時折、冷たい風がなびいていて。
 木にもたれながら、呼吸を整えるのに随分と時間がかかった。

 まだ日は暮れていないけれど、
 クリスさんの一声で蘭が泊まれそうな場所を探し出して。
 のろのろと移動した。
 地面が平らで、テントを張るにはうってつけの場所を見つけたと言って、蘭は喜んだ。
 私とサクラはグロッキー状態だったけど。
 渚くんは楽しそうに飛び跳ねながらテントを組み立てていく。
「少し休め」
 蘭に言われて、テントの中に入った。
 サクラは既に寝っ転がっている。
 朝見た時は男の姿だったのに。
 長い髪の毛を乱して手で顔を隠している。
 いつのまに女の子の姿になったのだろう。

 ふぅとため息とついていると。
 テントの前に立っていた蘭に向かって
「蘭、ここは俺が見ておくから」
 と、クリスさんが言った。
「サクラもいるし、大丈夫だから」
「・・・おう」
 蘭が怒っているような声がした。
 だけど、私は蘭のことを気にかけていることが出来なかった。
 どうでもいいような脱力感に襲われて。
 サクラの横にゴロンと寝っ転がると。
 そのまま眠ってしまった。

 どれくらい時間が経ったのかはわからない。
 身体が痛くて目が覚めた。
 テントで寝るのは初めてだったけど、背中の部分に石ころみたいなのが当たって。
 痛いな…と思って目覚める。
 目を開けたと同時にクリスさんの綺麗な顔が目に入った。

「すいません、寝てました」
 クリスさんに寝顔を見られていたことが急に恥ずかしくなった。
 サクラは寝ているようだ。
 背を向けて横になっている。

「具合のほうはどう?」
 心配そうに声をかけてくれるクリスさんに心臓がバクバクと鳴る。
 施設に迎えに来てくれたときは、緊張しなかったくせに。
 今頃になってどうして緊張するのだろう。

 ふんわりとクリスさんから柑橘系の良い匂いがする。
 香水のせいで緊張しているのだろうか。

 それよりも、テントの中が意外と狭いのに今気づいた。
 3人入って調度良いくらいだった。
「吐き気はおさまったんですけど…」
 大丈夫…とは言えなかった。
「蘭、張り切っちゃってるからねー。あいつ、一人だけ早いでしょ」
 足をのばしてクリスさんが言った。
 どうしてこんなところまで来て、クリスさんはこんなに爽やかに微笑むことが出来るのだろう。

 クリスさんは、蘭とは違って全体を見てくれている。
 誰よりも気配りが出来る人なんだなあと思う。
「そういえば、蘭たちは?」
 外から、あの馬鹿でかい蘭の声は聞こえない。
「ああ、川が近くにあるみたいで。釣りに行ったよ。食糧は現地調達しないとね」
「蘭が…釣り?」
 綺麗好きでお坊ちゃんの蘭が釣りだなんて、
 想像しようとしても、その姿を想像出来なかった。

 うーん…と考え込んでいる私を見て、クリスさんは笑った。
「大丈夫だって。シュロくんや渚も一緒だから」
「いえ、別に心配はしてないですよ」
 
 ふと、言い終えると静かになった。
 凄く静かな空間に思えた。
 クリスさんはサクラのほうに視線を向ける。
「…渚から聞いたんでしょ?」
「えっ?」
「渚の過去を聞いて具合悪くなったんじゃないの?」
 意地悪そうにクリスさんが言っているように思えた。
 この島に行くとなってから、皆様子が変だ。
 遠まわしに私に対して意地悪をしてくるような気がする。

「…渚くんのご家族が殺されたっていうのは、本当なんでしょうか」
 目の前でお母さんの首をはねられた…というのが。
 どうしても胸から離れなかった。
 口に出して胸をおさえる。

「そんなんで、いちいち傷ついていたら蘭の奥さんなんてやっていけないでしょ」

 ハッと鼻で笑ったのはサクラだった。
 いつのまに起きていたのだろうかとサクラを見ると。
 サクラは背を向けたまま目を閉じていた。

 サクラの一言が、あまりにもキツい言い方だったので。
 じんわりと涙腺がゆるんだ。
 私が弱いから、みーんな意地悪するのだろうか。
 泣きそうになったけど。
 意を決して、クリスさんを見た。

「クリスさんの過去も話してくれませんか?」