ーside 心和ー



華和が帰ってから、奥本先生は城山先生と話に華を咲かせていて、一向に帰ろうとする気配がなかった。



内容は、城山先生が大学時代のこと、医学的なことを楽しそうに話している。




「ねえ、奥本先生。そろそろ帰ろう。」




「ああ。ごめんね、心和。


体調が落ち着いた安心感から、すっかり話し込んでたね。」




「心和ちゃん。発作は落ち着いたけど顔色もあまりよくはないから無理はしないでね。


奥本先生に、頼れることは頼るんだよ。」





「はい。


それより…。」




「ん?」




「何で、あなたが私のこと名前で呼んでるの?」



「ああ。こっちの方が親しみやすいかなって思って。


苗字読みだと、壁があるみたいだからさ。」




「そう…。」




正直、どうでもよかった。



この人と、深く関わるつもりもなかったから。




私のことを名前呼びしようと、心の距離なんて縮まるわけがない。



あなたはただの教師で、他人なんだから。




それ以上でも、それ以下でもない関係の人から必要以上に関わりを持ってほしくない。




大人なんて、みんな何考えているのか分からないんだから。




「心和?


大丈夫?



まだ、体調が悪いならもう少しゆっくり休んでからでも…」





奥本先生は、俯いていた私の顔を覗き込んだ。




「大丈夫。


落ち着いている所で帰らないと。」




「分かった。」




私は、身体を起こしゆっくり立ち上がろうと足に力を入れたけど、ずっと眠っていたからか血の気の引く感じがしてまともに立つことができなかった。




目の前に奥本先生がいて、ふらつく私を抱きとめてくれていた。




「まだ無理そうだな。


ごめんね、心和。ちょっと抱くよ。」




私は、奥本先生に抱えられていた。



「じゃあ、城山君。また後で。


今度、ゆっくりご飯でも行こうか。」



「はい、ぜひ。


奥本先生、心和ちゃんのことをよろしくお願いします。」




「任せて。」



城山先生は、ずっと笑顔で私に手を振っていた。



私は、軽く頭を下げてから保健室を後にした。



それから、車に揺られ奥本先生の家に着いた。



「心和。」



「ごめんなさい、今日は疲れたからお風呂入って先に休んでもいい?」




「それはいいんだけど。


1度寝る前に、聴診だけしてもいいかな?



まだ、少しだけ顔色が良くないから。」




「分かった。」




奥本先生に、ソファーに座るよう促され私はゆっくりソファーに腰を降ろした。



この、静かな時間が落ち着く。




奥本先生が一緒にいてくれる時間は、自分でも驚くくらい安心できる。





「大丈夫だね。



心和、今日はお風呂の中には入ったらダメだよ。


それから、血圧も低いようだから気分が悪かったら直ぐに呼んで。」





「うん。」




今日はなんだか疲れたな…。



明日から、あの人と顔を合わせなければいけないのかと思うと憂鬱だった。



まあ、あまり保健室へ行かなければいいだけの話なんだけど。



気持ちを読み取られないように、いつも平静を装っていた。



私も、普通の高校生のように笑っていたい。



幼なじみの華和とも、楽しい思い出をたくさん作っていきたい。



こんなに苦しんでいる自分も嫌いだし、一生付きまとう琴雪の役に立てなかったという罪悪感。




私のせいで、琴雪は飛び降りたんだよね。




私がもう苦しまないように。




琴雪の自殺を止めることが出来なかった現実。



全部自分の弱さのせいなのに、いつだって私は理不尽に作られたこの世のせいにしていた。



他人を、嘲笑うように生きてきた。



私、この先もそうやって生きていかないといけないのかな。



もう、全て終わりにしたい。



何もかも無かったことにしたい。



私が生きてきた16年間も。



無かったことにしたい。