そういえば、蘭には母親違いのお兄さんがいたことを思い出す。
 ローズさんという蘭と目元の似たお兄さんだ。
 どういうわけか、彼のことを質問するのはタブーとされている。

「随分と、健康的になったんじゃない?」
 ふと、我に返る。
 シャワーを浴びて仮眠を取った後。
 再び、サクラにお風呂に入れと言われて、ゆっくりと湯舟に浸かった後。
 これ塗って、あれ塗ってと。
 サクラがスキンケアを指示してきた。

 鏡台の前に座らされて。
 サクラが私の髪の毛を櫛でとかしてくれている。
「でも、日焼けには気を付けなさいっ。美肌の天敵」
 ビシッと言われて。
 変わらないなぁと笑ってしまう。
 サクラは私を誘拐した罪で捕らえられたとだけ聴かされていたので。
 こうして、昔のように侍女として再会できるのが嬉しい。
「なあに? こっち見てニヤニヤしてさ」
「いいえ。サクラが元気そうで良かった」
 サクラはピタッと手を止める。
「言っておくけど、誘拐のことは謝らないからね」
 鏡越しにサクラが険しい表情をしているのが見える。
「もう、忘れちゃったよ。そんなこと」
 淡々と答えると。
 意外だと言わんばかりの表情をされた。
「こっちは、それどころじゃなかったから」
「カレン、一年間、何してたの?」
「それは、こっちのセリフです」
 そう言うと、サクラは黙り込んでしまった。
 児童養護施設の仕事が、どれだけ忙しかったのかと今でも思う。
 誰かを恨むとか、憎む暇すらなかったのだから。
「まあ…、強くなったのね」
 独り言のようにサクラが言うので。
 自分でもそうかもしれないなと思った。