明人と水樹がこのレポート用紙の中で会話する以外は、いつもと変わらない毎日だ。そう明人が思っていると突然水樹が振り向いた。

「長谷川さん。昨日はありがとうございました。悔しいけど本当楽しかったですね。筋肉痛になっていませんか?私は右腕があがらないです。」

「あ、や、あ、俺も、バキバキだよ・・・。」

まさかこの席に着いた状態で話し掛けられるとは想像もしていなくて、だから驚き過ぎて返事を満足に用意する時間がなく、明人はしどろもどろに返事をした。そして思う。もしかしたらもう、昨日までとは違う今日が始まっているのかもしれない。

それに明人はやっとわかった。水樹が自分の前の席である事は、実は相当不利なのだ。でも反対に、仮に明人が水樹の前の席だったとしたら、水樹の気配を感じる後ろにずっと緊張せずにいられるのだろうか。

ふう、とわざと息を吐き、逸れた思考をリセットさせた。今日はこんなに返事を多く書いてしまったけれど、水樹が変に思わないかな、と少し気にしつつ、また帰りに水樹の机の中にレポート用紙を入れて帰った。

そしてそれからもお互いにただなんとなく相手から返事が返ってくるから、というその唯一の理由だけで、レポート用紙を交換し続けた。

‘このクラスにもカップルがいるんですよ。一組はあのソフトボールで燃え上がったらしいです。’

‘俺は猫より犬が好きです。’

‘姉が一人います。大好きだけど、子供の時は戦隊モノごっこでピンクをやらせてもらえませんでした。’

‘好きな食べ物はバナナです。’

‘中学の時は男みたいとよく言われました。この学校でほぼ初めて男子と会話をしました。’

‘年の離れた従兄弟に車をゆずってもらいました。’

‘今日の体育のバドミントンのペアは、長谷川・立花ですよ。頑張りましょう。’

‘バドミントンお疲れ様でした。ソフトボールみたいにうまいのかと期待していましたが・・・。’

‘長谷川さんはなんのスポーツでも得意なんですね。足を引っ張ってすみません。’

‘お休みしたみたいですけど風邪ですか。いないのが少し変な感じでした。’

‘単位が取れている実験の時は長谷川さんは欠席なので、少し寂しかったです。’

次の日もその次の日もそれからもっと、止めるタイミングもないので二人のこのレポート用紙の交換は続いていった。