蘭について観察していると、
 常に護衛が近くにいるということがわかった。
 今は、スペンサー伯爵の養子として生活している蘭を襲うのは、難易度の高いものであった。
 学校で問題を起こすわけにはいかない。
 だが、スペンサー伯爵邸は鉄壁のガードがある。

 ローズは、スペンサー伯爵の領地に住む平民の何人かに声をかけて金貨を渡して、蘭を襲うように依頼した。

 当日は、あっさりとローズの思い通りになった。
 まさか、平民が襲ってくるとは思っていなかったのだろう。
 数名に取り囲まれて殴られそうになった蘭を、一人の護衛が懸命に護っている。
 平民がその護衛を相手している間に、
 蘭の頭を一発殴って気絶させれば、それで終了と思っていたのだが。
 ローズが蘭の頭を殴って気絶させた後。
「ぎゃー」という悲鳴と共に平民たちが切り倒されていくのが見えた。

 蘭の護衛は、たいして強くないと聞いていたはずだが…
 地面に平民が倒れ込むと、蘭の護衛はローズに向かってニヤリと微笑んだ。
 真正面から、護衛の男を眺めた瞬間、
 ローズの頭に眠っていた記憶が呼び起される。
 モノクロの世界なはずなのに、
 目の前で不気味に笑う男の目には紫色が塗りつけられている。
「…おまえ。あの時の」
 10年の月日が流れているはずなのに、
 男は年を取っていなかった。
「お久しぶりです。ローズ王子」
 返り血を浴びたのか、男は顔に付いている液体を手で拭った。ローズの目にはそれが血かどうかの判断が出来ない。
 足元に何人もの人間が倒れているにも関わらず冷静に立っている男…
 ローズは気づくと男に向かって剣を振りかざしていた。
 だが、男は剣をかわした。
「何故、蘭の護衛をしている?」
 ローズが叫ぶと、男は真顔になった。
「まあ、色々とあるんですよ」
 説明するのは面倒臭いと言わんばかりの表情をされたので。
 ローズは男を睨みつけた。
「ちょうどいい。おまえを探す手間が省けた。母上の(かたき)だ」
 ローズが高速で男に近づいて剣を振りかざしたが、
 男は再び剣をかわして大きくジャンプして着地する。
「敵? 何のことです?」
「うるせえ。おまえが死ねば全部が丸くおさまる!」
 うおーと雄たけびをあげてローズが突進すると。
 男は逃げることもなく立ったままだった。
「ま、今は貴方の思う通り、やられるとしましょう」
 剣で突き刺されたというのに、男はニコッと笑った。
 どさっと鈍い音がして男が倒れ込む。

 本当は強いくせに、わざと逃げずに刺された…
 この男の目的は何だ。
 もう一度、刺せば死ぬだろうか。

 身動きのない男に向かってもう一度刺そうとすると。
 遠くから「蘭様ー」という多数の足音が聞こえた。
 ローズは舌打ちをすると、足早に逃げ出したのだった。