子どもの足に合わせた、低めの階段。

腰の高さに据え付けられた手すりにもたれかかりながら、月子は一段一段と上がっていく。

目の前で、
ゆっくりと月子の歩調にあわせて歩く敦に、手を引かれながら……


握られた手のひらは、先程までと同じ敦の温もり。

かいま見えた感情の冷たさは、微塵も感じられなかった。



「月子、覚えてるか?
あの事件が起こる前、運動場のすべり台の奥に咲く、桜の下でした約束の事…」

月子の手を引く敦は踊り場で振り返り、思い出したように笑った。


敦とは1年生からの付き合いで、何をするにも陽子と3人一緒、いつも同じ時間を過ごしていた。

泣いたり笑ったり、時にはケンカもしたりして。

それでも楽しい思い出ばかりだったように思える。


いきなり聞かれた問いかけに、月子はその10年前を思い返すように敦を見つめた。


運動場。

すべり台の奥に咲く桜。

そこで交わした、
敦との約束。


陽子を亡くした後から、その付近の記憶が曖昧になっている事に気付いた月子。

それは、ただ単に、ショックからのものだと受け取っていた。

周りからもそう言われていたし、自分自身でもそうと月子は思い込んでいたのだ。


しかし、ここまではっきりしないものなのかと、月子は敦の綺麗に整った顔を見ながら考える。

その、10年前に交わされた敦との約束をーー



「ほんと、月子は忘れっぽいよな。
陽子そっくり…
じゃぁ、
その時渡した指輪の事もきっと忘れてるんだろうな。」

「指輪…?」


繋がりそうで繋がらない記憶のもどかしさに、月子は眉をしかめた。

そんな月子の表情を見て、敦はもういいよと手を振る。


フッと何とも受け取り難い笑みをその顔に滲ますと、2階の廊下で月子の手を握り直し、音楽室へと向かって歩きだした。