こっそり忍び込んだプレハブの校舎の中は、10年前と変わらずにその光景を保っていた。


目の前に伸びる長い廊下はシンと静まり返り、

今日、月子が訪れるこの長い年月待つように、ひっそりと息をひそめて見えた。


昼間だというのに、奥まった場所にあるせいかやけに薄暗い。

鍵もかけられず開けっ放しの扉から足を踏み入れると、その足下で小さく埃が舞った。


「ねぇ、
わたし2階の音楽室覗いてきていいかな?」


事件のあの日、
夕暮れ染まるこの教室で、陽子と一緒に鉛筆を握りしめコックリさんをしていた月子。

いまだその教室には、3年2組のプレートがかかっている。

その中を静かに見つめている月子の小さな背中に、麻美はためらいながら声をかけた。


振り返る月子の瞳に、薄くたまる綺麗な涙。

ゆっくりと寄り添う敦が、言葉を詰まらせた月子にかわって麻美に答えた。

「右にまっすぐ廊下を抜けると、2階へ上る階段があるよ。
3つ目の教室が、音楽室だ。」

頷く麻美。

そんな麻美を心配するように、月子は大丈夫かと尋ねた。

「ちょっと、覗いてくるだけだから。」

過去に思いを馳せるふたりの姿を見て、麻美はこの場を少し離れようと思ったのだった。


決して入ることのできない、ふたりの時間。

いや、3人の…と言うべきであろうか。

お互いがお互いに、見えない鎖をかけているようにも見えた。



そんなふたりを教室に残し、麻美は廊下に出た。

薄暗く伸びる廊下は先程とは変わらず、ただ、向こうへと伸びている。

入った扉はひとつ。

その入り口から1組2組と並び、5組までプレートがかかっている。


敦が、事件当時居た教室が1組。

コの字を描くように建てられた、プレハブの校舎。

一度入ってしまったら逃げ場の無い孤独な空間へと、麻美は足を進めていった。