翔樹side
鴻巣の言葉に、沈黙が流れる。
真実が違うものだと?
どういうことだ…?
「おい、お前は何のために澤田に潜入してるんだ。」
沈黙が流れる中、俺は鴻巣に問いかける。
鴻巣は、目を閉じて深呼吸をし、ゆっくり立ち上がる。
俺達の目を見てしっかりと言葉を発した。
「私は、澤田を潰すために潜入いたしました。先代の組長である功希様に命じられ、情報を姫野に報告していました。」
亡くなられてからは、自己判断で続けていましたという。
「私は極秘裏で、澤田を潰すつもりでいました。ですが…、澤田は様々な形で…。」
言葉につまる鴻巣。
深呼吸し、自身を落ち着かせて話を続ける。
「澤田は莉依様の心を壊し、凌佳様の代わりに自分のものにしようと企んでおります。」
ここにいる全員が更なる驚愕で声が出せない。
息が詰まりそうな程、衝撃で衝撃的を重ねた内容であった。
澤田は莉依を…欲しがってる?
「…、おい。澤田はUSBメモリーと、優杏の情報網が欲しいんじゃないのか!?」
何とか声を出したのは、大和だった。
「私も始めはそう思っていました。その情報が手に入れば、外に漏れることなく澤田は今まで通り人身売買ができると豪語してましたから…。」
豪語する程だったのに、どこで澤田は意図を変えたんだ?
鴻巣はわずかに表情を歪めた。
何を知っているんだ?
「澤田がおかしくなったのは、10年前の襲撃事件からなのです。」
「10年前…?」
「10年前澤田は、功希様と莉依様を殺すつもりでいました。」
「は!?」
莉依を殺そうとしてただと!?
「凌佳様の愛する2人を殺し、心を壊して自分のものにしようという残酷な計画だったんです。ですが、凌佳様が莉依様を庇って撃たれて亡くなられた。澤田の計画は大きくズレてしまった。そこからです、澤田が狂い始めたのは。」
鴻巣は、顔を歪めて苦しそうにしている。
一番辛いのは、鴻巣なのかもしれない。
自分の慕う組の長を目の前で殺され、自分は敵陣にいるから、泣くことも悲しむことも出来ず…ひたすら感情を抑えて今に至るんだ。
「刑務所に入り暫くして、刑務官に扮装した澤田の組員に脱獄を手助けしてもらい、この地に戻ってきた。そして言ったのです。」
ー凌佳は手に入らなかったが、娘の莉依がいるな。今度こそワシだけのものにする。ー
と。
「出きる範囲では、私の指示で私や他の組員が莉依様のところに向かって、澤田が直接会わないように仕向けてましたが、澤田自ら動き出してしまい…、私一人ではもう手が負えないほどにまでおかしくなっていた。」
「まさか、澤田は…いや、憶測でしかありません。」
晶が何か気付いたように言うが、言葉を濁す。
「…俺も思っとったが、姫ちゃんのトラウマを引き出そうとしてるんとちゃうか?」
「あり得るな…。あの澤田のことだ、やりかねない。」
礼と慶一郎も、何とか声を振り絞って思いを言葉にする。
「トラウマを使って、洗脳しようってやつか…。とんでもねぇ野郎だな。」
静かに聞いていた龍也も、表情を歪ませていた。
澤田が動き出しているということは、莉依も何かしらの形でこの事実を知ったということか?
莉依は…、どこまで知っているんだ?
俺の心を読み取ったのか、大和が代弁するかのように鴻巣に聞く。
「その事、莉依は知ってるんですか?」
「大和様…。凌佳様の事を澤田が好いていた事はご存じでした。先程、聞かれましたから。きっと、功希様が何かしらの形で莉依様に知らせられるようにしていたのでしょう。ですが、莉依様を手に入れようとしていることはまだ…。」
「莉依の事だ、直ぐに勘づくはずだ。」
そう…莉依は人一倍勘がいい。
そして周りを巻き込ませないために…。
「一人で何とかしようと…、本当に動くかもしれねぇ。」
そうなると、澤田の思う壺だ。
その時、親父が俺の目の前に来て真剣な眼差しを向けていた。
「翔樹、組長命令だ。」
「は?こんな時に何だよ!?」
何故にこのタイミングでだ?
「翔樹、晶、礼、慶一郎は莉依ちゃんを守るために動け。清宮の事は心配すんな。」
必ず守るんだろ?
そう言う親父の目にはうっすら涙が見えていた。
「龍也もだ。」
孝さんも同じように、龍也に指示していた。
「清宮の若、大和様、川城の若、私は裏から莉依様を守れるように動きます。あなた方は、堂々と正面からぶつかってください。」
鴻巣は、表情をもとに戻し、しっかりとこちらを見ていた。
「奏希様、もう1人のシークレット組員の事…話しておいた方が言いかもしれません。」
「あぁ。必ず動いてくれるはずだ。」
奏希さんの口から出たのは、まさかの人物であった。
1日でこんなに驚いたことは、人生で初めてだ。
「烏丸信吾に会ったことあるだろ?そいつはもう1人のシークレット組員だ。」
開いた口が塞がらねぇ。
晶達も、大和達も開いた口が塞がらねぇようだ。
この前会ったばっかりの奴が、シークレット組員?
良く見ると親父達も驚いている…。
それだけ、姫野は謎だらけだったことが解る。
「烏山信吾は、初代白龍の副総長にして、実力も兄貴に負けず劣らずだったんだ。今は店をやりながら秘密裏に澤田の事を探っている。我々は組を守る。清宮の若はそいつに会って動けるようにして欲しいことを伝えてくれ。大和達は、莉依ちゃんの動きを注意していてくれ。」
奏希さんが言うと、鴻巣はもう時間ですので戻ります。必ず、お守りしましょう。
そう言い残して、ここを出ていった。
色んな話がありすぎて、正直頭はまだ整理し終わってない。
だが、莉依を澤田なんかに渡してたまるか。
独りになんかさせねぇ。
翔樹side end
鴻巣さんが、少し早めに姫野に来たことに驚く。
どうしても外せない用があるようで、早めに来たと言っていた。
報告に来た鴻巣さんは、澤田は組員を半分連れてくると言っていた。
もう半分は、清宮、川城、神子芝と配置している。
満里奈のところには、自分が行けば他は必要ないと鴻巣さんが手を回してくれたみたいで少し安心した。
「ねぇ、鴻巣さん?」
「はい、何でしょうか?」
「…澤田は、いつから母を好いていたの?」
私の質問に、表情は崩さなくとも、身体が少し反応した。
何か知っている…。
「父の休息の部屋から、こんな紙が出てきたの。」
『澤田が凌佳を手に入れられず、逆上して狙っている。』
その紙を見た鴻巣さんは、深呼吸して私にゆっくりと話し始めた。
「澤田は、功希様と凌佳様が出会われた頃から好いておられました。ですが、当時立ち上げた白龍で凌佳様をお守りしていました。」
ですが、歯切れ悪く続ける鴻巣さん。
「10年前、凌佳様が亡くなられてから少しずつおかしくなっていきました。澤田の精神は、凌佳様で成り立っていました。」
「母は居ないのに、どうやって精神を保ってたの?」
「…、分かりません…。」
鴻巣さんは、何かを言おうとしていたが、言葉を続けず、否定の言葉を出した。
鴻巣さんは、確実に"何か"を知っている…。
いや…、隠してるが正しい。
私にも言えない重大なこと?
「澤田は、母がいない今、何をしようとしてるのかしら…。」
「私から申し上げられることは、澤田は何をするか分からない状況です。現に、潜入してはいるものの、澤田組の組員である私ですら手がつけられない状況になることもあります。」
気を付けてください。
今の澤田は、組員にですら手をあげています。
自分の組員にまで!?
何て人…。
鴻巣は、私に書類を渡す。
「こちらは、人身売買の顧客リストの毎月の契約日が記されています。丁重にお扱いを。私から有馬さんには報告済みです。近々動いてくれるはずです。」
そう言って鴻巣は、この部屋を後にした。
本当、連日頭がパンクすることばかり。
「何でこれを伝えようと思ったのかな?」
父からのメモを開いて再度目を通す。
紙の三分の一当たりに書かれている父の文字。
ん?
三分の一?
何で余白をこんなに残したのかしら?
日に当ててみたり、触ってみたりと角度を変えながら見てみる。
よく見ると、筆圧の後が見られる。
何か書いてから消した…?
シャーペンを出して、文字が書かれていたであろう場所を黒く塗っていく。
読み通り、何か書かれていた。
『莉依の机の引き出し、上から2段目。』
そう書かれていた。
私の机の引き出し?
2段目の引き出しを開けるも、空っぽで何も無い。
「何も無いじゃな…。」
言葉が途中で出てこなかった。
幼い頃、父が私に言っていた言葉を思い出す。
私が机でお絵描きをしていると必ず言っていた言葉。
『目には見えなくとも、その裏には必ず真実がある。』
引き出しを引っ張り出して裏を見る。
…が何も無い。
「あるわけ無いか…。」
でもよく見ると、1ヶ所色が違くなっているのに気付く。
よく見ないと分からない程の違い。
マイナスドライバーなら隙間にはいるかな。
マイナスドライバーを持ち出して、隙間には入れ、テコの分量で動かす。
「開いた…。」
薄めの空洞になっていたそこには、白封筒が入っていた。
中には二枚の小さめの便箋。
手紙の内容を見て、驚愕する。
父からの手紙…遺書だ。
『莉依へ。これを見つけたと言うことは、父さんはこの世に居ないことになる。遺された莉依に、伝えなければならないことがあるから筆を取った。澤田は、俺と莉依を狙うはずだ。そうすれば、凌佳を手に入れられると考えているようだ。そして、もし、莉依が生き延びていたら、執着の矛先が莉依に変わるかもしれない。莉依が5歳の時に、澤田が一度組に来て襲撃してきたときがある。その時アイツは莉依を見て、"凌佳に似て綺麗な顔をしている。"と言っていたんだ。その表情は、凌佳を見ているときと同じだった。いいか莉依。澤田が言うことは、全部自分の良いように動かすための戯言だ。惑わされるな。お前の心を壊そうとするならば、それは嘘。闇に落ちるな。必ず生き延びろ。父功希より。』
10年前、狙われてたのは父と…私…?
母ではなく私…。
澤田は…母を手に入れたくて襲撃事件を起こしたってこと?
でも、それと私に執着しだしているっていうのはいったい…。
母は私を庇って撃たれた。
私が飛び出さなければ、そうはならなかったと言うのは変わりの無い事実。
澤田は予想を覆され、生き延びた私に殺意の目を向けたってこと?
「パンクした頭が、消えそうなくらい動かない。」
奴は今も尚、姫野に執着するのか…。
「脱獄するほどの理由があるのだろうか…。」
明日、情報と優杏さんの情報網を引き渡す際、何かが起きる?
その"何かに"引きずり込まれてしまうことを、私はまだ知らない…。
2枚目の文の最後、良く見てみると、薄く姫野の上層部のみ知る暗号が書かれていた。
21-01-21-72-23"-72-21"-13-91-52-12-93.
…カワカミグミガウラニイル?
川上組?
この辺に、川上組なんて無いんだけれど…。
一体、何処の組の事を父はここに暗号として残したのだろう…。
悩んで悩んで悩みまくっているときに、扉をノックする音が聞こえた。
「はい?」
「莉依ちゃん、優杏です。」
優杏さん?
どうしたんだろう…、心なしか声に焦りが含まれている…。
私は入るように促し、優杏さんを見る。
瞳が揺れている…。
何かに怯えている?
それとも動揺している?
「どうしたの?大和達は?」
珍しく1人でいる優杏さん。
大和達は、総会の片付けで居ないらいし。
あぁ。姫野が会場だから、片付けもしっかりやらないとだものね。
1人で納得をしていると、優杏さんが口を開いた。
「澤田のデータベースを調べていたら、ある組の名前が出てきたの。」
ある組の名前?
「川上組。」
息をのむ。
私が今さっき、手紙の内容から知った組の名前…。
澤田と関係があるの?
「…調べたところ、川上組は関西で最恐最悪で最大の組。関西で知らない者はいないと言われている組よ。」
関西!?
何で関西の組が、関東に?
しかも澤田との繋がりがあるって…。
オーバーヒートしそうだ。
「その名前があるという事は、澤田はその川上組の傘下に入ったということ?それとも澤田の傘下に?でなければ同盟を組んだ?」
もう、解らなすぎて考えが纏まらない。
どうして澤田のデータベースに関西の組の名前があるの?
傘下に入る、入れるにしても、前例がないことよ?
そんなことあるの?
「優杏さん、私の父は川上組の名を姫野の暗号でこの手紙に残していたの。父は何を知っていたのかしら…。」
「莉依ちゃんのお父様も…。実は、姫野のデータベースに、特殊な鍵がかかっているデータがあったの。私の両親が掛けた…特殊な鍵データよ。」
ん?
何か関係があるの?
私が優杏さんをじっと見つめ、次の言葉を待つ。
「何とかして開けてみたの。そこには、川上組に中里の情報網を澤田が渡すために動いている事、その変わりに澤田は人身売買の金銭全てを川上組がまとめて澤田に渡すという条件があったことが書かれていたの…。」
人身売買の金銭全てを川上組からもらうかわりに、澤田は川上組に優杏さんの両親の情報網を渡すことを…交わしたということ?
「澤田が脱獄したのは、それがあったからということ?」
「わからない。両親のデータにはそれしかなかった。」
そうか…。
謎がまた増えた…。
もう、どうしてこうも私の身の回りで謎が飛び交うの?
嫌になるなー。
「兎に角、川上組を優杏さんは調べてくれますか?どう動くのかも含め。」
「わかった。何か分ければ報告するね。」
そう言って、優杏さんは部屋を出た。
優杏side
ー…莉依の部屋を出た優杏は、廊下で1人たたずむ。
私は1つだけ、莉依ちゃんに嘘をついた…。
私の両親が鍵を書けていたデータにはもう1つの情報があった。
"川上組に中里の情報網と共に娘を渡す事が澤田に出したもう1つの条件。"
川上は、私を狙っている。
きっと、両親の情報網を扱うためにも、私が適役と思ったんだろう。
澤田の事が終わっても、それはただの序章にしか過ぎないのかもしれない…。
「莉依ちゃん…ごめんね…。」
私は小さく言葉を落とした。
莉依ちゃんにはこれ以上苦しんでほしくない。
正義感が強い莉依ちゃんは、この事を知れば、必ず動こうとするでしょう。
でも、これは私の案件。
姫野組を巻き込むわけにはいかないー…。
優杏side end
「そーいや、澤田に場所と時間言われとらんな?」
翌朝準備をしていると、芳樹の言葉が部屋に響き渡る。
…何でこうも緊張感がないかね。
そう思っていると、陽介が鉄拳を下す。
「いってぇ!何さらすんじゃボケぇ!」
「馬鹿が吠えるとうるさい。」
「なんやとー!?やるか!?」
朝からうるさいわね。
「芳樹、陽介もやめろ。新、出てるだろうな?」
「はい。澤田のデータベースには、姫野向けにメッセージがありました。」
そう言ってタブレットを私たちに向ける。
夜深く、光消えしとき、
野原の雲が多く見えし闇夜を
九時の漆黒が生み出し、
時は流れ君を想う。
似ている眼差し重ね合わせ、囁く。
澤のほとりに小鳥が謳う。
田畑が奏でる愛の中、
組織をも消し去る力を手に入れた。
経た時は戻らずとも、愛は永遠。
来たるその時、
いとおしいと心から捧げよう。
澤田からのメッセージ…。
「…?何やこのキッショイ文章…。全くワケわからんやんけ! 」
芳樹の言葉に、皆がずっこける。
その横で、優杏さんは笑いをこらえている。
「…、お前解らないのか?」
大和がすかさず突っ込むも、芳樹は解らねぇんやから聞いとんや!と吠える。
「芳樹、うるせぇ。説明するから黙れ。」
陽介がキレた。
でも、芳樹は怖がることなく、吠える。
「芳樹、これ、縦読み暗号よ?」
優杏さんは、必死に笑いを堪えながら伝える。
「縦読み暗号?何やそれ?」
「そんな事も解らねぇのか、クソバカ芳樹が。」