どこか店内からかけているのか、隆之の声の後ろから微かに音楽が聞こえる。

その音楽に耳を傾け、麻美は言った。

「大丈夫だよ。
今、理科室覗いてたんだ。」

「ひとりでか…?」

言葉には出さず、ウンと首を縦に振る麻美。

その仕草を受け取ったように、隆之は続けた。

「麻美、あまりひとりにはなるなよ。
昨日連れに聞いたんだが、田畑はまだ見つかってないそうだ。
用心に越したことはないから、早くふたりの所に戻れ。」

いつもと違う、隆之の声色に、麻美は「そうするよ」と素直に頷いた。


その隆之の声を聞きながら、眺めた景色。

2階と言っても目の前に広がる景色は高く、下を覗いた麻美は少し足が竦む。

風に吹かれながら右を見ると、同じ位置に音楽室の窓が見え、

腰の位置にある少し高めの窓のサンに手をついて、麻美はその下を眺めた。


そこは、10年前に陽子が落ちた場所ーーー

見えない幼い姿に、麻美は静かに手を合わせた。


「麻美、聞いてるか?」

携帯を通して聞こえる心配そうな隆之の声に、少し気がほぐれる。

うちのあにきは、こんなに心配症だったかと……

フっと笑いをのみ込み、麻美は続けた。


「大丈夫、すぐにふたりの所に戻るってば。

今ね、理科室にある大きな鏡みてたんだ。
ファッションショーしてたところ。
モデルがいいから…」


携帯を器用に耳に挟み、麻美はポーズをとる。

すらりとミニのスカートから伸びた麻美の足が、ぼやけた鏡に映り込んだ。


「ファッションショー?」

少し間をおいた隆之は、その姿を想像したのだろうか。

呆れるような長いため息が、携帯を通して麻美の耳に伝わってくる。


「早い目に行けるようにするから、悪さするなよ。」


それだけ告げる隆之。

麻美の返事は聞かる事もなく、電話は荒く切られてしまった。