「心和。


ちょっと、顔をあげて。」




心和の顎を掬い、心和と視線を絡める。



今にも吸い込まれそうな綺麗に潤んだ瞳。



その大きな瞳からは、いくつもの涙が溢れ出ている。




「先生…。」



「心和。


教えてほしい。


自分が生きててもいいのか分からないという理由を。


その理由を知りたい。」





「私ね、本当は自分の両親が誰か分からないの。



私には、2つ離れた姉がいたの。


琴雪(こゆき)っていう名前の子だったんだけど…。



私は、姉の琴雪ために産まれたようなものだから。」




「えっ?」




「琴雪は、元々拡張型心筋症っていう病気を抱えていたの。


それに加えて、急性骨髄性白血病も患っていた。



状態が悪くなったら、ドナーが必要になるかもしれない。



医者は、私の両親にそう話したの。



姉は、日本人でも珍しい型の血液型だったからいくら移植ネットワークの優先順位が高かったとしても、すぐに移植が受けられるとは限らないって言われてた。



母親は、元々40代でもう子供を産める体ではなかった。



だから、その珍しいと言われる血液型のDNAを持っいる精子バンクに登録されていた精子と、母親の卵子を体外で受精をさせて仮腹で私は知らない人のお腹の中で育った。



私はすぐ、琴雪の家族の内の1人になった。




体が小さかった姉が6歳の時。



私は、4歳だった。



その時、私は全身の検査をされて移植へと準備が始まった。




私は、4歳で命を終えるはずだったの…。




だけど血液型が一緒でも、私の心臓が小さくて姉の琴雪には合わないって言われた。




それで、完全に移植ができないと言われたの。



その日から、母親と父親からの暴力が始まった。



琴雪に施す治療が無くなった時、両親が琴雪を家で見たいと言って、琴雪が家へ帰ってきた。



助かったって思ったの。




琴雪は、私のことを大切に想っていてくれたから。





琴雪がいる前では、私を叩いたりしないしむしろ優しい言葉をかけてくれる。





偽りの笑顔を私に向けて。



だけど、琴雪は私の体に付けられた傷を見逃さなかった。



琴雪が帰ってきて、1週間後に私は琴雪と2人で近くのビルに行ったの。



景色が綺麗だからって、琴雪とたくさん話をしながら街の景色を見ていた。



だけど…。」




心和が、少しずつ言葉が詰まっていくことに気づき再び心和を抱き寄せた。





「だけどね。


琴雪は、私のことを楽にしたいって言って屋上から飛び降りたの。



『私のせいで、たくさん辛い思いをさせてごめんね。心和は私の分も幸せになってね。』



そう、言われて私は必死に琴雪の腕を引っ張って屋上から飛び降りようとした姉を止めた。



『私、もう嫌なの。私のせいで変わっていくパパもママも。私のせいで苦しむ心和の姿を見るのも。わがままな姉でごめんね。琴雪は、心和が大好きだよ。』



掴んだ私の手を、姉はそっと離した。



それが、最期の琴雪の言葉だった。



その、優しい笑顔が…ずっとずっと忘れられないの。


姉の自殺を、止められなかった自分にも。



姉を救うために、産まれてきたはずなのに何も出来なかった自分が悔しくてたまらなかった。



琴雪の遺してくれた最期の言葉も大切にしたい。



だけど、私が琴雪を犠牲にして幸せになってもいいのか分からない。



このまま、こうやって生きていていいのか分からない。」




心和が、今までどれほどの思いを抱え生きてきたのか。



こんなに小さい体で、たくさん苦しんで来たんだな。



だけど…。



この先、心和は自分を責めながら生きていくのかもしれない。



どれだけ、心和は悪くない。



幸せになってもいいんだと、何度も話をしてもきっと心和の抱える思いが消えることはない。




その分、たくさん苦しんで生きてきたんだろうから。