祖父がくれた植物図鑑に「桜」という植物を見つけた時、
 呼び名をサクラにしようと決めた。
 ティルレット王国では咲いていないけど、他の国で咲いている桜。
 10歳になれば、学校へ通うことになる。
 そのときは「サクラ」として、
 女の子として生きていければいいのにと思っていた。

 ずっと、このまま自由に生きていられると思っていた。
 悪魔のような母親が、ある一言を告げるまでは。
「あなたは、騎士団へ入団しなさい」
 母の一言に、何を言っているのだと思った。
「嫌です」
 サクラが言うと、母は持っていた扇子で頭を叩こうとした。
 サクラは手で扇子を払いのける。
「連れて行きなさい」
 母が叫ぶと、母の護衛たちがやって来てサクラを取り押さえた。
「嫌だ、セレーナ、セレーナ、セレーナ!」
 叫んだところで、セレーナは助けに来てはくれなかった。

 無理矢理、騎士団に入団させられて。
 少しずつサクラの中で壊れていくのを感じた。
 その代償がすぐに表に出なかったのは、
 少年騎士団学校に入団後、すぐにセレーナも騎士団にやって来てくれたからだ。
 嬉しくてサクラは泣いた。

 少年騎士団学校での生活はあまりにも過酷だった。
 一日だって休みを与えられない学校生活の中で、突然女の身体になってしまうサクラは授業に出ることが出来ない。
 毎日、授業に出ることが出来ない上に体力のないサクラはすぐにクラスで浮いてしまった。学校では連帯責任というものが存在するので、
 サクラと仲良くなると、自分が損するとクラスメイトは考えている。
 学校で無視をされ、武術や剣術の際、チーム制で何かをする時は「アイツと組みたくない」と面と向かって言われてしまう。

 傷ついて泣いて、担任に「自分は女だから辞めたい」と何度も訴えたのに。
 辞めさせてもらうことは出来なかった。
 騎士団なんて、絶対になりたくないのに。
 母は、自分が邪魔だから騎士団に入団させたのだ。
 世間体を気にして、「お宅のお坊ちゃんは何を?」と訊かれれば、騎士団学校で頑張っているとだけ答えればいいのだから。
 いざとなれば、息子は騎士団として頑張っていると胸張って言えばいい。

 跡取り問題は、自分の息子を騎士団に入団させることで。
 全部が上手くいく。
 母はそう思っている。
 騎士団は、国で一番名誉とされる職業だ。
 家を継がなくても、騎士団になったといえば誰も文句なんて言うわけがない。