「恋愛っていいわよね〜、私も学生の頃を思い出してワクワクしちゃう!」
そんなわたしたちふたりからの視線に気付きもしない汐里さんは、どうやら青春に思いを馳せているよう。
たぶん、いや、ぜったい、汐里さんは勘違いしている。わたしと由唯くんがいい感じの関係にあると。会うのは今日で二回目。由唯くんなんて、ついさっきわたしの名前を知ったばかりだ。
わたしには凌介くんがいるけど、かといってここで『わたし他に彼氏います』なんて言うのは、場の雰囲気を壊してしまいそうで見当違いな気もする。
なんともお節介なことをする汐里さん。よくわたしのことを気にかけてくれるけど、今回ばかりは困ってしまう。
汐里さんを間に、由唯くんと目が合った。向こうも、どうすればいいのかわからないのか苦笑いを浮かべている。
「世莉ちゃん最近考えごとしてるみたいだし、気分転換だと思って。あとは私に任せて着替えてきな!」
あっという間に話が進んでいき、焼きたてのパンを陳列した汐里さんにずいずいと店の裏まで背中を押される。そして更衣室のドアを開けたところで、くるりと振り返った。
「あの汐里さん、わたしバイト終わるにはまだ早くて、」
時計を見れば、バイトが終わる時間までまだ三十分以上ある。
「いーのいーの! 世莉ちゃんいつも頑張ってくれてるもの。それに、この前バイト終わったあとに傘渡してきてだなんて残業頼んじゃったでしょ?」
「残業だなんて、」
「それに、恋してる人を見ると応援したくなるのよねぇ〜」
「いや、ちが……」
「ほら、恋はタイミングが命なんだから」
ちゃんと身だしなみ整えてから来るのよ、なんてアドバイスも添えられて汐里さんは更衣室を後にする。