クリスが男の身体になってから、
 頻繁に、ある夢を見るようになった。
 そこは、花畑だった。
 美しい色とりどりの花が沢山、咲いている。
 そこで、自分と同い年くらいの少女と遊ぶという夢だった。
 少女は、あまりにも美しく、笑った姿が可愛かった。

「可愛い女の子」と言うのは、この子のことを言うのだとクリスは考えた。
 母が自分のことを「可愛い」と言うのは嘘だと思った。
 目の前で笑う女の子こそ、可愛いにふさわしい人間だと思う。
 母が、この子を見たらなんて言うだろうかと考える。

 引っ越してからは、毎日、花畑で見知らぬ女の子と遊ぶ夢を見るようになった。
 一体、あの子は誰なんだろう。
 そう思いながら毎日を過ごしていた。

 だが、その女の子そっくりの子が目の前に現れた瞬間、
 クリスは「うわあ」と声をあげてしまった。
 
 その日は、パグ犬のプリンと散歩をしていた。
 プリンが急にどこかへ走っていくので「どこへ行くんだよお」とクリスが叫んだ。
 プリンは、少女の前に立ち止まっている。
 少女は、プリンを「よしよし」と言って撫でた。

 クリスは誰だろうと思った。
 年の近い子はここら辺にはいないはずだ。
「君の犬?」
 その少女と目が合った瞬間、クリスは「うわあ」と悲鳴をあげた。

 切れ長の目だった。
 茶色い瞳に。
 ミディアムショートで、サラサラの茶色い髪の毛。
 夢の中の少女は肩までの長さの髪の毛だったが、目の前の少女の髪は短い。
 だが、それ以外は夢で見た通りの少女だった。

「急に、人の顔を見て悲鳴あげるって失礼じゃない?」

 むっと怒った表情で少女が言った。
 だが、クリスは驚きすぎて、暫く口をパクパクさせる。
 プリンが気を利かせたのかは、わからないが、
 ワンワンッと二回吠えた。
 落ち着けよっと言っているように聞こえた。

「ごめん。ここら辺に子供がいるとは思わなかったから」
「ぷっ。君も子供でしょ?」
 怒ったと思えば、すぐに少女は笑顔になる。
「君、ここに住んでいるの?」
 いつだったか、祖父が説明してくれたアームストロング家の屋敷が近くにある。
「うん。昨日、引っ越してきたんだ」
「そうなんだ。君の名前はなんていうの?」
 特に意味もなくフランクに質問したはずなのに、
 少女は、えっと驚いた後、表情を曇らせた。

「…クリストファー・アームストロング」
「え?」
 少女が、もごもごとした声で言うので、クリスは聞き返した。
「クリストファー・アームストロング」
「え、ごめん。もう一度言って」
 クリスは聞き間違いかと思い、もう一度質問する。

「だから、クリストファー・アームストロング」

 クリスは固まった。
「クリストファーって男みたいな名前だね」
「そりゃ、男だもん」
 唇を尖らせて、クリストファーが言うので。
 クリスは「きゃっ」と悲鳴をあげた。
 冷静になって見ると、女の子のような顔立ちをしているが。
 服装は男の子の格好だ。
 初めっから黒いズボンを履いているのに。
 クリスは今になって、クリストファーがズボンを履いていることに気づいた。

「君は、何て言う名前なの?」

 クリストファーに睨まれて、
 クリスは、うっと言葉を詰まらせる。
 何も浮かんでこない。
「君の名前だよ。ゴディファー家の人間だろ?」
 クリスは、うぅぅと呻いた後、観念したように答える。

「…セレーナ・ゴディファー」