クリスがクリストファーと出会って一週間。
 一度もクリストファーにも、クリストファーの姉か妹にも。
 出会うことがなかった。
 一度だけ、ちらっとクリストファーの母親らしき人を目撃したが。
 周囲を(うかが)うようにキョロキョロしながら、大急ぎで馬車に乗り込んでどこかへ行ってしまった。
 アームストロング家からは、音がしなかった。
 今まで通りの空き家状態で。
 生活音が一切しない。
 クリスは、バカンスを終えて帰ってしまったのだろうかと落ち込んだ。

 その日はいつものように、パグ犬のプリンを連れて家の周辺を散歩していた時だった。
「おいっ、セレーナ。おいっ、こっちだ」
 という声がしたので、プリンとクリスは草むらをすり抜けてアームストロング家の屋敷にやってきた。
 屋敷の一階の窓から、クリストファーが顔を出している。
 驚いたのは、クリストファーの髪の毛が肩まで伸びていることだった。
「君は、誰だい?」
 顔はクリストファーなのだが、髪の毛の長さを見て、一体誰だろうとクリスは首を傾げる。
 クリストファーはクリスを睨みつけた。
 そして、「どいて」と言うと。
 窓からぴょんっと飛び降りた。

 クリストファーは一週間前と同じ服装をしていた。
 黒いズボンに白いシャツ。
 シャツの上には灰色のベストを着ている。
「女の姿のときは、外に出ちゃいけないって言われてるんだ。一週間も外出してないと頭がおかしくなる」
 ふぅとクリストファーがため息をつく。
「その髪の毛ってカツラ?」
 クリスが眉間に皺を寄せて質問する。
「髪の毛は伸びたり短くなったりするんだ。だけど、これは秘密なんだ」
「秘密って…、もうバレてるじゃないか」
 クリストファーと一向に噛み合わない会話に、クリスはうんざりとした。

「なあ。セレーナ。私が外出できないときは、ここに遊びに来てくれないか? あの人達は家に帰ったから、そこまで厳しくないだろうし」
「あの人達って?」
「……また、待ってるよ」
 そう言ってクリストファーは壁によじ登ろうとしたが、上手く窓にまで届かない。
 見かねたクリスが肩を貸してやった。