祖父の印象は、怖い人だった。
 病院を退院して、家に引きこもっていた頃。
 祖父と一対一で会話することになった。
 クリスは震えながら祖父を見ていた。

「おまえは、自分の身体が嫌いか?」
 クリスは黙って、首を横に振った。
「おまえは、男として生きたいのか、それとも女として生きたいのか?」
 ごくりとクリスは唾を飲み込んだ。
 祖父はじっとこっちを見つめている。
「男として生きたい」

 それから、クリス一家は祖父の領地へ引っ越した。
 祖父の領地はとにかく広かった。
 丘があり、山があり。
 動物が沢山いた。
 そして、人の姿がほとんどなかった。

 祖父は、クリスたち家族のために家を建ててくれた。
 クリスにとっては、大きな家だった。
 今までは、自分の部屋と両親の寝室、キッチンとダイニングルームだけの部屋だったが。
 祖父が建ててくれた家は二階建てで、部屋が幾つもあった。

 祖父は母に気を利かせて、ソーイング用の部屋を作ったそうだ。
 ミシンを買ってもらい、布地や糸を好きなだけ与えられた母は上機嫌だった。
 それに、母は元々動物が好きだったようで。
 田舎での暮らしを喜んだ。

 クリスの父は祖父に家督を譲られたことに驚いていたし、田舎暮らしをすることを望んではいなかったようだが、祖父は「おまえの好きなことで会社でも作れ」と言う、まさにその一言で上機嫌になった。
 クリスの父は、男爵としての仕事が面倒臭いと思って嫌がっていたのだが。実際のところ、男爵としての仕事は難しいものではなかった。
 住人の人達が協力して生活してくれているし、揉め事や争い事なんて一切なかったのだ。
 父は、農機具を作る会社を立ち上げた。元々、機械が好きな人間だったので。好きなことを仕事に打ち込める喜びを知った。

 クリスの祖父は、そうやって両親の機嫌を取って、クリスを自由にさせてくれた。
 幼い頃は、よくわからなかったが。大人になるにつれて、祖父は恩人だと思うようになった。