「岩田、駅から家までちょっと距離あるじゃん」
「そう、だけど……でも」
「べつに返さなくていいよ。めんどいでしょ。どーせそこら辺に売ってるものだし」
「…………」
傘を見つめたまま受け取れずにいる。返さなくていいと言われても、素直に受け取るには少し抵抗がある。
「西野くんは、どうするの」
小さく呟いた声は、まだ雨音にかき消されなかった。「俺?」と聞き返した彼に、また言葉を紡ぐ。
「傘、ふたつ持ってるわけではないんでしょ」
まるで昨日を繰り返してるみたい。昨日も自分を犠牲にして傘を貸して今日も同じ行動をとるなんて、西野くん、今度こそ体調を崩しそう。そうなったらわたしの責任だ。なんとしても西野くんを雨という敵から守らなければ。
問いかけたわたしに、屋根の外に広がる灰色の空を見ながら「あー」いつもより半音低い声を出す。
「これくらいなら平気だし、寄るとこあるからそのあとひどくなってたらまた買えばいいんじゃない」
他人事のような台詞に、ぽかん、と拍子抜けしてしまう。この様子だと、大雨でも傘を買うのを面倒くさがって買わなさそう。むしろ、雨に打たれることが快感だと思う人なのでは……?