「なあ、心和。
少し、顔をあげられるか?」
心和の体温が、下がってきたことに気づき肩の震えも落ち着いた頃に心和に声をかけた。
「うん。」
心和は、潤んだ綺麗な瞳を真っ直ぐに自分へ向けてくれた。
心和の頭を撫でながら、話を始めた。
「心和。まだ、心和の心に大人や周りの人間を信じることが難しいと思うんだ。
誰かを信じることって、何もなく生きてきた人間でさえも難しいと思う。
だけど、心和。
心和の学校に来た、城山君は心和を信じるって言ってた。
まだ、会って間もないはずなのに心和のことを信じたいって話してくれたんだ。
きっと、たくさん考えて私にそう話してくれたんだと思う。
それに、城山君は学生時代から責任感が強くて引き受けた仕事から逃げたりはしない。
全てをさらけ出せまでとは言わないけど、少しずつでいいから頼っても大丈夫な人だよ。
中途半端な気持ちで、心和と関わろうとしていない。
真剣な気持ちで、彼は心和を助けたいって話してくれたんだ。」
「だけど…。私、無理だよ。
出会って間もない相手に頼ることなんて。
それに…。
どうしていいのか、分からない。」
「心和。
簡単なことから、始めればいいんだ。
まずは、症状から話す。
そうやって、少しずつ城山君と信頼関係を築いていけばいい。
心和。自分を少し変えてあげるだけで楽に生きられることもあるんだよ。」
心和が、みんなと同じように高校生活を送るためにも城山君の力が必要なんだ。
それに、心和の主治医をずっと続けられるわけでもないから。
もう少しで、定年を迎え自分の診ている患者は数人ずつ他の医師へ引き継ぎを行っている。
今、主に診ているのは心和だけで。
心和の診察以外は、院外活動をメインにしている。
若き医師の卵の役に立てるように、大学で講師としても活動していた。
心和のことを、誰に引き継ごうかずっと考えていた。
本当は、生涯かけて心和の治療をしていきたい。
それが、自分の正直な気持ちで本望だと思っているから。
だけど、病院側としてはそうはさせてくれないみたいで。
歳を重ねるに連れて、判断力や技術も鈍ってくる。
その変化に逆らえるわけもない。
ずっと心和を診たい気持ちも、自分の過ちで心和を救えなくなってしまうという気持ちもあって、ここ最近はずっとその事に葛藤していた。
城山君は、循環器内科医として働いているから。
今、心和との信頼関係を築いてくれれば何も心配することなく心和を城山君に託すことができる。
責任感がある城山君になら、安心して心和を任せられる。
城山君との、繋がりが心和の今後へ繋がってほしいから。