますから、寝てください。先輩具合悪いんです。」
 羽澄はオレをまっすぐに目を見つめ、笑いかけた。
 気恥ずかしくなり、頭を掻いて目をそらしてしまった。羽澄を見ず
「もう、酔いも冷めたし、大丈夫だよ。引き止めたり、あんなことしてゴメン。ちょっとお茶くらい飲んでいってよ。」
「じゃ、一杯だけ。」
 羽澄が靴を脱ぎ、オレの横をすり抜け部屋に入っていった。
 唖然とその姿を見送ってしまった。