「名前、なんだっけ」

「……岩田世莉です」

「あー、世莉ちゃん。おれは……」


「由唯くん、ですよね」

「あれ、名前言ってたっけ」

「えっと、西野くんが、そう呼んでたので」


あー、紗奈が。と納得する表情を見せたのは、あのときの救世主。わたしが西野くんに傘を返すために南高校まで行ったとき、校門前で話しかけてくれた人だ。



「今はバイト中?」


問いかけられ、「はい」と頷き返事をしたところで「世莉ちゃーん」と奥から私を呼ぶ声がして振り向いた。



「これもお願いしたいんだけ、ど……」


汐里さんが新たに焼けたパンのトレーを片手にやって来る。そして、向き合うわたしと由唯くんの顔を交互に見ながら目を瞬かせて。




「……もしかして彼氏?」

「いや、違います」

「あらそうなの。私ったら早とちりしちゃった」


てへ、と愛嬌を見せる汐里さんは、ママと似たような年齢だと言っていたけれどそう見えない。わたしのママも年齢より若く見られるけれど、汐里さんもとても若々しく感じる。


夏向さんは汐里さんの笑顔に惹かれたのかなあ、なんて思っていると。



「よし! 今日はここまででいいよ」

突然、溌剌な声が聞こえる。声を発したのは汐里さんだ。


「せっかくだし、ふたりで出かけてきなよ」


「え?」

「は?」


気の抜けた声が漏れる。由唯くんもまた、瞬きを繰り返している。