「おいっ、(あるじ)を突き飛ばすな!」
 蘭は大声でわめいたが、返答はなかった。
「アズマ?」
 重たいアズマの身体をどかして起き上がると、アズマの異変にすぐ気づいた。
 アズマの肩には、矢が刺さっている。
「おい、アズマ。返事をしろ!」
 蘭は身体を揺さぶったがアズマは目を閉じて返事をしなかった。


 アズマは部屋に運ばれて治療を受けた。
 幸い、命に別状はなかった。
 スペンサー伯爵は蘭に対して、もう怒らなかった。
 だが、注意はしてきた。
「蘭、どうか自分の行動には気を付けてほしい。君の身勝手な行動でアズマが死にかけたのだから」
 その時、初めて蘭は自分の命が狙われていることに気づいた。

 治療を終えたアズマの部屋に入ると。
 アズマは「申し訳ありません」と蘭に謝ってきた。
「蘭様にご迷惑をおかけしました」
「…これで、俺のことが嫌いになったか?」
 蘭が言うと、アズマは目を見開いて「アハハハ」と大声で笑い出した。
「何故、笑う?」
 ベッドの(そば)に置いてある椅子に蘭が座る。
「いえ…、そういう考えをお持ちというのは、やはりまだ10歳なのですねえ。嫌いになるわけないでしょう。仕事なのですから」
「…そうか」
 蘭はアズマから目をそらした。
 ふと、机の上に手紙が置かれているのに気づいた。
 蘭の視線の先に気づいたのか、アズマは「ああ」と声を出した。
「月に一度、妹のところへ行く予定でしたが、今月は無理そうです」
 蘭はどう返事をしていいのかわからなかった。
 黙っているとアズマが「そうだ!」と大声を出す。
「蘭様、大変恐縮ですが妹に手紙を届けてくれませんか?」
「…え?」
 主君にお願いをする護衛がどこにいるのだろうか。
 だが、蘭は拒否することは出来なかった。