帰ったら那乃と汐里さんに連絡して、明日の小テストの予習をしよう。TODOリストを頭に並べながら、忘れて寝ちゃいそうだなあなんて思う。なんて言ったって今日は水曜日、週の真ん中だ。疲労が蓄積されている。



傘を広げている人とそうでない人は半分ずつくらい。目の前に広がる色とりどりの傘を眺めて、なんとなく視界に入った人を見つめる。



黒髪のその人は南高校の制服を身に纏っていて、手には見覚えのあるパン屋の袋を提げている。







もしかして……!


見失わないようにその背中を目で追いながら、人混みをかき分けて駆け寄った。



そしてその距離が縮まったとき、

「あのっ、すみません。これ忘れてませんか?」





後先なんて考えなかった。

ただ、伝えられた特徴の人をやっと見つけて勢いで声をかけてしまった。もし人違いだったら恥ずかしい。そんな思いが頭のなかでぐるぐると渦を巻いている中、その人の反応を待つ。



わたしの声が届いたのか、ゆっくりと振り向いた男の人。

二重の切れ長な目がゆらり、と気だるげにわたしを映す。





目が合って1秒。世界が止まる。

びっくりして、息もできないくらいに、ただただその人を食い入るように見つめた。





「あー、店に忘れてたんだ。届けてくれてありがと」




実際は目の前から発せられた言葉なのに、どこか遠くのほうから遅れて聞こえてきたような感覚だ。
やがて視線を手元へと移した彼は、力が抜けたわたしの手からするりと傘を受け取った。