わたしは背を向け、駆け出した。

今まで感じたことのない感覚に戸惑った。

振り払いたかった。

消してしまいたかった。

こんな不可思議な感情なら要らないって思った。

ダッシュで昇降口を飛び出し、バス停まで途中スピードを緩めながらも走った。

19時08分のバスに乗りたかった。

乗らなきゃならなかった。

そうしないと、この胸がパンパンに膨れてほんの少し触れただけで割れてしまいそうな気がしたから。


「はぁはぁはぁ...」


バス停まで残り50メートルに迫ったところでバスがわたしの視界に入って来た。

バス停に並んでいる人は...1人。

バスは停車した。


「ま、待って...」


か細い声では誰にも分かってもらえない。

しゅーっと音を立ててドアが閉まり、バスが走り出す。

わたしの足は止まった。

頑張って走ってきたのに、ついに頑張る理由がなくなった。

わたしはノロノロと亀の歩みでバス停のベンチまで歩いていき、どっしりと腰を下ろした。

そして、ふと夜空を見上げる。

宝石のような星が藍色の雄大なキャンバスに散りばめられていてとても鮮やか。

それに対して、月は優しく穏やかな表情でこちらを見つめている。

星は眩しいから爽だな。

で、月は色白で美しいから深月さんだな。


じゃあ、わたしは?

わたしはこの宇宙のどこにいるの?


目にも留まらないくらいのか弱い光しか放ってないんだろう。

それじゃあ誰にも見てもらえないよ。


鼻の奥がつーんとして視界が歪んでまともに見ていられなくなった。

わたしは楽器ケースを抱き締めて静かに瞳を閉じて迫り来る衝動を飲み込んだ。