「これが真実だよ。カレン」
 お兄様の告白が終わると、頭がぼーとした。
 まるで、別世界の物語を聞き終えたような…変な感覚だった。
 話している最中にローズさんが「うぉー」だの「ふざけんなっ」と野次を入れていたけど。私はただただ、黙って話を聴くことしか出来なかった。

 ひんやりとした床は自分の体温で、少しだけ温かくなった。
 後ろの柱に括り付けられている人間は王族で、
 自分は女神の生まれ変わりで、キレイなままの身体を保つ理由で顔に痣をつけられて生まれて。
 お兄様だったはずの人間が実は女神の使いで、不死身で。
 少なくともローズさんたちのおじいさんの時代から生きているという…

 まるで、他人事のような気がして。
 自分はいったい、何者なのかはわからない。
 涙は溢れてきて、止まらないまま。
「お兄様、お父様とお母様は?」
 語り終えて満足げな表情をしているお兄様に尋ねる。
「カレン、あの人達は親じゃないんだよ。君は女神なんだから」
「さっき、女神といっても普通の人間と変わりないって言ったじゃありませんか」
 噛み合わない会話にイラッとして声を荒らげる。
「そう言うならば、さっき説明しただろ。あいつらは君の顔を親戚に見せてお金を募っていたんだから。蘭の両親だって何度か家に来たことがあるだろ?」
「……貰ってたんですか、お金」
 もう考える気力もなく、チラリと蘭を見た。
「俺は知らない」
 蘭の一言に、そりゃそうだろうなと思った。
 蘭を養子にする前から何度か来ていた気がする。
 でも、話したことは一度だってなかった。ただ、親戚の方が遊びに来ているなあ~くらいに思ったぐらいだった。

 神殿に来てから、頭がズキズキと痛い。
 真実を一気に突きつけられても、頭が上手く処理してくれない。
 風のない、何の音もない神殿で虚しく会話だけが響く。
「カレン、考えてごらんよ。君はあの人たちに親として何かしてもらったことはあるのかい?」
「見捨てずに育ててもらいました」
 はっきりと答えると、お兄様はふぅとため息をついた。
「火事の時に消したよ」
「え?」
 小さな声で言われたので聞き取れない。
「女神が生まれ変わるとき、王族から遠からず離れすぎずのポジションを選ぶんだけどね。あ、ちなみに君が生まれる前の女神はライトのおばあさんだった」
「……?」

 脳裏に、クリスさんの言葉が浮かぶ。
『ライト先生のおばあさんは魔女って言われてたんだ』

「あの、魔女と言われた?」
「よく知ってるね。そうそう、そのときは医療の家系のところへ生まれ変わって。彼女は優秀な薬師となって王族の治療にも関わっていた」
「薬師…」
「彼女の顔にも痣はあったよ」
 ふふふとお兄様が自分の顔をぺたぺたと触って見せた。
 その動作はこれ以上にない屈辱的な行為に見えてしまう。

「おい、話が脱線してんだろうが!」

 後ろで黙っていたローズさんがツッコミを入れる。
「あ、ごめんごめん。とにかく、王族から遠からずの人間として貴族の人間の子に生まれ変わったんだけど。まさか、あの両親があそこまで酷い奴らだとは思わなくてさ。だから、火事のときに消した」
「消した?」
「うん、殺したわけじゃないよ。消したから安心して」
 …何を安心しろと?

 お兄様の一言に、何も言葉が出てこない。
 一体、何が本当で何が嘘なのかもわからない。

 下を向くと、涙が落ちる。
「泣かないで、カレン。もう、これで終わりにするから」
 お兄様は私の肩に手を乗せる。
 だけど、私は物凄い勢いでそれを振り払った。

「うん。もう、これで終わりだよ」

 お兄様が言うと、床がガタガタと揺れ始めた。
「おいっ、どうするつもりだ!」
 ローズさんが叫ぶ。
 グラグラと視界が大きく揺れる。

「終わりにする。これにて、儀式は終了です」

 グラグラと揺れ続けるかと思うと、天井が割れ、柱が倒れていく。
「アズマ、どうする気だ」
 ずっと黙っていた蘭が大声を出す。
「蘭、どうかカレンのことを宜しく頼みます」
 お兄様が蘭に頭を下げるとドカーンという大きな音がした。
 天井が振ってくる。
 壁が粉々になる。
 目の前が白くなる。
 嫌だと頭をおさえて、しゃがみ込む。
 怖い。
 身体が一歩も動かない。
「カレン!」
 蘭に呼ばれたのが最後だった。