窓際に立ち、ただ黙ったまま外を見つめる月子。

切り取られたその空間に、ひとり取り残された気分になる。


10年前、陽子と過ごしたこの教室。

当時と変わらずに並べられたままの机達が、追い打ちをかけるように月子を暗い過去へと引きずり込んでいくのだった。

ふと息を吐き、すべり落ちた記憶を辿る。


陽子と手を繋ぎ、一生懸命走った廊下。

逃げても逃げても追いかけてくる田畑の息遣いを、今でもはっきりと思い出すことができる。

あの時、
先を走りながら、陽子の手を引いた温もりも…


そう、
手を引いたのはーー?


窓ガラスに映る自分の顔を見つめ、月子は陽子の顔を思い浮かべた。

まったく同じふたつの顔。



「月子?」

愛しいその名を呼ぶ敦の柔らかな声が、一瞬にしてぼやけた記憶の靄をとけかしていく。

「そろそろ、麻美ちゃんの所行こうか。」


わたしは、どの位こうしていたんだろう…

目の前に立つ敦の存在が見えないほど、月子の時間の感覚が曖昧になる。

自分に向かっていつもと変わらない笑顔をくれる敦に少し気後れしながら、ゆっくりと月子は笑み返した。

儚く、悲しげに……


そんな月子に歩み寄り、敦は月子の瞳をみつめたままゆっくりとその華奢な体を抱きすくめた。

すっぽりと包まれた敦の生ぬるい感触が、月子の体の芯をジンジンと疼かせる。



「あっくん……?」



ふいに触れる、唇の感触。

つめたく冷えた月子の唇を慰めるように、敦の温もりがどんどん支配していくのがわかった。

艶めかしく官能的に。


18歳の月子にとって、初めてのキスだった。

敦と初めてのーーー


この10年間、陽子の代わりに月子に寄り添っていた敦は、今まで指一本月子に触れる事はなかった。

そしてそれは、頑なに拒まれているように月子は感じていたのだ。