「田畑、あの時俺を探しに来ていたんだ。
いつものように、金をせびりにだろうな。
おおかた生活費目当てに酒飲みながら、ここへと来たんだろう。
先に見つけたお前達を、俺と勘違いして追っかけて…ほんと馬鹿だよな。」

そう言われてみれば、そんな気もする。

陽子はひつこく追いかけてくる、田畑を思い出していた。

「酒飲んでたら何するかわかんない奴でさ、これはきっと陽子を殺してくれると思ったよ。
あの時も、すごい勢いだったし。

お前達と田畑を追いかけて2階に上がったら、月子が廊下で倒れてたんだ。
抱き上げた瞬間、俺、胸が高鳴ったよ……
これで、やっと月子を俺のものだけにできるって。
陽子と田畑はそのまま音楽室へと走って行っちゃうし、ラッキー…だってね。」


陽子の記憶の断片にあった、『月子を突き飛ばした』というのはまったくの思い込みで、本当は月子が陽子を助ける為に廊下の奥まった場所へと逃がしてくれたのだった。


「気を失った月子を連れて音楽室覗きに行ったら、田畑なに思ったか陽子見て躊躇ってんの。」

敦の目に入ったのは、開けっ放しになった音楽室の窓際で、田畑に怯えながら立ち竦む陽子の姿。

田畑から逃げるように、窓のサンに手をかけてその体を乗り出していた。


「俺、迷うことなく走っていって、その背中押してやったんだ。」


目の前で落ちていく姿。

冬が迫る、秋の空に舞い落ちる木の葉のように、ふわりと……


「でも、まさかあれが月子の方だったなんて思ってもみなかったよ。」

敦は声を落とし、話しを続ける。

「俺が、月子と陽子を間違うはずなんてないと思っていた。
あの優しい月子と、お前を間違うはずなんてな……」

小さく震える、敦の声。

「落ちていく瞬間、見たんだ。
俺に向かって伸ばされた指に付いていた、桜の木の下で月子にあげたおもちゃの指輪がね……」