クリストファーの父親は、男爵であり国でナンバーワンを誇る製薬会社を経営している。
「おじい様が薬師で、昔。王様が病気になった際、薬を作って救ったんだって。その薬の材料が生えているのが、後ろの山なんだって」
 そう言って、クリストファーは山を指さした。
 クリストファーが男の姿なので、堂々と玄関から家にお邪魔した。
 クリストファーの母親は、クリストファーが女の子の姿であるときは絶対に外に出るなとキツく注意しているそうだ。
 お手伝いさんも母親に言われ、クリストファーが女の子の姿のときは「外出はやめましょうね」とやんわりと注意してくるそうだ。

 クリスの部屋には何冊かの植物図鑑が置いてある。
 父親が買ってくれた本だそうだ。
「この花、綺麗だと思わない?」 
 植物図鑑をめくって、クリストファーが言った。
 そこにはサクラと書かれた花がある。
 ピンク色の可愛らしい花だ。
「隣の国で咲いてるんだって。見てみたいね。サクラ」
 うっとりしとした表情でクリストファーが言った。
「10歳になったら、学校へ行くじゃない? 私もセレーナも貴族だから、呼び名を考えないと」
「呼び名かあ…」
「私は、絶対にサクラって呼び名にするわ!」
 クリストファーと出会ったのが7歳。
 一年が経ち、二年が経ち。
 平和で暖かい毎日は瞬く間に過ぎていった。
 クリスはその時まで、ずっとこんな平和な日々が続くと信じていたのだった。