「今日なんかあるの?」

「ん?」

「このあと」


放課後の女子トイレ。鏡を前に、ほんのりとピンクが色づくリップを塗っていると、言葉足らずな那乃に凝視される。



「だって世莉、なんか楽しそう」



付け加えられた疑問の理由に、鏡に映る自分から視線を移して「そう見える?」と聞けば「今日一日ずっと笑顔だったじゃん」と告げられた。



「そんな顔に出てた?」

「まあそういうのって自分では気づかないもんだよね〜」



那乃の言う通り、今日一日のわたしは上機嫌だった。

お弁当を家に忘れるし、体育の時間には転んだし、一日を振り返ってみると今日は散々な日だった。なのに、普段だったら落ち込むような出来事も、今日だけは許せてしまう。



「あと軽く髪巻いてるし、リップも塗ってる。わかった。佐田でしょ」


ズバリ、と指をさされて、うん、と頷く。


「これから凌介くんと映画見に行くんだ」

「そっかそっかー。羨ましいなー。世莉見てると毎日幸せで溢れてて、あたしも彼氏ほしいって思う」

「那乃は、そういう人いない?」

「んー、今はまだかな。彼氏できたら世莉に一番に報告するから!」

「今年中には聞けるかなー」

「それはー、ちょっと諦めて」



あの俳優がかっこいい、駅前のカフェの店員さんがイケメンだった。そんな話はたくさん聞くけれど、思えば身近にいる人でこの人が気になる、好き、なんて話は聞いたことがないような気がして。