絵本は、主人公の男の子が毎日寝る前に夜空に向かってお願いごとをするという話だ。
 ラストには、その男の子の願いは叶い、めでたしめでたしで終わる。
 この日常を抜け出すためにも、
 サクラは、この絵本通り、寝る前に祈ることを始めた。

「女の子になれますように」

 ずっと、願っていた。
 たった一つの願いだった。


 サクラにとって7歳の誕生日、奇跡は起きた。
 世間に息子をアピールするため、母は自宅で大がかりな誕生日パーティーを開催した。
 家の中を飾り付けて、料理を作らせ、侯爵や伯爵家にも招待状を送った。
 招待をした全員が来たわけじゃない。
 それでも、どういうわけかこの地域で一番身分が高いとされる、ある貴族の男の子が家にやって来たのだ。
「ふうん」と家を見回して、料理を食べて男の子はジロジロとサクラを見た。
 皆がいるせいか、男の子は小声でサクラに言った。

「みっともないな。おまえんち」

 サクラは青ざめた。
 その男の子は、サクラの家を馬鹿にしに来ただけだった。

 その晩、サクラはいつも通り窓を開けて、空に向かって祈り始めた。
 こんな屈辱的な生活をいつまで送らなければならないのだろうと涙で溢れた。
 苦しい。
 辛い。
 でも、逃げられない。
 逃げても、きっと母がつかまえに来るだろう。

「女の子になりたい」

 僕は男の子なんかじゃない。
 妹のように、ドレスを着てカッコイイ男と恋がしたい。
 こんな家、なくなっちゃえばいいのに。



 アームストロング家に雷が落ちた。
 と、聞かされたのはサクラが病院で目を覚ました時だった。