村に住んでいた頃は、家族の言うことなんてうっとおしくて仕方なかった。
 生まれてすぐに、ナンっていう婚約者が出来て。
 決められた人生を生きるのなんて、凄く窮屈だと思っていた。
 ただ、絵を描いたり何かを創るのが好きなだけなのに。
 好きなことをすることは許されなかった。

 周りが描いた道に反発したから、
 神様は自分に罰を与えたのだろうか?
 …考えても答えなんてでるわけがない。

 毎日、飽きるくらいに見ていたナンの存在が、
 こんなにも愛おしく心強い存在になるとは思わなかった。


 パチリと目を覚ます。
 しっかりと自分のベッドで眠っていたので。
 渚は、リアルな夢だなあと思った。
 窓から朝陽が零れ出ている。
 ふと、左手首にひんやりとした感触があった。
 あれ…と、ぼんやりとした目で腕を見た。
 腕には天然石で出来た黒色のブレスレットがあった。
「夢じゃ…ない?」
 一瞬、時間が止まったかのように思った。
 自分がどうすればいいのかわからなくなる。
 腕を降ろして、渚は、ふうと深呼吸をした。
 そういえば、静かだなと思って横を見ると。
 シュロのベッドはもぬけの殻だった。
「ああっ!?」

 急いで、階段を駆け下りてダイニングに行くと、
 サクラが椅子に座って本を読んでいた。
「おはよう、渚。体調のほうは大丈夫なの?」
「えっ」
 パタンっと音をたててサクラが本を置く。
「夜中に具合が悪くなってアズマさんが病院に運んでくれたんでしょ? まだ寝てなくていいの?」
「…アズマさんは?」
 完全に渚はパニック状態だったが、サクラに悟られてはまずいと。
 表情をおさえるのに必死だった。

 時計を見ると、既に9時に近い。
 完全に寝坊だった。
 だが、アズマが嘘をついてくれたお陰で今日は休みになっているらしい。
「アズマさんなら、庭で洗濯物干してるわよ」
「アズマさんにお礼言ってくる」
 渚は、急いで、庭へ行った。

 庭へ行くと、エプロンをつけたアズマが蘭の服を干している。
「アズマさんっ」
 渚が呼びかけると、アズマは渚を見て「おはようございます」と言った。
「昨日は…、あの…ありがとうございます」
「体調のほうは大丈夫ですか?」
 にっこりとアズマが笑った。
 悪魔でも、昨日の出来事を隠し通すらしい。
 渚は、アズマをじっと見た。
 ふわりと暖かい風が二人の間を駆け抜ける。
「あの・・・、僕、将来の夢が出来ました」
「そうですか」
 ニコニコと笑ったまま、アズマが言った。
 色々と渚は質問したかったが、昨日のことは秘密だと言われたのを思い出して黙った。