紫色の瞳の少年はアズマと名乗った。
 弱いとはいえ、自分を庇ってくれた初めての人間だったので。
 蘭はスペンサー伯爵に、アズマを指名した。
 養父は「なるほど」と言って大笑いしたので、アズマじゃまずかったのかと首を傾げた。

 アズマは、剣術・武術どころか運動神経が悪い男で。
 唯一、頭だけは良いのが取り柄だそうだ。
 他の護衛候補は、騎士団学校という専門の学校を卒業したプロフェッショナルな人間ばかりだそうだが、
 アズマは貴族だそうだ。
 幼い頃から剣術等を学んできた人間とは違って。
 …弱い。
 じゃあ、何故。そんな奴が養父の下で働いているかと言えば。
 アズマはスペンサー家の親戚なのだという。
「おやすみなさいませ。蘭様」
 ベッドに横になったのを見届けたアズマは、ペコリと頭を下げて部屋から出て行く。
 蘭は、今日も一日が終わったとため息をついた。
 何のためにここにいるのか?
 毎日がわからずに過ぎていく。
 窓を開けると冷たい風が入ってくる。
 母に会いたくても、もう。母はこの国にはいない。
 独りになって、何をすればいいのかもわからない。
 いきなり両親となった人達に対してどう対応していいのかもわからない。

 毎日が、退屈で苦しいだけだった。

 横になっても眠れず、寝返りをうったが。
 起き上がって、ドアを眺めた。
 廊下に出るドアと、もう一つこの部屋には隣の部屋に繋がるドアがある。
 隣の部屋にいるのはアズマだ。
 アズマが寝ていたら、いたずらでもしてやろうという考えが蘭の頭に浮かんだ。
 そっとドアを開けて、中を(うかが)うと。
 机にあかりが灯っている。
 影が動くのが見えたので、アズマは机に向かって何かをしているのだろうと思った。
 中に入ると。
 アズマが、椅子に座って嗚咽を漏らしている。
 手紙を読んで、小刻みに震えているアズマを見て蘭はあんぐりと口を開けて驚いた。

「誰からの手紙だ?」

 蘭が言うと、アズマはビクッと身体を震わせた。
「蘭様、どうされたのですか?」
 蘭はアズマに近寄った。
「その手紙を見せろ」
「…これは、…申し訳ありませんが、見せられません」
「いいから、見せろ。命令だ」
 アズマから手紙を奪う。
 蘭は、手紙を眺めた。
 お兄様へ…と最初に書かれた文字に。
 蘭は手紙をぽいっと捨てた。

「おまえはいいな。家族と手紙のやりとりが出来て」

 蘭が嫌味を込めて言うと。
 アズマは悲しそうに蘭を見つめるのだった。